第18話 はじめてのゴブリン
現れたゴブリンは三体だった。
鬼を思わせる頭部に、緑色の肌をした筋肉質の半裸。
左右の二体は棍棒、真ん中の奴はバールのようなものをそれぞれ持っている。
ゴブリンは俺達を見つけると、バンザイしながらピョンピョン飛び跳ねた。
「ゲヘヘヘ! ニンゲン、ミッケ!」
「ヤッタ! ヤッタ! ヤッタ!」
「アソボ! アソボ!」
これまた知性の低そうなゴブリンが出てきたな。
「リリカ、お前はとりあえず下がって……」
「…………っ」
言うまでもなくリリカは近くにある木の陰に隠れていた。はやっ。
左右の棍棒ゴブリンがグヘグヘ笑いながら、残された俺へと近づいてくる。
「痛メツケテヤル!」
「ブットベ! ゲラゲラゲラ!」
そしていきなり棍棒で殴りかかってきた!
「おおう!」
俺は咄嗟に後ろへ飛んで逃れる。あ、あぶねえ。
慌てて両手を突き出し、待ったをかけた。
「ちょっと待て! タンマ!」
「コラ! ニンゲン!」
「ヨケルナ! テメエ!」
「うわおっ!」
しかしゴブリンは構わず棍棒をブンブン振り回してくる。まあ当然か。何故か人語を話すが会話は成り立たない。これがゴブリンだ。
俺が二体のゴブリンの攻撃からとにかく必死に逃げていると、
「グヘヘヘ! モラッタ!」
その背後に控えていた三体目がバールを振り下ろしてきた。
「……ちっ」
俺は瞬時に右手で腰の短剣を抜き放ち、これをギンと防ぐ。
そのまま軽く後ろに跳ぶような形で衝撃を和らげつつ、距離をとった。
「『白羊流し』……っと」
ひとまず凌ぎきり、ふうと一息つく。
「バ、バカナ! ナンデ当タラナイ!」
「コノニンゲン、何者ダ!?」
「……ふん」
ゴブリン共はなにやら驚いているが、俺は適当にかわしただけだ。
今のところ別に何も凄いことはしていない。
が、問題はここからどうするかだ。
できることならリリカに宣言したとおり逃げたいところだが――数が三体もいるとなると、失敗するリスクが少し高くなる。リリカもすぐコケそうだしな。
となると。
もはや目の前のゴブリンを倒すという選択肢の方がベターか。
もちろん、そのための備えもしてある。
だから俺はあえてニタリと不敵に笑って見せた。
「残念だったな。生憎、俺はお前ら程度が殺せるような獲物じゃない」
「グ……」
「それでも、まだくるか?」
右手の短剣を逆手に持ち替える(特に意味はない)。
そして動揺するゴブリン達を強気で睨んだ。
「次からは反撃させてもらうぜ。倍返しでな」
言いながら、俺は空いた左手で黒い髪をクシャリと撫でつける。
(さて、出番だ。来い……ヒナタ)
この森に潜伏し、俺達の後をつけているであろう相棒への合図だ。
――時は少しさかのぼり。
昨日の夜のこと。
「びらむの森? 知ってるよ。町の近くにある、木がいっぱい生えてるとこだよね」
俺は『慈愛の聖女』と共に『ビラムの森』に行くことを相棒へと伝えた。
「ああ。絶好のチャンスだ。次こそ決めるぞ」
「ちゃんす? なんの?」
公園のベンチの上で丸まり、ふにゃっと首を傾げるヒナタ。
目もトロンとしてる。
さっきパンを食べたばかりだから眠いんだろう。
「俺が標的を森に連れ出したところを、二人でかっさらうんだよ。森の奥深くなら誰かに見つかる心配もないからな。そのままトンズラするという寸法だ」
「おお~。さすがコカゲ。頭いいね?」
「お前よりはな。とにかく俺達は明日の早朝には向かう予定だ。お前は先に森の中に入って待機していろ。あとはいつもの潜入任務と同じパターンでいく。いいな」
ヒナタはこくっと首を縦に振りながら、
「うん。ヒナタがこっそりとコカゲの後をつけて、コカゲが髪をくしゃくしゃする合図をしたら、ヒナタが出ていく。後は状況に応じて柔軟に対応。だよね?」
「ああ。問題はお前の頭で状況に応じた柔軟な対応ができるのか、だな」
「え? もしかしてヒナタをばかにしてる? それくらいできるよ?」
「わかってるよ。なにせお前は一度に三つも仕事を覚えられる優秀な相棒だもんな」
「えへへ。そういうこと。今回は一つだけなんでしょ。じゃあよゆーだよ」
厳密には一度に三つまでしか覚えられない、だが。
こいつは頭が獣だから、それを超えると頭がパンクして何もできなくなるのだ。
あと前回のパン泥棒により、たとえ一つでも空腹になると駄目なことが判明した。
「了解。わかったから、ヒナタはもう寝るね?」
ぱたんとベンチに横になるヒナタ。
俺はペチンとむきだしの腹を叩いた。
「いたあっ! なにすんのさ!」
「俺達が森に行くのは明日の朝だ。お前は今から行っとけ。寝るなら森の中で寝ろ」
「え……でも朝ごはんは?」
「安心しろ。今日は多めにもってきてやったぞ」
「ぱん! しかもみっつ!」
パン泥棒の時と同じ失敗はしない。
教会にあるものを持ってきたから、もちろんタダだしな。
パンが入った紙袋を抱え、嬉々として公園を出ようとするヒナタ。
その背中に向けて、俺はさらに声をかける。
「俺が森の中に入るのを、絶対に見逃すなよ!」
「わかってるよお」
「とにかく寝坊はするな! いいか、絶対だぞ! 絶対だからな!」
以上、回想終わり。
あれだけ念押ししたし、さすがに大丈夫だろう。
なにせ三回も言ってやった。三つまでしか仕事を覚えられない奴だから、今回はそれを一つに全振りしたようなものだ。決してフリとかじゃないぞ?
そういうわけで、実はヒナタも『ビラムの森』に潜入しているのだった。
こっそりと俺達の後を追い、常にこちらの様子をうかがっているはず。
森の中を適当に進んでからヒナタと合流して『慈愛の聖女』をかっさらう、というのが俺達の筋書きだった。予定していたタイミングよりもちょっと早くはあるのだが、それはそれで問題ない。どうせならここで呼んどいて、ゴブリン共もヒナタに手っ取り早く倒してもらおう。
黒髪をクシャリとした状態でニヤリと不敵に笑う俺。
そんな俺を「グ……」と唸りながら警戒するゴブリン三体。
緊迫した空気。
張り詰める緊張。
深い森の中にも小さい風が届くのか、木々の枝葉がさらさらと揺れる。
どこかで虫がちちちと鳴くのが耳に届いた。
「………………」
しかしヒナタはいつまで経っても出てこない。
……いや、遅くね?
もしかしたら合図を見逃しちゃったのかもしれない。
急だったし普通にありそう。
俺は改めて漆黒の髪をクシャリとしながら、
「次からは反撃させてもらうぜ。倍返しでな」
「ナゼ二度モ同ジコトヲ言ウ!?」
しかしそれでもヒナタは来なかった。
なんで? どういうこと?
マジでなにしてんだあいつ!
「な、なにをしているのですかっ。早くやっつけてくださいっ」
そこで痺れを切らしたのはリリカだった。
樹の陰から何やら叫んでいるが――それに何の意味がある。
残念ながら、完全なる握手だ。
「グヘ……グヘヘヘヘ! ヨウジョ! ミツケタ!」
俺に向いていたゴブリンの意識が、リリカへと向いてしまう。
バールを持ったゴブリンだ。
怯えるリリカを見ては醜悪な笑みを浮かべる。
そしてどすどすと、リリカの方へと歩き出した。
やばっ。
なんとかしようにも、俺の目の前には二体のゴブリンがいる。
「おい、なにしてんだよリリカ! とりあえずとっととそこから逃げろ!」
「あ………」
俺がそう叫ぶも、リリカは固まったまま一歩も動かない。
それどころか、ぺたんと尻もちをついてしまう。
ゴブリンはそれを面白がるようにバールをブンブン左右に振りまわし――
その腕が、突如として何かに切断された。
「ギャアアアアアアアア!」
宙を舞い、ゴトリと落ちる腕とバール。
ゴブリンの絶叫が森の中に轟き渡る。
「罪深き悪鬼共。哀れなものね」
現れたのはヒナタ――ではない。
樹の陰から姿を見せたのは、銀色の装甲と大剣を携えた剣士だった。
「女神に代わり、私があなた達を救済してあげる」
身の丈ほどもある大剣が、痛みに喘ぐバールゴブリンへと振り下ろされる。「ギヘッ」という中途半端な断末魔と共に、ゴブリンの身体は縦に引き裂かれた。
剣士は次に二体の棍棒ゴブリンへと標的を移す。大剣を抱え上げ、豪快な踏み込みで一気に距離を詰めつつ強引に薙ぐ。それに巻き込まれたゴブリンの一体が真っ二つになった。
「ヒ! ヒイイイイィィ!」
「逃がしません」
剣士は左手を、残る一体のゴブリンへと向ける。
「救済の天使よ。力なき人の手に邪を断つ剣を寄越せ――『
光のレーザーのようなものが、逃げるゴブリンの胸を背後から打ち貫く。
ゴブリンは走りながら前のめりにくずおれ、黒い霧状になって消滅した。
「す、すげえ……」
一瞬の出来事だった。
突如として俺達の前に現れ、速攻で三体のゴブリンを倒した剣士。
その凄烈な立ち回りにも圧倒されるばかりだが――それよりも。
ようやく認識できたその横顔。剣士の正体。
それが何者なのか、俺もリリカもわからないはずがなかった。
「どうして、あなたがここにいるんですか……モニクさん」
「無事みたいで安心したわ。クズ。リリカ」
剣士は優しく笑った。
俺たちのよく知る、モニクさんそのものの表情で。
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