第22話 清浄なる森の薬草
無事モニクさんと合流し、再び森の中を歩くこと数分。
俺達はようやく目的のモノを発見した。
深い森が急に開けると、その中央には直径百メートルくらいありそうな湖。そして湖の周辺には、黄色っぽいギザギザの草がたくさん生えている。
『アイテム図鑑』で表示させた画像とも一致――あれがリネン草か。
『リネン草』
レア度:C 区分:素材/植物 価格:880
稲妻を思わせる形状が特徴的な薬草。清浄なる森林地帯で芽吹くことがある。『木』の精霊の影響を強く受けているため、薬として煎じて飲めば肉体だけでなく精神にも活力を与えてくれることだろう。
俺とリリカ、モニクさんの三人がかりで早速リネン草を摘んでいく。町中に広がった流行病に対処するためにどれくらい必要なのかはわからないけど、遠慮する必要はなさそうだ。仮にリリカのリュック一杯になるまで搾取したところで、これだけ生えてたら全体のごく一部にしかならない。
ちなみにリリカのリュックはゴブリンから逃げる際に無くしていたが、モニクさんが途中で見つけて拾ってきてくれていた。
俺は手を動かしつつもそれとなくモニクさんに近づき、声をかける。
「その、大丈夫ですか? 初期症状なんて適当なことを言ってましたけど……結構、無理してましたよね」
モニクさんはリネン草を摘む手を止めて「はあ」と大きく息を吐く。
そして脱力しきった表情で空を仰いだ。
「確かに、疲れたわね。もちろん流行病のこともあるけど……最低限の鍛練は怠っていなかったとはいえ、実戦として剣をここまで振るうのは久しぶりだったし」
「最低限の鍛練は怠ってなかったんですね……騎士というのを完全に辞めちゃったわけではないんですか?」
「辞めたって表現が正しいのかはわからないけど。今は騎士としては、どこの教会にも所属してないわね」
「そうでしたか」
微妙にはっきりしない回答だが、まあモニクさんにも色々あるんだろう。
ゴブリンをノリノリで屠ってたし、少なくとも戦うのが嫌いとかではなさそうだ。
それから黙々とリネン草を摘んでいたら「それはまだダメです」とリリカに注意されてしまった。何も考えず摘んでいた俺とモニクさんだが、中にはまだ成熟しておらず使い物にならないものもあったらしい。
俺はともかくモニクさんはどうなんだ。三級使徒でしょうに。
「ふう……」
「クズもお疲れみたいね」
「え? あ、はい。そうですね……」
確かに疲労はある。
しかし俺のため息には、また別の意味合いがあった。
結局、最後まで来てしまったのだ。
普通に『ビラムの森』を探索して普通に『リネン草』を入手してしまった。
今さら目的のリリカをさらえる状況でもないし、ここからどうしよう?
とりあえずこのリネン草。それなりに価値のあるものみたいだし、せっかくだから自分用としてウエストポーチに入るだけ入れておくか。二つの図鑑くらいしか入ってないおかげでスペースは結構ある。リリカには適当なこと言ったけど、ダンジョンに手持ちアイテム少なく挑むのは、実は結構理に適ってるのかもな。
あとはこれが何ゼルの儲けになるかだ。
図鑑では価格880とあるけど、こういうのは一定の重さや量あたりの価値を示したものであり、当然ながら一本の草が880ゼルで売れるわけではない。このウエストポーチ一杯分としたら、いくらくらいになるんだろうか。
頭の中でそんな勘定をしながらリネン草をぷちぷち抜いてると、モニクさんとリリカの会話が耳に入ってくる。
「ゴブリン、怖くなかった? 本当によくがんばったわね!」
「……べ、別に。怖くないですし……」
リリカを優しい口調で労うモニクさん。
しかしその反応は微妙に素気ないように感じる。
リリカのやつ、同じ教会の使徒であるモニクさんやアギから声をかけられても、いつもこんな感じなんだよな。妙に冷めているというか、よそよそしいというか。
まあ会話が無いわけじゃないし、仲が悪いという風でもないんだけども。
「でも、もう大丈夫だから。私とクズもいるわけだしね?」
「別にクズはいなくてもいいけど……」
そういうこと素のトーンで言うのやめてくれないかな?
俺にも聞こえてるんだよ?
まあゴブリン相手に無双しまくってたモニクさんと違い、俺は無様なところしか見せてないもんな。そろそろ転移者に幻滅したかもしれないし、リリカの反応も素直な気持ちではあるんだろう。
俺としても今回は何かと想定外も多かったし、とにかく疲れた。俺も無事にここまで辿り着けたことを喜んでおくとするかね。
今日のところは町に帰って教会でメシを食わせてもらって、『慈愛の聖女』奪取についてはまた明日にでも考えよう。
そんな感じで呆けている時のことだった。
「あとはこのままリネン草を摘んで、教会へ帰るだけね! この森にはもう強いゴブリンはいないみたいだし」
――あっ、モニクさん。それフラグ……
モニクさんの余計な一言により、嫌な予感が飛来する。
草木をかき分けるような音。
その存在に最初に気付いたのは、俺かモニクさんか。
やがてこの場にいる誰もが、険しい表情でそれを見た。
森の陰から出現したのは一体のゴブリン。
「なんだ、こいつは」
無意識に俺は呟いてしまう。
ゴブリンの姿が少し妙だったのだ。
全身の肌の色が今まで見たゴブリンのような緑ではなく、墨で塗りつぶしたかのような黒一色。身長は二メートル以上あり、一般的に小柄とされるゴブリンにしては大きい。そして右手には、見覚えのある気がしないでもないバールのようなものが握られている。
それでも俺がコイツをゴブリンと認識したのは、ゴブリンと同じく鬼のような頭部と筋肉質を半裸を晒していたからであり。
魔王が倒されたアストラルドにおいてゴブリン以外のモンスターを目にすることは、普通にはありえないからだ。
「……二人は、下がっていなさい」
不穏な空気を感じ取ったのはモニクさんも同じらしい。
真剣な表情で俺達にそう告げると、慎重な足取りで黒いゴブリンへと向かった。
「――――――」
黒いゴブリンの瞳がモニクさんを捉える。
一瞬の踏み込みと同時に振り下ろされるバール――速い!
先に攻撃を仕掛けたのは黒いゴブリンの方だった。
「……くうっ!」
ガギン! と大剣を上段に構えてそれを防ぐモニクさん。
しかし大剣ごと後方に弾かれ、大きくバランスを崩した。
力負けしただと?
あの大剣を軽々と振るうモニクさんが?
「……少し油断したわ」
モニクさんは何事もなかったように姿勢を正すと、大剣を両手持ちで構える。
そしてゴブリンに向かって一直線にダッシュ。
「はああああああっ!」
裂帛の声と共に叩きつける斬撃。
ゴブリンはそれをバールで防ぎつつ、反撃とばかりに薙ぎ返す。それをモニクさんはまた大剣でガード。今度は腰を深く落とし、弾かれない。ギン、ギギン、と鈍い金属音をたて、両者が己の武器を打ちつけ合う。
ただひたすらに、力任せに剣を振るうモニクさん。
手数は次第に多くなり、そのいくつかがゴブリンへと届く。
しかしその黒い肌は固く、わずかに裂傷を刻むのみだった。急所へと向かう斬撃は、確実にバールで防がれてしまう。これまでゴブリンを一刀のもとに切り捨ててきた大剣は、未だにまともなダメージを与えるに至っていない。
モニクさんは分が悪いと感じたか、後方に飛んで距離を空ける。
そして、
「救済の天使よ! 力なき人の手に邪を断つ剣を寄越せ――『
一瞬の詠唱と同時に光るレーザーを放つ。
深い森を眩い光が照らし、黒いゴブリンを光の速度で貫く。
「――――――」
――パシュンッ
しかし黒いゴブリンはそれをあっさり左手で払い――かき消した。
黒いゴブリンの手に生まれた光のようなもの。あれがモニクさんの攻撃魔術を相殺したのだ。
つまり何らかの魔術――ゴブリンがそれを使ったというのか?
「く、クズっ。なんですか、あのゴブリンは!」
「黙ってろ!」
隣でリリカが喚いている。
しかし驚いているのは俺も一緒だ。
俺は慌てて『ゴブリン図鑑』を開く。目の前にいるゴブリンの種類を認識し、石に記録された情報を引き出してくれる。そのはずだった。
しかし『ゴブリン図鑑』は淡く光るだけで、それ以上の反応を示さない。
つまり――未登録。
果たしてそんなことがありえるのか。
これが前人未踏のランクSのダンジョンとかならまだしも、『ビラムの森』などというランクEのダンジョンに出現するなどと。
あのゴブリンからは底知れない何かを感じる。
だが考えたところで真実はわかるはずもない。
思考するべきはそんなことじゃない。
今はまだ、モニクさんが黒いゴブリンを抑えてくれてはいるが。
さて――どう切り抜ける?
この局面を生き延びるために。
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