告別式ではお静かに

われもこう

告別式ではお静かに



「本日は皆さまお忙しい中、倅の葬儀にご参列くださり誠にありがとうございます」


 西日本にある、かつて水の都と謳われた土地の一角。築50年は経過したマンションの502号室のベランダでは、鳩の葬儀が執り行われていた。


 喪主の鳩は沈んだ口調ながらも毅然とした態度を崩さない。立派な男だ。弔問者たちは、悲しいであろうに表面上は嘆きを見せない、男らしい親父の立ち姿に胸を打たれていた。


 参列者の鳩たちは各々テーブルについて、喪主の言葉に耳を傾けている。テーブルには、季節の懐石料理。匂い立つ蝋梅の食前酒、紅梅炊き込みご飯、河津桜の新芽の天ぷら、蕗味噌、ウドのお清し。あと、近所の公園で名も知らぬおばさんがくれる砂糖の沢山入った食パンのカケラがデザートだ。


「今日はささやかながら御斎の席を設けさせて頂きました。ここは見晴らしがようございます。私たち家族が長年暮らした我が家で…どうぞ倅を偲びながら、お骨が焼き上がるのを待ちましょうーーと言いたいところなのですが。」


 既に参列者の鳩たちは空腹に耐えかねて、目の前のご馳走に嘴を延ばしている。


「お骨はありません。倅の遺体は、連れ去られてしまったのです。」

「なんと!」


 数羽の鳩が灰色と黒の混じった両翼を羽ばたかせると、薄汚い羽が舞った。食事に夢中だった鳩はともかく、それ以外の弔問者達は辺りを見渡し、なんと、それはまあ、不憫だ、などと呟いている。


「この502号室はほぼ空き家に等しい。父親は姿をくらまし、母親は帰ってこない。性根の暗さが取り柄の少女が一人暮らしているのみですからね。私たちもそう侮っておりました。しかし、倅がこのベランダで命を落としたとき…」


 男の囀りに涙が混じる。


「ここぞとばかりに、ここの娘の祖父がやってきて、私たちの倅を連れ去ってしまったのです。」


 ホロッホウ!

 それは鳩達の怒りの囀りだった。


「下手にウイルスを持ってたら危ないから、こういうのは燃してしまったほうがいい…私達は、あのおじいの言葉を片時も忘れたことがありません」

「むごすぎる!」

「極悪非道の限りだ!」

「これだから人間は!」

「俺たちを菌扱いか!」

「ホロッホウ!」


 最後の囀りはママ鳩のものである。始終俯いていたそのメス鳩は、もうこれ以上その話は聞きたくない、とばかりに悲痛な声を上げたのだった。


 「そんなわけでして」少々熱くなりすぎた己を恥じた喪主は咳払いを一つすると、途端に冷静さを取り戻す。「焼骨の間に御斎を済ますというのが通例のなか、異例ではありますが、これにて倅の葬儀は終了とさせて頂きます。あとは皆さま、どうぞ楽しんで…献杯!」

「献杯!」


 パパ鳩は大役を終えたとばかりに腰を下ろした。そこにすり寄るメス鳩が一羽。妻である。妻は口を一文字に結んで、亭主の盃に黄梅の酒を注いだ。


「あまり飲み過ぎては飛行に差し支えますわ。ほどほどに」

「ああ。いつもありがとう」

「ホロッホウ。」


 料理では河津桜の新芽の天ぷらが美味いと好評だった。抹茶塩につけて食べると、ほろ苦さが堪らないのだという。これはどこの河津桜だ、と尋ねる声があるが、勿論知るものは一羽もいない。


「まあご家族の皆さん。そう消沈なさるな」


 と、声をかけるのは坊主の鳩である。


「倅さんは確かにこのわたしが引導を渡しましたから。今頃、ハトハト如来様の浄土で、楽しく水遊びをしてらっしゃいますよ」

「…おまえに…何が分かる!」


 突如立ち上がり両翼を広げて威嚇したのはこの度の故鳩の弟である。と、そのとき。


「お母さん!また鳩きてる!しかもいっぱいおる!」


 502号室の住人が帰ってきたのである。まだ若い娘の声。しかし、一人ではない。誰かに話しかけている。母である。


「まったく…凝りひん奴らやな!洗濯バサミ持って来て。お母さんは、布団叩きで応戦するわ」

「わかった」


 ベランダのガラスの引き戸ががらりと開くと、御斎は混乱を極めた。まるでミサイルの落とされた町である。ここは空き家に等しかったのでは。娘しかいなかったのでは。それぞれ去来する思いを胸に、しかし今は身の保身が最も優先されるべき事項である。


 その混乱の中、怒りに拳を震わせる鳩が一羽…ママ鳩である。


(あいつら…わたしの息子を連れ去った挙句、葬儀まで滅茶苦茶にしやがるとは…)


 されど人間は鳩の都合などお構いなし。そもそもここは、彼女たちが月七万円の家賃を払って住んでいる、彼女たちの家なのである。


「よくも私のバスタオルにフンを落としてくれたな!」

「夜明けと共に鳴きやがって!」

「窓を開けただけで動物園の臭いがするのホンマどうにかして!」

「自然に帰れ!」


 親子は口々に鳩への鬱憤を吐き出しながら、鳩の集団に洗濯バサミを投げ、布団たたきを振り回した。


 参列者の鳩たちは、デザートのパンのカケラを咥えながら、澄み渡った青空のなかを羽ばたいてゆく。なんとか人間の魔の手を逃れた故鳩の家族たちは、今は使われていないロッカーの片隅に隠れて、親子の会話を盗み聞きしている。


「ようやくどっかいってくれたわ」

「でもまた来るで。ほんま、我が家のベランダをなんやと思ってんねん」


 ドアが閉められた。


「…田舎に引っ越そうか」

「そうしましょう」

「けれど、今体内にある分のフンはまとめてここへ棄ておきましょう。それも敢えて、手摺にね。」

「賛成」



 お終い

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