第31話 『十維』の意味

「俺か?俺の名前の意味はな…」


俺は静かに十維という名前の意味を話し始めた。




「そもそも我が家は、お前も知っての通り古い家でさ。代々受け継がれてるんだ。

 その12代目が俺らの代で、次の当主はもちろん兄貴の朝陽(あさひ)だ。兄貴が生まれた日は、跡取りの男の子が生まれた!と言ってそれはそれはみんな大喜びだったってよ。んで、親父が


『この子には日の当たる場所を堂々と歩き、しっかりと皆を引き連れて行ける男になってほしい』


 という意味を込めて朝陽と名付けた。


 それから3年後に俺は生まれた。

 俺が生まれた時、男児で生まれてきたから祖父たちは実は心配したんだってさ。

 というのも、今までうちの先祖には兄弟同士の跡目争いをした時代が何代もあったそうで、本当に殺しあってたんだそうだよ。

 だからもし俺が、『当主になりたい』と言い始めたら、どうなってしまうんだろうって、心配したんだと。

 その心配を拭おうと、祖父と親父が2人で考えて、俺に『十維』と名付けることにしたんだ。


『この子には朝陽の支えになる子に育ってほしい。

 朝陽を10人分の働きで支えることのできる人物に育ってほしい。

 だから10人分の十。支えるという意味のある維』


この二つを組み合わせてつけられたのが、俺の名前"十維"なんだ。

 俺は生まれながらに兄の上に立つことを許されない子なんだよ。いわば朝陽の家臣。

  

 部屋だってさ、朝陽や寧々は本家に部屋を用意されて住んでるんだけど、俺だけ家を通り抜けた先にある、渡り廊下の向こうの離れでな。建物からも離れたところに部屋があるんだぜ。

 ビックリだろ?

 昔の牢屋敷か?て思っちゃうよ。

 聞いたら牢屋敷じゃなくて蔵だったそうな。


 それに、家族とどこかへ行く時はさ、ほら、家族旅行とかあるだろ?そのときも、俺だけ乗る便が違うんだ。新幹線も車も、何もかも俺だけ後の便で付き人と一緒に乗って行ってた。


 俺だけ親が違うのか?と一時期疑ったくらいだよ。

 そんなことはもちろん無かったけどな。ハハハッ。面白いだろ?


 あ、母親は違うよ。

 俺と朝陽の母は俺らを産んだ時には身体が弱くて、俺が2歳の時に天国へ行った。

 その後、父が再婚して今の母が来て寧々が生まれたんだ。だから寧々のことは生まれた時からちゃんと俺が兄として面倒を見てきた。

 義母のことは、なんつーか、いつも迷惑をかけないようにしてきたな。だって突然我が家に来た途端、小さい子の母親になってさ戸惑いとか絶対あったと思うんだよ。

 だから、できるだけ義母には迷惑をかけないように、なるべく言いたいことやしてほしいことがあっても、俺は家政婦に言ってきたな。

 義母も遠慮してるのか、特に俺に命令とかお願いとかはしてこなかったし。

 

 兄貴や父親の言うことは聞くようにしてきたよ。特に兄貴の言うことはね。これが俺の使命だからさ。

 とはいえ、全てに従ってきたわけじゃない。

 反抗期の時期もあったし、頭も良くて人望もある兄貴には俺は何しても勝てなかったし。

 だから、俺は兄貴の上に立つことを考えず、兄貴との衝突も避けるために帝王学を学んできた兄貴とは離れて、将来的に兄貴の役に立てるようになりたくて法学部へと進学して弁護士になったんだ。


 今は不満ないよ。自分の選択は間違ってなかったと思ってる。

 兄貴のように役員会で頭を悩ますこともないし、言いたくないお世辞を言ったり、飲みたくないお酒を飲みに行ったりしないでいいからね。

 俺は今の俺に満足してる。俺は自由でいたいから。


 それに、もし俺が兄貴の立場なら、こんな風に誠の家に泊まりまくる日々なんて絶対に出来なかっただろうからね。

 だからこれでよかったって思ってる。

 朝陽の影を行く人で、支える人でいいと思ってる」


-- そう、俺は朝陽の家臣でいいのだ……

   朝陽を支えるために生きる人生でいいのだ……


誠は静かに聞いてくれていた。そして


「やっとわかりました。

 どうして僕があなたに、こんなにも溺れるほど愛しているのかを。

 十維、あなたは10人分の魅力を持って生まれてきた人なのですね。そして10人分の愛を持ってる人だ。


 僕は多くの男性と愛し合ってきたつもりですが、いつも相手の愛が足りない思っていたんです。

 僕の愛ばかり大きくて不満がどうしてもあったんです。


 でも十維、あなたの愛は僕では抱えれないほどの大きさで僕を愛してくれる。毎日僕はあなたに会い、触れるたび、十分すぎるほどの愛で満たされてます。

 こんなにも愛で満たされたことは本当にありません。


 だから僕はあなたの、十維という沼にハマって抜け出せないんです。まぁ、抜け出そうとも思ってませんがね。


 あなたの愛が他の人の10人分でよかった。


 あなたが支えているのはお兄様だけではないですよ。僕だって、きっと寧々さんだって貴方に支えられてるんです。

 そして10人分の支えができる貴方だから、いまの弁護士という仕事がピッタリなんですね。だから顧客があんなにも多いのだと思います。


 あなたは『影を行く人』といいましたが、ぼくたち支えられてる側からしたら、あなたはヒーローですよ。


 10人分もの愛を持った、ヒーローです。


 殿様ひとりがえらくて世の中は守れません。英雄と呼ばれる人には、側でその人を支えている人がいるから、殿様は殿様でいられるのです。


  あなたは凄い方です。


 僕はあなたを失ったら生きていく自信などない。

 だからどうかこのまま、僕の愛を受け取って僕に十分すぎる愛を降り注いでください。


  愛しています…… 十維さん

  僕の十維……

  僕は、一生あなたを愛します

  愛し続けます」


誠はキスをした。


 初めて自分の存在意義の大切さを言われた気がする。十維は涙が流れる。こんなにも自分が涙脆かったのかと疑いたくなるくらい、誠の言葉は心に入って涙腺を弱くしたのだった。

 そんな十維を慈しむように、優しく大きな身体で、全体を包み込むように抱きしめて、キスをしてくる誠。それが嬉しくてたまらない十維も応えるようにキスをするのでした。

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