第17話 涙のキス

 退院前日、雄一郎はケーキを用意してくれていた。


「明日はついに退院だな、おめでとう。長い入院生活だったな」


「……」


「なに黙ってんだ?どした?ん?うれしくないのか?」


「……」


「家に帰れるぞ、やっと!ほら喜べよ」


「雄一郎さんは嬉しそうだな!」


「そりゃそうさ。

 医者にとって自分の患者が元気になって退院する!これこそがやりがいの感じる瞬間だからな。嬉しいに決まってるじゃないか!

 お前はなんでそんなに嬉しそうじゃないんだ?」


「わからないならいい……」


そっぽを向いて寝ようとした


「まぁいいや、しっかり寝ろよ。俺は宿直だからいくな」


慌てて体をおこす


「どこいくんだよ!今日は最後の夜だよ?」


「最後だろうとなんだろうと、俺には仕事があるんだ。早く寝ろよ。じゃな」


枕を雄一郎に向かって投げた。

雄一郎は振り返り俺に詰め寄り、迫る


「どした?何が言いたい?」


俺は涙が出てきた。そして雄一郎の、腕を掴み


「……そばにいて……離れたくない」


絞り出すように伝えた。


雄一郎は俺の顔を自分に向けさせキスしてきた。


   !!!!!




「海斗、おまえがどこにいても俺はお前と一緒だ。

 いつも俺の心はお前のそばにある。

 これからもお前のピンチには必ず助けに行く。

 お前が呼べばいつでも会いにいくさ。

 だから安心して退院して家に帰れ。

 わかったか?じゃあな……行ってくる」


雄一郎は部屋を出て行った。

キスの意味すらわからぬまま、出ていかれてしまった。

深夜に大きな手術が入ったとかで、病室に雄一郎が帰ってくることはなかった。


 母が迎えに来て、俺は無事に退院した。

 雄一郎から連絡が来たのは帰りの車の中だった。


『退院おめでとう

 これからも頑張ってリハビリを続けてください。

 雄』


 あのキスはどう言う意味だったのか、父と創新会の関係は何なのか、何もわからぬまま退院した。

 車窓から遠のいていく病院を見て静かに涙した。




 季節は巡り、秋になった。

 家に戻り俺の生活は雄一郎がいない当たり前の生活に舞い戻った。


「かいとにーちゃーん、おきて!」

「おきておきて!」


 忘れていた毎朝恒例の怪獣襲来も復活した。


「りゅう、けん、起きたから……起きたから、下で待っててくれ」


「はーいまってるねー」

「まってるねー」


 そう、これが俺の日常。これが普通なんだ。

 カーテンを開けるのは自分で、朝ごはんのために歩いて施設まで行くのもそう。


「海斗くんおはよう!」

「海斗くん元気になった?」


「おはようございます」


 食事は大勢のみんなと一緒で


「海斗、学校行くんでしょ!早くしないと遅れるよ」


「わかってる」


 口うるさい母に朝からイラッとする。

 これも俺の日常


「行って来まーす」



 電車に乗る。

 ここまでは同じ。ただ、ここからが今までの日常と少し違う。


ピコーン

 メッセージが入った。

 俺が電車に乗ったタイミングで必ずメッセージが届く。


『おはよう海斗、今日の調子はどうだい?

 痛いところ、気になるところはないかい?

 朝ごはんは食べたか?夢は見たか?

 今日は何時まで学校だ?』


「今日も調子はいいよ心配いらない。

 飯も食ったし、よく寝たよ。夢は見てない。

 学校は今日は16時半までの予定だ

 行って来ます」


『わかった、じゃまたその頃に連絡する』


 このようなメッセージのやりとりがかなり頻繁に行われている。

 以前はメッセージは1日数回、電話も1回だけだったが、

『今日は疲れた』『テスト頑張れ』『お笑い番組面白い』

などなど内容は無いが、とにかくなんでも俺らは送り合うようになった。電話も時間が合えば何度もかけるようになった。



「海斗!帰ろう」


京介が話しかけてくる。

 退院し、自然と俺たちはまた以前のように一緒に帰るようになった。


「大学どうする?」


「関東受けたいと思ってるけどお金かかるし。普通に家から通えるとこを考えてるよ。

 京介は?彼女と一緒のところにするのか?」


「彼女?あー……別れた」


「別れた?また??」


「うん。めんどくさくて」


 京介は俺が退院した時には例の彼女とは別れていた。それからは更に短いスパンで何人もと付き合っては別れをしている。

 どれも長続きしない。


「海斗こそどうなんだ?最近、後輩の女の子が懐いてるって聞いたよ?」


一個下の女の子が時折話しかけてくる。


「んー、懐かれてるかもなー。

 ま、でも俺は興味ないから、そのうち諦めて来なくなるだろ」


 京介は足を止め、俺を見る


「海斗、まだヒーローを探してるのか?

 それとも……」


   それとも……?

   『オレノコトマダスキナノカ?』


 そう聞かれるかもしれないと思った。


「京介、俺好きな人いるんだわ。

 けどそれはお前じゃないから!だからそのぅ……気にするな!心配するな!わかったか?」


京介にも誰にも俺は雄一郎のことが好きとは話していない。

きっとこれから先も、誰にも話すことはないだろう。


俺はこの時、本気でそう思っていた。

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