第19話 ゴブリンを楽しもう
突如として現れた剣士は、紛れもなくモニクさんだった。
いつもの黒い修道服のようなものを着ているが、上半身には銀色の胸当てと籠手を装着していた。右手には先ほどゴブリンを屠った大剣。金色の髪はポニーテール状に纏め上げられている。
いつものシスター仕様と違う、戦乙女風のモニクさんだ。
ツッコミたいのは山々だが、先に聞いておくべきことがあった。
「えっと。モニクさんって流行病にかかったはずでは」
「大丈夫よ。まだ初期症状だし」
「初期症状」
なにそれ。
まあ、大丈夫そうなら深く考えないでおこう。
それよりも気になるのはこっちの方だ。
「それで、その格好はなんなんです?」
「ふふっ」
俺の素の問いかけに、モニクさんは小さく笑った。
「驚かせちゃったわよね。私は元『騎士』なの」
「騎士、ですか?」
新たな疑問にポカンとなる俺。
「……女神様に仕える三大天使のことを話しましたよね」
そんな俺の疑問に答えてくれたのは意外にもリリカちゃんだった。
ついさっきまで木の陰で怯えてたのに、いつの間にかまた俺の隣にいる。
「ええと……慈愛と祝福、あと救済だったっけ」
「よくできました」
リリカは年上のお姉さんみたく偉そうに首をこくんと振ってから。
「救済が示す力は『滅ぼし』。つまり騎士の存在を意味しています。ゴブリンを始めとする邪悪なる存在を殲滅することも、使徒の務めの一つですから」
ようは聖翼教における戦闘部門ってところだろうか。一級使徒のべリアスは『薬師』なんて言われてたけど、同じ使徒でも色々あるんだな。
「もう。ラギから聞いたわよ。二人が薬の素材を探すために『ビラムの森』に向かったって。すっごく心配したんだから」
「すみません。でも……」
「とにかく、ここからは私も一緒に行かせてもらうわね」
有無を言わせない圧力でモニクさんが言う。
しかし俺達に向けられた表情は、安心させるように涼しげな笑みだった。
「もしゴブリンが出現したら」
その時、木の陰からゴブリンが二体飛び出した。
「ヨウジョ、ハッケン!」
「トオセンボ! トオセンボ!」
――バシュッ
「アレ?」
「ギャアア!」
まとめて強引に両断された。
「こんな感じで私が倒してあげるから」
「はやっ!」
「だからクズはリリカの傍について、守っててあげてね?」
それだけを言うと、モニクさんは大剣を肩に担ぎながら悠然と森の中を歩いていってしまう。
その後ろ姿は戦乙女のような気高さだけでなく、歴戦の武将みたいな凄味がある。
六流冒険者と五級使徒がゴブリンの巣食う森を探索するには、これ以上ないくらいに心強い味方と言えるだろう。
「…………」
しかし俺にとっては完全な想定外だった。
そしてさっき俺が合図してもヒナタが出てこない理由が判明した。
俺とリリカの後を追うモニクさんの存在に、ヒナタが気付いていたからだ。人目のつかない森の奥でリリカを拘束、そのまま『ビラムの森』を町の反対側に抜ける形で逃げ切るのが本来の俺達の計画。しかしモニクさんがいたんじゃあ、計画通りに事を運べなくなってしまいかねない。
ヒナタにしては正しい判断だ。
当面はこのモニクさんを加えたメンバーで薬草探しを続けるしかないだろう。
リリカ誘拐に関しては、ひとまず様子をうかがうしかない。
モニクさんは森の中を先導するように一人で歩いていく。
初期症状(?)とはいえ感染性の高い流行病だ。うつってしまわないよう、俺達は離れてついてくるように言われた。
「コンニチハ! コンニチワ……ギャアアアア!」
たまにゴブリンが現れては、ブンと大剣を振って一瞬で切り伏せる。
その様は豪快の一言。そういえば気を失った冒険者を起こすために殴るような人だし、元々脳筋寄りなのかもしれない。
そして――単純に強い。
相手が弱いゴブリンとはいえ、そもそも戦闘にすらなっていない。
一方的な狩り――いや、刈りだ。その手軽さは、モニクさんからしたら草刈りするのと変わらないんだろう。ただ退屈なだけの単純作業なのだ。
そんなモニクさんが突如、ハッとしたように俺の方に振り向く。
「あっ! ごめんねクズ。私ばかりやっちゃって」
「え? ええと、何がです?」
「ゴブリン狩り。クズもやらない? ちょう楽しいわよ!」
「いえ。別にいいです」
草刈りどころかアクションゲーム感覚かよ。
さすがに呆れつつも、俺は隣の幼女に声をかける。
「まあ、これならゴブリンの心配は必要なさそうだな」
「…………」
「おい。大丈夫か、リリカ」
そういえばこのちょっとした殺戮、リリカ的にはどうなんだろう。
ゴブリンは死んだら黒い霧になって消滅するという子供に優しい安心仕様だから、肉とか臓器がグロい感じで飛び散ったりすることはないんだけれども。
「あ、あたりまえです」
リリカは若干キョドりながらも、毅然とした態度を見せる。
「前にも教えましたね。人が罪を抱えたままでいると、どうなってしまうのか」
「あー……そういやなんかゴブリンになるんだっけか?」
「はい。ゴブリンになってしまった者は、もう人には戻れません。懺悔することもできず、ただ生きながらに罪を重ねるだけ……だからすぐに殲滅して、せめてその魂を救済してあげないといけないのです」
なるほど。
聖翼教にとってはそういうノリなんだな。
「ならいいけどよ……あっ、そうだ」
そこで俺はあることを思い出し、ウエストポーチからスマホサイズの薄緑色の石板を取り出す。ラギからもらった『ゴブリン図鑑』だ。
とりあえずアイテム図鑑と同じ要領で力をこめてみる。
するとアイテム図鑑と同じように映像と文字列が浮かびあがった。
【No.1】 カスゴブリン レア度:☆
気の毒なくらいに弱いカスみたいなゴブリン。
ストレス解消や新しい武器の試し切りには最適。
顔の偏差値が低く性格も悪いので、どれだけ虐殺されても同情の余地はない。
「おお……」
確か出会ったゴブリンの情報が登録されていくとラギが言っていた。
同じ記録石でできた図鑑でも、最初から全ての情報が登録されているアイテム図鑑とは少し仕様が違うということか。
というかなにこれ。なんか無茶苦茶楽しそうなんだけど。
「あ、ゴブリン! しかも今までと違うタイプね!」
「なにっ!」
モニクさんの言葉に、俺は慌ててゴブリン図鑑を反応させる。
【No.4】 つめゴブリン レア度:☆☆
鋭く伸びた爪が特徴的なゴブリン。
普通に弱いが爪に毒が含まれることもあるので、地味に面倒ではある。
爪は調合と錬成の素材として重宝されるが、やたら垢がたまっており、臭い。
さっきのゴブリンとは違う情報だ。
石から浮かび上がる画面を切り替え、一覧のような画面を浮かび上がらせてみると、ぱっと見でも百を超える「???」のうちNo.1とNo.4だけがそれぞれのゴブリン名に変わっている。
なるほど。こうやって図鑑を順番に埋めていくわけか!
「何してるのクズ?」
つめゴブリンを一瞬で惨殺したモニクさんが、一人興奮する俺に気付く。
「ゴブリン図鑑らしいです。なんかラギがくれまして」
「そういえば私も騎士になった頃に本庁からもらったわね。いちいち調べるのも面倒だし、知らないうちにどっかにいっちゃったけど」
「モニクさんにはわからないんですね」
「……え?」
未発見を意味する「???」に対して抱くモヤモヤ感。
そして、ここを次々と埋めていくことの快感が!
ロープレやったことある奴なら誰だってそうだよな?
そして忘れてはならないのがドロップアイテムの回収だ。
さっきつめゴブリンが落したのを俺は見逃してないぞ。
それをコッソリ拾い上げてから、今度はアイテム図鑑の方を使用する。
『ゴブリンの爪』
レア度:E 区分:素材 価格:68
ゴブリンが持つ鋭い爪。爪部分はカルシウム等の栄養素が豊富であり、垢にも免疫力を高める効能があるため、薬の素材として重宝される。ただし非常に臭い。
「地味に高い! よし。町に着いたら速攻で売ろう」
「……楽しそうですね」
「別に楽しんでるつもりはないぞ」
ぶっちゃけかなり楽しんでたけど。
横からじとっと半目を向けてくるリリカには、一応の弁解をしておく。
「ただ俺みたいなその日暮らしの冒険者にとって、こういう情報は大事でな。パンと同じく、あるかないかで今日の命を左右しかねない。だからたとえ些細なことでも調べるのがクセになってるんだよ」
「…………」
「リリカにとってゴブリンは怖い存在なのかもしれないけど」
「べ、べつにこわくは……」
リリカが気まずそうに前を向く。
「正直、俺だって怖い。けど、だからこそ知らないといけないんだ。いつまでも逃げてばかりいられるとは限らないんだからな」
「……そうですか」
「まあ、ゴブリンになんざ出会わないに越したことは無いって話だよ。さっさとリネン草を見つけて、森から出たいところだな」
「はい」
そんな話をしていると、前を歩くモニクさんが足を止めた。
どうやら分かれ道に差し掛かったらしい。
草木が刈られて作られた道が、左右へと伸びている。
リネン草があるという湖までは分かりやすい一本道が続くと思ってたけど、自然で出来た森だけにこういうこともあるだろう。
さて、どうする?
「……ふむ」
モニクさんの方を見てみると、なにやら険しい顔で左右の道を見比べていた。
やがて右の方を指して言う。
「あっちの方にゴブリンがいそうね」
「よし、じゃあ行きましょうか」
俺とモニクさんが迷わず右へと続く道を進む。
理由は一つ。
この先にゴブリンがいそうだからだ。
「……さっきと言ってること違いませんか」
そんなことを呟きながらも、リリカは慌ててついてくるのだった。
悪いな。俺とモニクさんだけゴブリンで楽しんじゃって。
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