第12話 転移者スペック
俺がこのフレスタ教会に住み込みで働くようになって一週間が過ぎた。
肝心のアルバイト代は一日20ゼル。
教会に仕える使徒では一番下にあたる五級使徒相当らしい。つまりリリカやアギと一緒だ。
俺が前にいた世界で換算すると、だいたい1ゼルあたり100円くらいだろうか。そう考えると一日中働いて2,000円というブラック企業の社長でもドン引きしそうな賃金設定になるのだが、この教会は食事と寝床付きだ。普通の生活が既に保障されている。総合的な待遇としては決して悪くはないだろう。
そもそも、その日暮らしな生活を強いられてきた転移者の俺にとっては、日々の暮らしに困らないというだけで天国なのだ。
そして今日は週に一度の『炊き出し』の日。
教会は仕事内容の方もかなりユルめでスローライフに近いと思ってたけど、これに関しては結構ハードだった。なにせどんどん人が来るから、のんびりはしてられない。体も動かしっぱなしだ。ただこれが本当に教会の仕事なのかは知らない。
さて、そんな炊き出しも開始から一時間程度で終わった。
モニクさんとアギは別の仕事があるとかで教会の中に戻る。で、残された俺は片付けを任された。主にテーブルやイスを教会の奥にある倉庫まで運ぶという力仕事だ。
俺はテーブルの端に手をやりながら、一緒に残ったリリカに声をかける。
「リリカ、一緒に運ぶぞ。反対側を持ってくれ」
「どうしてですか。それくらい一人で運べるはずです」
何故か冷めた目で拒否られた。
いや断る流れじゃなくね?
「これ、一人だと結構重いんだけど」
「なんですかそれ……転移者のくせに」
出た出た。いつものやつ。
このリリカという幼女、俺に対してたまにこんな感じのことを言ってくるのだ。
転移者。
この世界には存在しない『漆黒の頭髪』と『異界の叡智』を持つ者。
なんかこの世界では転移者が英雄みたいな活躍をしているらしく、俺も転移者というだけで同じ人種だと勝手に思い込まれているようなのだ。
ちなみに俺がこの一週間の間にした仕事といえば――布教の際に『サムネの書』を運んだり、教会の壊れた備品を補修したり、敷地内の草抜きをしたり、日用品の買い出しに行ったり、お祈りに訪れたおばあちゃんの話し相手になったり――ようはごく普通の力仕事や雑用ばかり。
俺は転移者といっても普通の人間なのだ。
当然、普通のことしかできない。
逆に他の転移者さん達は、一体何をして周りから英雄扱いされているんだろうね?
転移者が活躍して英雄扱いとか一体どこのラノベだよ。うざっ。
「いいですか、クズ」
リリカが水たまりに落ちて踏まれたパンを見るような目で言う。
ちなみにこの子が俺のことをごく自然にクズと呼んでるのは、それがこの教会で通っている俺の名前だからだ。決してクズ扱いされているわけではない。
「確かにあなたの人としてのスペックは高くないようです。この一週間の働きぶりをみれば、それは十分にわかります。でも、本当にそれでいいのですか。クズなりに自分を変えようという気持ちを持つべきでは? もう十七歳なんですよね?」
決してクズ扱いされているわけではない――はずなんだけど。
正しく純粋な言葉は、時として悪意ある罵詈雑言よりも人の心を損壊させるのだ。
まあ、一週間もすればその対応にも慣れてきたけどな?
「そっか……そう、だよな」
俺は力なく笑う。
「この教会は異世界から転移してきた行き場の無い俺を、受け入れてくれた。食事と、寝る場所を与えてくれたんだ」
「クズ……?」
「けど、だからといって甘えてばかりいるわけにはいかない。お前の言う通りだ。俺だって……できないなりに、やらないといけないんだよな」
「えっ……あ……」
俺の態度の急変に、リリカが困惑を浮かべる。
しかし俺は乾いた笑みを浮かべながら、改めてテーブルに手を添えた。
「俺のことは気にしないでくれ。だから……悪かったな、変なこと言って」
腰を低く落とし、一人テーブルを持ち上げようとする。
もちろんテーブルは一人で持つには重い。わずかに浮き上がる程度だ。
それでも俺は必死の表情で力を込める。「ぐう……うあああああ…………!」と声を漏らしながらテーブルの重力を一人で支えようとし、
――ふとした瞬間にそれが軽くなった。
「な……」
俺は驚いたようにテーブルの反対側に目を向ける。
そこではなんと、リリカがテーブルに手を添えてくれていた。
「リリカ、お前……」
「か、勘違いしないでください」
リリカはすっと顔を逸らす。
その頬は、気のせいかわずかに朱に染まっていた。
「べ、別にあなたのためではないです。その……あなた一人に任せていたら、片付けがいつまでも終わらないですし。それで次の業務に支障をきたしても困るのは、他の教会のみんなで・・・・・・そ、それだけの話ですっ」
そう。このリリカという少女。
口から出てくる言葉こそ辛辣なんだけど、実はそれはただ素直じゃないだけで。
心そのものは、見た目どおりの天使みたいに優しいのだ。
だから俺はこう言った。
「ハッ。だったら最初から素直に手伝えよ。いちいち面倒臭い子だと思われるぞ?」
「……なっ」
おっと、しまった。
情に訴えたらチョロいのはわかってたとはいえ、ちょっと調子に乗り過ぎたか。この子、すぐに拗ねちゃうし後が面倒臭いんだよな。どうしよう。
その時、リリカに「おねえちゃんばいばい」と声がかかる。
近くにいたのは六才くらいの小さい女の子だった。
「あ……ば、ばいばい……」
リリカはぎこちない笑顔みたいな表情を浮かべ、ギチギチと手を振って返す。
その子の隣には若そうな母親らしき女性もいる。最後まで残っていた親子連れの客だろう。
女の子はリリカに手を振り終えると、母親と仲良さそうに手を繋ぎ合わせながら帰って行った。
その一幕を見た俺は、ちょっとだけ感心してしまう。
「へえ。あんな小さい子からすれば、お前でもお姉ちゃんになるんだな」
「あ、あたりまえです……もう十才なんですから」
「立派な大人だよな」
「そ、そうです……は、早く運びますよ」
恥ずかしそうにしながらも結局は一緒にテーブルを持ってくれるリリカちゃん。
さすが十才。もうお姉ちゃんだ。偉いね。
俺の調子に乗った失言でリリカが拗ねかけた時はどうなるかと思ったけど、大人なお姉ちゃんを自覚させてくれたさっきの親子連れには感謝するしかない。
リリカが手伝ってくれたこともあり作業は順調に進む。
いよいよ最後の一つとなるテーブルを運び終えたところで、教会の近くに見知らぬ何者かが倒れていることに気付いた。
「……………………、」
妙な男だった。
白く豪奢な装飾がついた法衣を纏っているが、眼鏡の奥の瞳は窪んでおり、なんというか今にも死にそうだ。立つほどの力が無いのか、うつ伏せのまま顔だけをあげてこっちを見ている。
「クズ。あの人……」
「布教は自重しろよ。朝の筋トレ中かもしれないからな」
「しませんけどもっ」
さすがのリリカも男の危なげな雰囲気を感じ取っているらしい。
俺達は息を呑んで様子をうかがう。
少しすると、男は「うう……」と苦しげな声を漏らしながら、助けを乞うように手を伸ばしてきた。
「せ、聖翼サンドを……一つくれ……」
「なんだ、炊き出しの客か」
俺は呆れ気味に肩をすくめ、リリカは「はあ」と安堵の息を吐く。
とりあえず俺達はマニュアル通りの接客をしておくことにした。
「すみません、今日の炊き出しは終了です。また次回お越しください」
「ふふ、ようやく念願の聖翼サンドにありつけるぞ……実はこのためにイーゼムから歩いて来たのだがね。途中で食糧が尽きてしまったため、もう丸一日なにも口にしていないのだ」
「え、マジすか」
急に何らかの熱を宿し始めた男は、倒れたまま何かを話し始める。
イーゼムと聞こえてきたが、確かフレスタの北にある町の名前だ。
徒歩だと一週間はかかる距離のはず。
「しかし、つらいとは思わなかったよ。全ては聖翼サンドを口にするためだ。これまでの苦難もこの瞬間のためにあったと考えれば、むしろ幸福の至りだ……」
「「…………」」
俺とリリカは顔を見合わせる。
なんか面倒臭そうな客だ。どうしよう。
「ベリウス先生?」
男の扱いに困っていると、ちょうどモニクさんが教会の中から出てきた、
倒れた男へと驚いた顔を向けている。
「うん? 『先生』って。もしかして、モニクさんの知っている人ですか?」
「ええ。この方は聖翼教の……なんと一級使徒よ」
「えっ。このみすぼらしいオッサンが?」
一級使徒。
つまり教会に仕える使徒の中でも最高位の人ってことか?
ともあれ、なんか知り合いらしいので。
「リリカ、一緒に運ぶぞ。反対側を持ってくれ」
「……仕方ないですね」
テーブルを運ぶ要領で俺とリリカが男の両端を持ち、教会の中に運んだのだった。
果たしてこの男が運んできたのは、教会にとっての吉事か凶事か。
面倒臭いことにならないことを切に願っておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます