第3話 幼馴染なんてろくなもんじゃねえ その3

 「ねえ」


 リビングのソファに座ってスマホをいじっていたナターシャが、冷たい声で呼びかけてくる。


 「帰るの遅くなるから夕飯はあなたの家で食べといて、だって」


 そんな冷え切った声どこから出せるんだよ。

…ってか地味にこの地獄の時間延長通知じゃねえか。

 

 「ああ、そうか」


 今の状況が長引くというのは最悪の連絡だったが、できるだけ平然と答える。



 「…ねえ、あとさ」

 「ん?」

 「さっきみたいなママが心配しそうな反応しちゃだめだから。もっと仲良さそうに振舞ってよ」

 「…はいはい」

 「なによその返事。ちゃんと聞きなさいよ」

 「はあ、相変わらずだるい性格だな」

 「ふんっあなたに影響されたんじゃないの」


 何とも面倒くさいやり取りだが、こうやって喧嘩しているうちは変に勘違いしないで済む。

ナターシャも同じ気持ちで突っかかってきているのだろうか。


 「じゃあ行くわよ」

 「…どこに」

 「はあ?どこってあんたの家に決まってるでしょ。読解力大丈夫?」

 「読解力なんて少なくとも君よりはあると思うけどな」

 「馬鹿言わないで。あんたより劣ってるわけないでしょ」

 「ふんっ自分の成績見返してみたらどうなんだ」

 

 そう言った途端、ナターシャは動きをぴたりと止め、少し俯いて小さな声で呟く。



 「………前はセンスあるって言ってくれたじゃん」



 …いや、あの時期のことはお互い忘れたいんじゃないの?


 確かに言った。付き合ってた時に何度か。

 そうでも言わないと勉強しようとしなかったし、それに―


 褒めたとき嬉しそうにする姿が可愛かったから。


 はあ…。

 

 ここで拗ねられても困るので、僕はため息をついて立ち上がり彼女の頭に手をのせる。


 「そうだな。君はセンスあるよ」


 なんか懐かしいな。この綺麗な銀色の髪を触るのもいつぶりだろうか。


 付き合っていた頃は、こうすると嬉しそうにえへへ、と笑ってくれたものだ。


 ここでそんな風に嬉しそうにでもしてくれたら少しは可愛げがあるものなのだが、まあもちろんそうなるわけもなく…


 ナターシャは頬をさらに赤く染め、頭に乗せられた手を振り払って言う。


 「子ども扱いしないで!」


 そして、急ぎ足で部屋から出て行ってしまった。 


 その顔は、本当に怒っているときの表情だった。

…と言いたいところなのだが、無駄に一緒に過ごしてきた長い時間は、求めていない情報まで寄こしてきやがる。



 ―いらないんだよ、彼女が心の中では喜んでいた、なんて情報は。

 

 そしてその反応に僕がプラスの感情をいだいている、なんていう情報もな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る