第2話 幼なじみなんてろくなもんじゃねえ その2

 ”幼馴染”というと誰もが羨ましいなどという。

まして異性の幼馴染など理想のシチュエーションではないか、と。

まあそんな理想は漫画やアニメの中でのみの話なのだが、かく言う僕もそう勘違いしていた時期があった。



 僕とナターシャが出会ったのは、生まれて間もない頃だったらしい。

 らしい、というのは記憶のないような頃から一緒にいる、ということだ。

 マンションの部屋が隣で、誕生日は一日違い。

 僕がこれを“運命”などと思ってしまったのも不可抗力といえるだろう。

 僕たちはどこに行くにも一緒にいた。

 幼稚園、小学校、中学校はもちろん同じだったし、僕たちの仲がいいということで家族旅行すらほとんど一緒だった。


 …そんな彼女のことを僕は好きになってしまった。

今思えば、”運命”に騙された、というか翻弄されたのだろう。

しかし、そんなことに当時の僕は気が付くはずもなく、まんまと引っかかってしまったのである。


 僕はその気持ちを引きずり続けて、中学二年生の時に満を持して告白した。

僕は青春と呼ばれる期間、彼女のことしか見えていなかったのだ。

…ああ、何と愚かなことか。きっと僕と彼女を引き合わせた神様も、こいつちょっろって思っていたに違いない。


 結局この告白は成功して、僕には初めての彼女ができた。

…初恋に続いて初カノの座も奪われたわけだ。



 まあ、この後の展開はお察しのとおりである。

”幼馴染”から”カップル”への関係性の変化は、僕たちの関係を崩壊させるには十分だった。


 とはいっても、付き合って最初のほうはいい関係性で過ごせていたと思う。

やっていることは今までと変わらなくても、付き合っているというだけでありふれた日常が幸せな日々に変わった。

二人で登下校をして、二人でゲームをして、そんな日常がたまらなく楽しかった。


 それだけでなく、もちろん恋人らしいこともした。

デートをして、手を繋いで、キスをして…そんなことをしやすい環境が整っていたからか、進展も早かったような気がする。


 初めてのキスは遊園地の観覧車の中だった。

 こんなテンプレートを、ロマンチックだなどと思い実行してしまうのはなんとも中学生っぽいというか、今となっては思い出すだけで顔から火が出るほど恥ずかしいが、ありふれた漫画やドラマに影響されて当時の僕はやってしまったのである。

 …その時、僕は世界で一番の幸せ者ではないかなどと思っていたものだ。

 何とも馬鹿らしいことだが、この関係が終わることなんてないと思っていた僕はそんなお花畑な思考を持っていたのである。

 ああ、ちょろいというか何というか、恋は盲目という言葉を具現化したような行動を繰り返していたものだ。

…もちろんこれは僕の初キスだった。


 それ以降、家などで二人きりになる度に盛ったサルのごとくキスをしていたが、中学生なんてそんなものだろうか。

 幼馴染という関係が邪魔をしたのか、僕がヘタレだっただけか、結局その先に至ることはなかったけれど。


 ―とにかく、そんな幸せな毎日を送っていた僕たちだったが、十年以上を積み上げてきた”幼馴染”という関係に比べて、一年もかけずに作り上げた”カップル”という関係の崩壊は極めて早かった。


 きっかけは、ほんとに些細な事だった。告白されたのを報告するべきかしなくていいかとかそんなこと。

 僕の主張はいつもしてきてないくせに僕にだけ求めるなというもので、彼女の主張はしてほしかったなら言ってこればよかったというものだった。

 どちらも正しい主張だろうし、一度ごめんといえば終わる話だったのだろう。


 …でも、そうはならなかった。


 ふつうのカップルだったら少し考え冷静になって仲直りできたかもしれない。

 でも、僕たちにそんな時間はなかった。喧嘩していても彼女と顔を合わせなければいけない。

その時の無理やり作られた愛想笑いを見るたびに僕は悲しくなった。喧嘩なんて今まで何度もしてきたはずなのに、今までのようにぶつかり合えない。関係が進展したはずが、心の距離は離れてしまったような気がして…。

 


 だから、


 ―別れよう


 そう言ったのだ。


 もしかしたら僕は幼馴染という安定した関係に縋りたかっただけかもしれない。

だって他にも解決策は山ほどあっただろうから。

それでも戻りたいと一瞬でも思ってしまった以上、関係を無理やり続けようとは思わなかった。



 ―うん、そうだね


 彼女は悲しい顔一つ見せずに肯定の返事をした。


 その時、この判断は正しかったのだと思った。


 結局、ナターシャは一度も好きという言葉を発してくれることはなかった。

それも僕の決断に影響していたかもしれない。


 だからこそ、次の日学校で会った時ナターシャの目が腫れているのを見て心がざわついた。

声をかけたいと思ったが、もう僕にはそれをする資格も勇気もなかった。


 ―こうして幼馴染という関係に戻ったわけだが、おいそれと元の関係に完全に戻れるほど僕たちは器用ではなくこうしていがみ合っている。

 でもそうやっていがみ合うことで、あの忘れたい過去の記憶が薄れていくような気がして落ち着くのだ。


 そして、そんな自分をいつも嫌悪するのである。




 

 

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