第4話 幼馴染なんてろくなもんじゃねえ その4

 こういう気まずい(気まずいのは自分だけかもしれないけど)イベントがあった後も一緒にいなければいけないわけで…

これだから幼馴染なんて関係は何とも厄介で面倒なのである。


二人きりの時も大変だが、家族と一緒にいるときも大概の苦労を強いられるものなのだ。



 「とても美味しいです。美穂さん」

 「ありがとう。ナターシャちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ。こんな素敵な子が近くにいて好きになっちゃったりしないの~、ねえ優」

 「「ごほっごほっ」」


 今一番突っ込んでほしくないことをいきなり言われ、せき込んでしまう。

これがあるから嫌なんだよ…。


 「いやいや、全然そんなことないよ。いでっ」

 

 向かいに座っているナターシャに足を踏まれる。

 

 ナターシャのほうを睨みつけると、ぷいっとそっぽを向かれた。


…どう答えりゃよかったんだよ。


 「ふ~ん、そっか~。

ナターシャちゃんは?優のことどう?」


 「へ?」



 途端、ナターシャに連続で蹴りを入れられる。


 痛い痛い痛い。俺のせいじゃないだろ。


 

 でも、ナターシャは机の下では暴れていてもちゃんと欲しい答えを出してくれる。


 「…ただの幼馴染です」


 そう、それでいい。

そうやって断言してくれるから勘違いしないでいられる。今のままでいられる。


 「そっか~。いいなー幼馴染。ねえねえ―」


 「ご馳走様」


 まだ話そうとしている母を打ち切るようにして席を立つ。


 これ以上足にダメージをくらうのはごめんだし、先に退散させてもらおう。

幼馴染羨ましいなどと当事者の気持ちも知らず夢物語を見ている人に話すことなど何もない。 


 「え~。優はやーい。もっと話そうよ~」


 「…部屋に戻っとくから」


 母とナターシャだけ残して離れるのは気になるが、長い付き合いだしそこは大丈夫だろう。



 

 はあ…。

部屋に戻り、ようやく解放された気持ちで本を開く。

幼馴染欲しい~などと戯言を言っている人にはこの地獄を体感してほしいものだ。


 コンコン


 …しかし、まだその地獄は終わっていなかったらしい。

 ノック音だけで誰かわかってしまう事実が、僕たちの無駄に積み重ねた年月を思い知らされ何とも恨めしい。


 「…何だよ」

 「美穂さんが部屋で待っててって」

 「…」


 はあ、年頃の男女を同じ部屋で待たせるなんて、何考えてるんだ。

 半年ほど前の僕らだったら間違いが起きていたかもしれないぞ。


 「なに、変な事考えてるんじゃないでしょうね」

 「はあ?それは君だろ」

 「ふんっ大丈夫よ、私はあなたを悪い意味で信頼しているから。このヘタレ」


 はあ?こっちはお前が毎日見せつけるような服装でくっついてくる所を必死で我慢してたっていうのに。


 「ああ、そうだな、毎日のようにキスをせがんできたどっかの色欲魔と比べたらヘタレかもな」

 「なっ…それはあんたがベタベタくっついてくるからでしょ」

 

 ナターシャはかっと顔を赤くして言い返してくる。

 

 こんな短気な子供っぽい性格の彼女だが、学校では優等生なのである。

そんな自分にしか見せない一面みたいなものに男心はくすぐられるわけで…。

 

 僕が堕ちてしまったのも少しは理解していただけただろうか。

 もう今となってはうざいとしか思わないけどね。


 「…はいはい、わかったから黙って本でも読んどけよ」

 「この部屋の本は全部読んだ」

 「…」


 そうだった、こいつは本を読む速度が異常に速い。

 昔から買った本を先に読まれてネタバレされたものだ。


 それなのに現文の成績が悪いものだから、申し訳ないが全く理解が出来なかった。



 「その本の犯人教えてあげよっか」


 こいつ…。

 ナターシャは楽しそうにニヤニヤしている。

 別れてから本を貸すなんてことはなくなっていたが、たまたま同じ本を読んだことがあるらしい。

 つくづく陰湿なことをしてきやがる。

 逐一ネタバレされてたらたまったもんじゃねえもんな。ああ、別れてよかった。



 「…何が望みだ」

 「ん~じゃあね~」


 ナターシャは少し考えると、着ていたパーカーを脱いで僕のベッドに寝転ぶ。


 「えっ…ちょっ…」

 「マッサージしてよ」


 自分のベッドに仰向けに横たわるその無防備な姿に、僕は言葉を失ってしまう。


 白状すると、僕たちは付き合っていたころよくマッサージをしていたのだ。

それはもちろん自分たちにそんな技術があったわけではなく、8割は下心からの行動だった。


 …だが、ちょっと待て。

付き合っていた時にしていたからといって、これはただの幼馴染がするような行動か?

一応付け加えておくが、これは疑問じゃない。反語だ。

ただの幼馴染はこんなことしない、ってか求めてこない。


 それに、中学生の一年の成長というものは凄まじいもので…

色気というかなんというか、色んな場所が成長して当時にはなかった妖艶さが出ていた。


 …いや、決して劣情を催したわけじゃないからな。



 「なに~?緊張してるの~?」


 ナターシャが煽ってくるが、頬は薄く赤くなっておりその声もかすかに震えていると気づく。


 「そっそっちだろ緊張してるのは」


 何とか平静を保って返答する。

 

 恥ずかしいのに強がっているところが、またさらに本能を刺激してくる。


 狙っているのか天然なのか…

いや、天然だろう。そのせいでこっちが今までどれだけ苦労したことか。


  ギシッ


 それでも煽られて日和るわけにはいかない。

僕は心の中はざわめいていたが悟られないようにしてベッドに腰をかける。


 改めて近くで見ると、すぐに折れてしまいそうなほどか弱く見える。

シャツから細く伸びる腕はとても白く、ウエストやTシャツから伸びる腕は驚くほど細い。

それなのに…胸だけは主張が激しかった。


 「…」


 これ以上煽る余裕はないのか、ナターシャは黙っている。


 いいにおいがするし、くらくらしてきた…。

 

 でも、ここでへたれるわけにはいかない。

 僕は肩にかかる銀色の髪をかき分けて肩甲骨のあたりを押す。


 「ぴぇっ」


 えっ…。

 

 部屋の空気が凍り付く。


 そんな中で、その空気を溶かすかのようにナターシャは赤面していく。


 「あ、も、もういいから。じゃあ」


 そう言うと、真っ白な顔を真っ赤に染めた彼女はそそくさと帰ってしまった。


 えっ…。


 何だったんだ。あんな思わせぶりなことを急にしてきて…。

忘れたかった事を思い出してしまったじゃねえか。


 それにあの反応は…。

 

 ナターシャが何を考えているかをここまで知りたいと思ったことは、別れて以来なかっただろう。


 聞いて安心したいのだ。僕たちの間にはもう何もないのだということを。


 ―でも、無駄に一緒に過ごしてきた時間は、いらないことはいやというほど教えてくるのに欲しい情報はくれない。


 …ほんと、これだから幼馴染なんてろくなもんじゃねえんだよ。

 

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