第20話 ゴブリンこわい
俺達三人はひたすらに森の中を進む。
前を歩くモニクさんが大剣をブンブン振って、ゴブリンを蹴散らしながら。
モニクさんは常に楽しそうで結構なことだけど、実は俺の方はだんだん飽きてきていた。まだ「カスゴブリン」と「つめゴブリン」の二種類しか出てきていないからだ。ここから全然『ゴブリン図鑑』が埋まらない。
初心者向けのダンジョンらしいし、まさかこの二種類しか出てこないのか?
「ヒャウッ!」
樹木の陰からまたゴブリンが飛び出してくる。
今度は先行するモニクさんの方ではなく、俺達の方だった。リリカが「ひっ。ク、クズ」と慌てて俺のベルトを引っ掴んでくる。
もちろんゴブリンは都合よくモニクさんの方ばかりに行ってはくれない。こういう時は俺が短剣でゴブリンの攻撃を防ぎながらリリカを守る。そうやって時間を稼いだところで、モニクさんが大剣でゴブリンを薙ぎ倒すというのがパターン化していた。
だから俺は今回もゴブリンが振るってくる拳を「はいはいカスゴブリンカスゴブリン」と冷めた気持ちで雑に捌いていると――ふと何かに気付く。
このゴブリン、よく見たらヒゲ生えてね?
口と鼻の間に、中国人のイラストみたいな二本のヒゲがひょろんと。
俺は慌てて距離をとり、ゴブリン図鑑で調べる。
【No.31】 ひげゴブリン レア度:☆☆☆
髭が生えたゴブリン。妙に強いので、それなりの注意は必要。
体術に優れ、機敏な動きで相手を翻弄しつつ拳や蹴りを放ってくる。
髭は生涯伸び続け、抜けると命が尽き果てる。
「っしゃあ! 新種きたあ!」
「喜んでる場合ですかっ」
リリカがなんか叫んでるが、それどころじゃない。
よし、『ひげゴブリン』ゲット!
そして図鑑を埋めればもう用済みだ。
「せいっ」
「ギャアアア!」
ひげゴブリンの背後からゴウッと大剣が振り下ろされた。
さすがモニクさん。そいつがなにゴブリンだろうが全く気にしてない。
「うん、いい感じね!」
軽く早朝ランニングしてきた後みたいな、清涼感のある笑みを浮かべるモニクさん。本当にいい顔するなあ。元々綺麗な人だと思うけど、俺的にはこっちのモニクさんの方が断然イイと思う。
さらに森を進むと、今度は四体のゴブリンと遭遇。
つめゴブリンが三体。そして残るもう一体はなにやら背中に壺のようなものを抱えている――新種だ!
【No.19】 つぼゴブリン レア度:☆☆☆☆☆
大きい壺を抱えたゴブリン。壺の中にはたまにレアアイテムが入っている。
小さい子供ならすっぽり入り、連れ去ってしまうことがあるので注意が必要。
壺を割られるとアイデンティティーが崩壊し、廃人になる。
しかもやけにレア度の高いゴブリンだ。そして何より気になるのが、壺の中にあるというレアアイテム。これは是非とも割って中身を確かめないとな。
脳筋のモニクさんが、中のアイテムごと潰してしまわないように注意しないと――
とか考えていると、「いてっ」俺の頭にゴツンと何かが当たった。
ころころと地面を転がるモノの正体は石だった。
これがどこからか飛んできた、のか?
赤子でも握れそうなくらい小さい石なので、そこまでダメージはないけども。
「ゲフッ! ゲフッ! メイチュウ~! ゲフフフフッ!」
なんか俺を指差してゲフゲフ笑ってるゴブリンがいる。
あいつか!
【No.13】 いしゴブリン レア度 ☆☆
人を見かけては石を投げてくるゴブリン。ただひたすらにうざい。
どうせ小さい石しか投げてこないので、無視するのが一番良いだろう。
足が速く仲間も多いため、挑発に乗って追いかけようものなら悲惨な目に遭う。
しかも、また新しいタイプ。
先ほどから立て続けに新種が出てきているが、奥に行くほど強いモンスターが出現するのはあらゆるダンジョンに共通する傾向でもある。いいぞ。よし。まだまだ図鑑を埋めていけそうな流れだ。
「いたっ! な、なによ、もう!」
三体のつめゴブリンに応戦しているモニクさんにもゴツンと石が命中する。
「ゲフ! ゲフフフフ! ゲフッ!」
オシリをペンペン叩いてモニクさんを挑発するゴブリン。
まあモニクさんは大人だし、元騎士だからあんな安い挑発に乗る心配はないだろう。
「やってくれたわね! こらっ、待ちなさい!」
「ゲフフフフ!」
ゴブリンが逃げる。
モニクさんがそれをダッシュで追う。
バタバタと追いかけっこしながら森の奥へとどんどん走っていった。
「ちょっ……」
マジで!?
モニクさんが俺達を置いて行ってしまった。
残されたつめゴブリンが、今度は俺に襲いかかってくる。
「おおうっ!」
とりあえず護身用の短剣でガードして逃れるが、
「く、クズっ」
俺を呼ぶ声がした。
げっ。リリカがゴブリンの壺に入れられかけてる!
リリカは壺の中に上半身を突っ込まれ、はみ出した足をバタバタさせていた。
「ウヒョオ! ヨウジョ、捕マエタ!」
俺は咄嗟に短剣をブン投げる。
うまいこと壺に命中。ガシャリと割れた穴からリリカが出てきた。
――レアアイテムゲット!
レア度SSS! 聖翼教の聖遺物『慈愛の聖女』だ!
「ギャアア! 壺ガ! 壺ガア! コレジャア俺、何ごぶりんカワカラネエ!」
つぼゴブリンが頭を抱えて喚いている。
つぼゴブリンにとって壺の崩壊はアイデンティティの崩壊を意味する。図鑑に書いてあるとおりだ。放っておいても問題ないだろう。
「おい、大丈夫かリリカ!」
「…………(がたがたがた)」
リリカはうずくまって震えている。無理もない。
ただでさえ怖がっていたゴブリンに、壺に入れて連れ去られそうになったのだ。
「グヒヒ! ヨウジョヨウジョ!」
そんなリリカに、ゴブリンの爪が襲いかかる――寸でのところで俺はリリカを抱えて転がった。まだつめゴブリンが三体もいる。やばいやばい。さすがにやばい。
「おい、リリカ! 立て!」
「あ……あう……」
「逃げるぞ!」
俺はリリカの手を強引に引き、森の中をひたすら走った。
森の中を走り回ってしばらくのこと。
ゴブリン達がもう追ってくる様子がないことを確認し、俺は深く息を吐いた。
「ふう。どうやら逃げ切れたみたいだな……」
ちょうど良さげな樹があったので、俺達はその陰に身を潜めて休むことにした。
特にリリカの消耗は激しい。
小さい身体を地べたに沈ませ、はあはあと荒い呼吸を繰り返していた。足もかなり疲労しているようで、全身にはびっしょりと汗をかいている。
水分をとっておきたかったが、それを入れていたはずのリリカの水筒とリュックは、逃げている間にどこかに行ってしまったらしい。
ようやく呼吸が整ってきた頃、リリカが呆れ果てたような口調で言ってきた。
「……本当に徹底しているのですね、クズ」
「へ? なにがだよ」
「ゴブリン相手に、モニクがいなくなった途端に逃げてしまうのですから……あれくらい、倒せるはずでしょう」
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ。何回だって言ってやるけど、俺が前にいた世界は、ゴブリンなんか存在すらしていない平和な世界だったんだ」
もし元の世界にゴブリンがいたら、俺みたいな陰キャは速攻素手でボコられてカツアゲされてるだろう。女子ならクソ分厚い『サムネの書』も薄くなる展開な。
「そんな世界から来た奴が、モニクさんみたいにゴブリンと戦えるはずないだろ」
「でも、転移者は英雄だとされています。ゴブリンくらい倒せても……」
「他の転移者は倒してるのかもな。どうやってんのかは俺も知らねえけど」
まったく、この子の転移者に対する幻想は本当になんなのか。
ここまでくると、もはや転移者差別だな。
「では、冒険者としてはどうなのですか」
「ん?」
「たとえ六流の冒険者だとしても、これまで半年は生きてこられたわけでしょう」
相変わらず妙なところで鋭い子だな。
まあ今はまだリリカも疲れを見せているところだ。
休息がてら、少しくらいの余談も悪くはないだろう。
「この世界での恩人みたいな人がいてな。こう言われたよ」
「恩人、ですか」
「『お前は頭を使え』ってな」
「……は?」
俺を見るリリカの表情がポカンとなる。
え、俺なんか変なこと言ったかな。
「クズの頭は使えるほど良いとは……あ、頭突きですか」
「違うっ」
気を取り直し、改めて言う。
恩人――『
「まあ、確かにそれと似たようなことも言われたけどな。『残念ながらお前は知略を巡らせられるほど頭の回転は速くない』って」
「ですよね」
いちいち失礼だが話が進まないのでひとまず流し、
「『頭を使うとは、なにも優秀な知能をひけらかすことじゃない。目的を達成するために必死になることだ』」
「? それは、どういう……」
「『目的の達成を第一に考えること。そのための最良の選択を辿ること。あらゆる局面を想定し、出来る限りの備えをすること。そのための犠牲は怠らないこと』」
そして大抵の場合、目的は『生きること』そのものだった。
アストラルドは露骨で厳しく理不尽な世界。身寄りも金もない転移者は一日を生きるために頭を使うしかない。動物の世界における弱者がそうであるように。
「俺達の目的はなんだ? 言うまでもない。『リネン草』を手に入れることだ」
俺の本当の目的は全く別のものだが、たとえそうだとしても。
「それを達成するための最良の選択が『戦う』ではなく『逃げる』なんだよ」
「……そうですか」
リリカは弱々しくうつむく。
今度こそ転移者に幻滅させてしまったのだろうか。なんというか、これはこれで申し訳なくなってくるな。
いや、マジで転移者が英雄なんて発想は一体どこから来てるんだろう。
まさか俺以外の転移者は、本当にゴブリン相手に無双してたりするのか?
ちなみに転移者は特別魔力が高いだとか、転移する際に何かチートなスキルを得られるとか、そんな設定は一切無い。ソースは俺な。ソース。ソースねえ。
「ソースといえば俺がいた世界特有のアイテム……マヨネーズが実はゴブリンに効果絶大で、ぶっかけたら死滅させられるとか?」
「えっ」
「って、そんなわけないか。『魔除けの霊水』じゃあるまいし」
「まよねー……ず?」
そう。『マヨネーズ』。
異世界転生モノのラノベでは何故か定番になったりするけど。
(あっ……)
なんとなく自分の口から出て来ただけだったのだが。
その時、俺の中で衝撃が走った。
閃いたぞ。
このマヨネーズがあれば――
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