食人狐の襲来

近くで鳴るクラクションの音が頭を痺れさせる。

目の前には新鮮な肉塊が転がっている

その肉からゆっくりと液体が広がり、足元まで到達した。


生臭いような甘ったるいような気持ち悪い匂いが、とても心地よくて。


――とても、美味そうに感じた。


体の奥から何かが侵食するような、食われていくような感覚。

気がおかしくなってしまいそうなほどに腹が減る。

近くに来るやつも、遠くにいる野次馬も、みんなみんな食いつくしてしまいたい。




そう思った時には、もう手遅れだった。




気づけば口の中は菓子でも食べたかのような甘みが広がっている。                                                   

コンクリートに飛び散った血液も、内臓も、骨も。すべて食って舐め尽くす。


逃げられなかったのはありがたい。証拠隠滅の手間が少なくて済む。                                                      神隠しなんて騒がれてまたエサがやって来る。素晴らしいサイクルだ。                                                          



さて、彼らの衣服を適当に放って来よう。

そう考えた赤黒い瞳の青年は、4つの白い尾を揺らしながら森の奥へと消えていった。



 


◇◇◇◇◇



 


正座する奏の前に、俺が腕を組んで立つ。

俺は今とても苛ついていた。理由は簡単だ。


こ い つ ま た や り や が っ た 。


「奏」

「……はい」



「何で死ぬなと言われた次の周で、自分から電気罠に突っ込むんだい?」


俺が問い詰めると、奏は目を逸らして困ったように口ごもった。


「いやー、それは……その……」

「今回は感電死。あれ、確実によろこんでたよね?」

「うぐぅ……」


確実に図星だろう。一日もたたないうちにまた死に方試しやがって。許さん。誰のおかげで死ねると思ってんだオラ。

 

「あと明らかに死に際笑ってたし喘いでた」

「も、もう勘弁してくれ……また思い出してしまうっ……」


勘弁の理由それかよ。今度死ぬ時はその性癖も抹消してきてほしいなぁ。


あと思い出し痙攣をするな、喘ぐな気持ち悪い。ともかくこいつの頭はもう手遅れだから俺は諦めていいと思う。

取りあえず奏が落ち着いたので、コード打ち込んで元の世界にぶっ飛ばした。

罰用に逆関節固めかなんか練習しておいたほうがいいだろうか。


最低でも三日は我慢しろとは言っておいた。これでまあ俺もちょっとは休めるだろう。

さて。たかが三日、されど三日。短く感じるかもしれないが、意外と長い時間である。


 

普段とれない程死んだように熟睡し、のんびりと管理世界の報告書を仕上げても(従来に比べ)まだ時間はあった。

まぁ寝た時間は二時間くらいだが、これでも十分寝れてる方だ。



俺としたことが、すっかり時間を持て余してしまった。



……仕事をしていないと、何をすればいいかわからないな。

もう俺もすっかり社畜といったところか。



薄暗い部屋の中、世界を映し出している液晶に目を向ける。

監視カメラのようにたくさんの視点に分かれ、その中の一つに奏が写っている。


違う世界には、分岐した沢山の俺たちがいるのだろうか。

その中には……俺のように、管理人となったやつも居るのかもしれない。

まだ他の管理人に会った事もないから確証はないが。


そいつらも、世界が壊れるような絶望を味わったのだろうか。



物思いにふけっていると、背後のドアが開く音がした。


「かな、で……あれ?」


奏が約束を破って光速で死んで来たのかと思い、振り向いたが誰もいない。戸惑っていると、下から小さくきゅん、と犬が鼻を鳴らすような音が聞こえた。



下を見てみれば、そこには白い狐が居た。目がほんのり赤い事からアルビノだと推測できる。別の世界から迷い込んできてしまったのだろうか。

飼われていたのか警戒心は無く、自ら頭を擦り付けてくる。


 


モフモフだ……モフモフの塊……な、撫でたい……。

だが寄生虫がいるかもしれないと考え、荒ぶる両手を今は抑えることにした。


……でも、少しだけなら……と伸ばした手を、今度は甘嚙みされてしまった。かわい……甘嚙……あれ?ちょっと痛いよ?



狐は嚙む力を徐々に強くし、痛みが増していく。異変に気付いて引き剝がしたときには肉が少し抉れていた。

俺が警戒する体制を取ると、狐はたん、と後ろに跳ねて距離を取る。


 



ずるりと狐から新しく3本尾が生え、合計4本の尾がその体を覆い隠す。


ばき、べき、といった骨が折れ肉を裂くような、ぐちゃぐちゃとくぐもった音が静かな部屋に響く。その音は何かを食っているようにも、体を作り変えているようにも聞こえた。

 

骨が折れるような、肉がつぶれるような。

そんな気持ちの悪い音が鳴るたびに、段々と白い塊が人ほどの大きさになっていく。尾が動き、姿が見える。




そこに立っていたのは―――


 

狐の耳と4つの尾が生えた、真っ白い髪の俺だった。



懐から慣れた手つきでナイフを取り出し、こちらを見た彼の赤い瞳が細められる。



「……ねぇ、君の血美味しかったから食べてもいい?」


 


ナイフをこちらに突きつけ、楽しげに彼は告げる。

俺と同じ姿、ということは主人公。にも関わらずこの見た目は何なのだろうか。


敵意むき出し、いや、敵意はそんなにない。寧ろ捕食者のようなオーラを感じる。圧倒的な、絶対に勝てないと思わせるような。


迷い込んでしまったのなら送り返す必要がある。

別世界の相手は無力化程度に抑えなければいけないので、手加減は必須だ。


……要するに殺さなければオッケー。


まぁ傷つけたら結構面倒なことになるので、徹底的に拘束に回るが。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






宣戦布告から数十分後。

俺はかなりの窮地に立たされていた。とても負けそうです。


幾度となくナイフで切り付けられ、体もフィルムもボロボロだ。あと少しで決着をつけなければ二度目の人生に終着点が見えてきてしまう。


……正直に言うとこの空間では死ぬことはないが、それでもかなりの重症だ。

 

がらんとした部屋の中、荒い息と奴が退屈そうにナイフを弄ぶ音が響いている。



「逃げてばっかじゃつまんないんだけどなぁ」



そう言いながらこちらを見るその瞳は冷ややかで、虫でもみるような目つきだった。

腕から黒い血が止まらない。彼の刃には血を止まらなくさせる効果でもあるのだろうか。


息を深く吸い、狐の体をフィルムで束縛しにかかる。俺の動きに気付いた彼はナイフを構えなおし、眼の前に迫るフィルムをさばき始めた。



しかし、それは囮だ。



足元に這わせたフィルムを絡ませ、動きを封じる。次に腕を封じようと意識をそらした瞬間。



「……あーあ、めんどくさ」



狐はそう呟き、先までさばいていたフィルムをまとめて食いちぎった。


 

「暴れられては困るんだ。おとなしく救われないと」

「ぐ、ぅ……!」



引きちぎられた所から、腕と同じ真っ黒い液体が滴る。


 


 


びき、と背に貫くような痛みが走り、意識を一瞬手放してしまう。その隙に距離を詰められ、ナイフの柄で鳩尾を勢い良く、的確に突かれた。



眼の前がぼやけ、焦点が定まらない。頭が割れるように痛む。



崩れ落ちるとともに押し倒されるように倒れ、首元にナイフをあてがわれる。

息一つでもすれば、すぐに首を切り落とされてしまいそうだ。


バリバリとフィルムを嚙み砕き、飲み込んだ狐が口を開く。


「んー、やっぱり……おなか、いっぱい……」


それは拍子抜けするような、とても自分勝手な一言だった。

ぼんやりとした目を細め、ナイフを後ろへ雑に放り投げる。


「……もういいや……おやすみぃ……」



そして突然の豹変に追いつけず仰向けになったままの俺の隣で丸まり、無警戒に眠り始めた。


…………。

 


待て。

ちょっと待て。



本当に頭が追い付かない。何が起こったのか一度まとめよう。




襲われる(物理)

死ぬ直前まで追い詰められる

今殺しに来たやつが隣で勝手に添い寝してる


 

やばい。余計わからん。

落ち着けきっとパニックになっているんだ深呼吸深呼吸……。


よし、落ち着いた。誰が何と言おうと俺は落ち着いた。異論は認めない。


 


取りあえずめちゃくちゃ背中が痛いので背中のフィルムをどうにかしなければ。管理人は特別なので再生するらしいが、それにしてもどんな仕組みなのだろうか?



……もう傷が塞がっている。これが管理人の不死性というものだろう。

 


さて、この白い塊をどうしようか。

ただの客人を床で寝かせているのは少し申し訳無い。

布団しいて寝かせるか。それだけ大量の尻尾に包まれていれば平気かもしれないが。


そう思い布団を用意しようとすると、視界の隅で白い塊がもそりと動いた。狐は眠たげに目を擦り、目を開ける。


尾はそのまま4つだが、瞳は前のどろどろとした赤色ではなく澄んだ赤になっていて、敵対する意志は見られない。



「……俺何してたっけ…って、人ぉ!?俺ぇ!?」



目が合うと、焦った様子で尾と耳を隠そうとしている。ついでに自分と同じ姿のやつを前にしてさらに混乱していた。先程とは全く印象が違っていて少し心が和む。



「あー、大丈夫だよ?」



怖がらせないように笑いかける。ここ数年奏(自分)としか話ていないから、ぎこちなくなっていないか不安だ。

目の前にいる白いのも自分だが。



話を聞くと彼、悠也は狐憑きらしい。 

厨二病だと笑えればよかったのだが、見た目にそのまま出ている通り本物だ。

耳はびょんびょん動いているし、しっぽも犬のように動く。すごく本物だ。


ほぼ呪いに近く、天狐を抑えるためには数ヶ月に一度、人肉を食べなければいけないらしい。そしてこれまでにも数回失踪事件(殺して食った)を起こしているそうだ。

なにそれ怖い。



「最近は変な場所に出てくる化け物とかも食べてるんですが、それでも中々抑えるのが厳しくて……」



……ん?


「今言った化け物って……。」

「ああ、化け物っていうのは、俺と同じなら知っていると思いますが」


 


「動く人形みたいなやつとか、黒コート着た強いやつです」


「思いっきり敵!!」


なんてこった。敵食ってたのかこいつ。

 


「黒コートのは美味しかったですね~特に火薬のせいか銃が肉厚なうえにスパイシーで」

「死神食うなよ」



なんという化け物だろうか。聞いてみればソロ討伐とのことで、暴走時の動きがよかったのも頷けた。

 

……人喰うんだったら、食われると聞いて喜びそうな人が一人、心当たりがある。

死ぬ回数も減らしてしまったことだし……まぁ、追加の発散にはちょうどいいか。


 

「喰われたら喜びそうな奴いるからたまに来るといいよ」

「え、いいんですか!いただきます!……そんな人いるんだ、世界は広いなぁ」

 


そんなエサ貰った犬みたいな目をするな。そしてしっぽの風圧が凄い。

あと、世界は広くても食われて喜ぶ人はまず居ないと思うな。ここ君の所と別世界だし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る