第5話 母の震え

 学校から帰るなり俺は急いで自分の部屋に入った。

 そして、今日の自分の行動を思い返す。




   寝ている京介に


   俺は


   キスをしようとした





 自分の行動に驚きが隠せない。

 京介が俺の記憶のヒーローと似てたから、だから気になるだけだと最初は思っていた。

 京介に彼女が出来たとわかったときも、俺のヒーローなのに、俺だけのヒーローなのに?と幼児がおもちゃをとられて悔しがる、その感情を抱いているだけだと思っていた。

 なのに……なのに!?


   俺は

   本気で京介を好きになっていたのか?



 自分の性的嗜好はなんとなくわかっていた。

 自分で言うのもなんだがルックスは悪くないし、運動神経も頭脳も悪くない、だから女子から告白だってされたこともある。けどいつも『好きな人がいるから』といって断ってきた。

 俺の頭にあるのはずっとあのヒーローで、どんなグラビアを見ても他の男子のような興奮は感じなかった。

 自分はゲイなのかも?と疑ってはいたが、今日、京介へキスしようとする自分の行動でハッキリと確信した。

 俺はゲイなのだ、男を好きなのだ、京介を好きなのだと。



   あぁ……これからどうしよう……

   とりあえず、今メールするべきか?

   もう、顔を合わせられないよな

   絶対嫌われたよな?

   気持ち悪がられたよな?

 

   あぁ……俺はなんてことをしてしまったんだ



   よかった

   明日から冬休みで。

   本当によかった……



 俺はベッドに寝そべり考えていた。



 その時、一階から俺のことを呼ぶ大きな声がした。



ドンドンドンドンッ


 さらに俺の部屋に向かって物凄い勢いで2階に上がってくる足音が聞こえてくる。


「海斗!海斗!かいとー!!」


 母親が血相を変えて入ってきた。


「どしたんだよ、急いで」


母は部屋に入ってくるなり俺を抱きしめてきた。


「かいと……かいと……

 落ち着いて、落ち着いて聞いてね」


「落ち着いてって、それは母さんの方だろ?どうしたんだよ、なに?何があったんだよ」


「今、役場から連絡があって……

 …… お父さんが、会議の最中に突然倒れて……

 意識なくて……

 だから……だから……

 私たちに

 今すぐ東京の病院まできてくれって」


!!!!!!!


「父さんが?」


俺の腕をぐっと掴んでいる母の手は震えていた。



 俺と母は急ぎ荷物をまとめタクシーで病院へと向かった。

 タクシーの中で母は詳細を教えてくれた。


 父は朝から胸のあたりに違和感があるとは言いつつも、疲れてるから気のせいか?と言っていつものように他の施設との会議に出席するため県庁へと行っていた。

 会議の途中に調子が悪いと言って、途中退出しようと立ち上がり扉まで歩き始めた矢先、胸をおさえそのまま倒れてしまった……。


 すぐさまその場にいた人たちが対応しようとしたが、あっという間に呼吸は止まってしまった。


 ……意識はなかったそうだ。


 タクシーの中、母は震える手を握りしめている。

 俺はそんな母の肩をさすりながら、今朝、話したときの父親の顔を思い出そうとするがなかなか思い出せない。


「なんで……なんであの人まで……。

 なんで…………なんで……」


母が小さな声でつぶやいていた……。




 俺たちは急ぎ病院へと向かい、やっとついた。

 

 しかし、生きた父に会うことは叶わなかった……。



 冬休み突入と同時に、俺たちは一家の主人を亡くした。


 それは、俺の今後の人生が大きく変化するということだった。

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