第16話 たすけてくれ……

「たっだいまー!」


 夕飯を食べ、テレビを見ていたら突然扉が開いて雄一郎が元気よく帰ってきた。

 入ってくるなり俺を抱きしめてきた


「海斗!さみしかったか?お前の大好きな俺が帰ってきたぞ!」


「やめろよ!」

慌てて手で振り払う


「お!元気に左腕も動くな。もう大丈夫そうだな。

 さーて、お土産をたくさん買ってきたぞ。やっぱり北海道といえば海鮮!ということで海鮮丼買ってきた。さ、食べよう!」


「今から?さっき夕飯食べたよ」


「そう言わずに。はい、これが海斗の。俺はこっちで食べるよ」


何事もなかったように雄一郎はデスクに座って食べ始めた。


「ニュース、みたよ。手術成功おめでとう」


「おう、ありがとうな。よかったよ。無事に終われて」


「院内の人たちがみんな喜んでて……ずっとこの話題で持ちきりで……女性看護師たちが……その……

 雄一郎さんに彼女がいるのか気にしてたよ」


「へーー……。

 ん!このカニ美味い!ほら海斗、少しでいいから食べてくれよ。せっかく買ってきたんだからさ」


「いただきます」


雄一郎は弁当にがっついている。俺が看護師たちのことを伝えてるのに全く気にしているそぶりがない。

わかってるんだろうか、自分が狙われてることを。


「そうだ、海斗、来週からお前もう、車椅子は自分で動かせよ。手はもう大丈夫だからな。

 歩くのは無理だが自分の力で院内なら散策していいよ。少しずつだけど確実に治ってきてるから。もう少し、頑張ろうな」


 やっとこれで煩わしさが減ってくる。

 テンションが上がる。


「よし!メシも終わったし、お前の清拭の準備してくる。今夜はサッパリした気分で寝させてやるよ」


 忘れていた。浮かれそうだったテンションが一気に冷める。


「もう自分でやるよ」


「何言ってる?出来るわけないだろ。これは俺の役目だ。ありがたく俺の好意を受け取れ!」


「早く足も動けるようになって1人で風呂に入りたい!いつだよ!」


「まだまだだな。ハッハッハッ」


今宵もまた、俺は全身を雄一郎に晒して拭いてもらうのだった。




 4月。

 病院敷地内の桜がどれも満開で院内散歩がとても良いシーズンになった。

 俺は足も順調に回復してきて、今は歩行器を使えばどこまでも歩けるようになってきていた。

 そしてついにリハビリの先生から話があった


「海斗くんよく頑張ったね。これなら日常生活に戻れるだろうから、退院をそろそろ検討しようか。退院後のリハビリのこともあるから、お母さんに一度来てもらいたいんだけど可能かな?話しといて」


 退院……


 いつまでも入院なんてしていいもんじゃないのは分かっていたが胸がズキっとなる。


 退院 = 雄一郎と別れ


 いつかは訪れる。分かってはいたが、考えるだけで胸が痛い。

 母に連絡すると早速明日病院に来るという。そのことを雄一郎に伝えるためにナースステーションにいくと、1人の看護師と楽しそうに話してる。その看護師は今月から特別室のあるこのフロア担当になった若くてかわいい看護師だ。

 雄一郎を見るその目はいつもハートだ。


 声をかけられない。

 俺は部屋へと帰ろうと向きを変えた。


「海斗?」


気づいた雄一郎が慌てて俺の元へ来た


「母さんが明日来るって」


「そうか、わかった。リハビリ担当の先生には俺から伝えておくよ。

 わざわざ言いに来てくれたんなら声かけてくれたらいいのに」


「別に……部屋に戻る」


「海斗?怒ってる?どした?」


「何でもない!仕事しろよ、俺のことはほっといてくれ」


 俺は1人で部屋へと戻った



    ムカつくムカつくムカつく!

    どいつもこいつもムカつくんだよ!

    ムカつくんだよ…………くそぉ……



 涙が出てくる。

 頭の中がわけわからなくなってる。

 何が悲しい?何がムカつく?

 自分の感情がわからない。わかっているのは、何故か叫びたくて発狂したくて仕方ない自分の感情があるということだけだ。


 枕に顔を埋め、叫ぶ


「うぉーーーー!!!

 うぁーーーー!!!

 う…う…う…ッ

 ヒックヒック……


 つれーよー……なんなんだよこれ……

 つれーーよーーーー!

 たすけてくれよーー!

 助けてくれ……助けてくれ……」



扉の外で、雄一郎は静かに海斗の叫びを聞いていた。

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