第二章(上) アルバイトと任務

第11話 聖翼サンド

 フレスタ教会の朝は早い。

 朝の七時過ぎには、もう町の人たちがわらわらと教会に集まり始めていた。


「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」

「聖翼サンドAにブレンドのSサイズで」

「それでは5ゼルのご寄附をお願いします。ありがとうございます!」

「こ、こちらドリンクです。聖翼サンドはトレイを持って右手でお待ちください」

「聖翼サンドBを二つ、お持ち帰りで」

「セットにするとプラス1ゼルでドリンクも付き、大変おトクですがよろしいですか?」

「あ、えと、こちらは温かい商品になってるんで、すぐにお召し上がりください……」


 カウンター越しに交わされる、そんなやりとり。

 教会の前にはオープンテラスの喫茶店みたく、いくつものテーブルとイスが並んでいる。既に半分以上の席が埋まり、町の人たちが特製のサンドを食していた。


 今日は『炊き出し』の日だ。

 聖翼教では炊き出しと称し、地域の人たちに簡単な食事を振る舞う機会を設けている。あまりモノが豊かでない時代から、まともな食事にありつけない貧しい者に対して無償で食べ物を提供するためにおこなわれてきたものらしい。


 教会前に設置されたカウンターには食器やドリンクが入ったポット、食材が盛られたボウルが所狭しと並べられている。その中を慌ただしく動き回っているのは、この教会に仕える使徒達だ。


「おはようございます! ご注文をどうぞ!」


 最初に来訪者を迎えるのは、金髪美女なシスター、モニクさん。

 見目麗しく明るいその対応は、どこぞの店の看板娘としても十分通用するだろう。


「うひひひ。聖翼サンドA、お待ちどうさまっす」


 カウンターの奥に立つのが小柄なツインテールのシスター、アギ。

 パンの切れ目に肉や野菜を挟み、次々と特製のサンドを完成させていく。

 熟練の料理人の如き手際の良さ。お昼時に込み合う大衆食堂の厨房でも決して遅れはとらないはずだ。


「えと……こっちがアイスティーで、こっちがオレンジジュースです……た、多分」


 そんな二人の間でただひたすらにテンパってるのが俺だった。

 わけがわからないまま、順番にドリンクを提供していく。まさに新人アルバイトみたいなたどたどしい手つきだ。


 行列が一時的に途切れたところで、俺は聞いた。


「あの、モニクさん。これって本当に炊き出しなんですかね」

「なにか気になることでもあるの?」

「いえ、なんというか、俺のイメージとはちょっと違うんで」


 炊き出しと聞いて最初に思い浮かぶのは、大きい鍋に入った汁物を順番待ちした人に配っていくような光景。主に被災地とかで見られそうなやつだ。


 なのに今やっている炊き出しといえば、提供する食糧はサンドにドリンクとお手軽ながらも妙に小洒落てる。割とリーズナブルとはいえ寄付という名目で料金も発生し、テーブル席では仕事前と思しき格好の中年とかが優雅に新聞を広げたりしてる。


 ――コーヒーチェーン店のモーニングか!


 なんにせよ教会ぽさが今のところ皆無だ。

 またこういうのですか。


「確かに本来の炊き出しを必要とするような、日々の食べ物にも困る人は今はほとんどいないのかもしれないわね。その意味では、当時の意義は薄れてるのかも」


 俺の疑問にはモニクさんが優しく応えてくれる。

 シスターとして来訪者を迎える時は丁寧な口調で話すモニクさんも、ここで働くようになった今の俺に対しては、普通に親しみやすいお姉さん口調だ。


「でも食べる物が与えられることに感謝して、その恵みを誰かと分かち合うことの大切さは、今も昔も変わらないはずでしょ? その気持ちを忘れないためにも、私達はこうやって多くの方々に安価で食べ物を提供する機会を設けているの」

「な、なるほど!」


 いまいち腑に落ちないところが無いわけでもないけど、まあその発想が聖翼教のスタンダードであるのならアルバイトの俺は文句を言うまい。

 それに、なかなかの盛況っぷりだ。この感じだと、普段はお祈りとかで教会に来ないような人もたくさん来ているんだろう。


「ちなみに炊き出しでは、各地の教会が地産地消の精神をもとに、それぞれの地域でつくられた食材を用いることになっているの」

「ああ、だからうちではパンなんですね」


 この地域は良質の麦が豊富に実るらしく、フレスタはパン関係が盛んだ。町の中を見ても、パン屋やサンドイッチなどの露店があちこちにある。


「そうそう! この聖翼サンド、結構な人気なのよ。ね、アギ?」

「うひひひ。先月はとうとう『聖翼教炊き出しランキング』の十位に見事ランクインしたっす!」

「それはすごそうですね!」


 教会の話してるんだよな?

 そうこうしている間にもどんどん客(?)が来る。

 なんか色々とわからないことが多いが、わからないなりに体を動かさないといけない。働くとはそういうことなのだ。多分。


「クズも悪かったわね。接客を任せることになっちゃって」

「接客て……まあ、そのためのアルバイトなんで」


 この教会は現在、深刻な人手不足に陥っている。

 俺のようなの力も借りたいくらいに運営が回っていないのだ。


「レニィは流行病のためしばらく欠席。ラギは引きこもりで人前に出られないから」

「仕方ないですよね」


 流行病はともかく引きこもりの方はなんとかしてほしいものだが。

 この教会にいるラギという使徒はどうにも引きこもり気質らしく、今も部屋にこもって薬の調合や研究をしているのだという。俺は未だに一度も姿を見ていない。


 ちなみにレニィの方はなんでもこなす優等生で、あとおっぱいがでかいらしい。


 なんであれ、今のフレスタ教会の面子を見れば俺のような未経験アルバイターでも最前線に立たないといけないのは無理からぬことだった。


「リリカだって、まだ小さいのにがんばってくれてますし」


 先ほどから、視界の隅にはチラチラと銀髪の幼女が映っていた。小さい体をせかせか動かして、返却口に溜まった食器類を下げたり、空いたテーブルを布巾で手早く拭いたりしてる。

 大人しそうで儚げな雰囲気をしているが、動きに関しては割と活発だ。


「そうね……ああ、そういえばリリカの布教の調子はどう? うまくいってる?」

「あー、それはですね」


 俺とモニクさんはテーブル席へと目を向ける。

 リリカはちょうど高級そうなスーツを纏う老紳士と話しているところだった。

 そのやりとりに、少しだけ耳を傾けてみる。




「お嬢さん、すまないが水をいただけるかね?」

「あいにくお水はセルフサービスです。そんなことで話しかけないでください」

「な、なんだと! クーデルト家の貴族である私に、その口の利き方はなんだ!」

「かつてこの世界は邪悪なる存在に支配されていました。人々の平穏を長きにわたり蹂躙し続けた存在は、自らをこう名乗ります。『魔王ウェギル・ロア』と」

「魔王!? いきなり何の話だ!?」

「魔王ほどの能力と影響力を持つわけでもない生まれが恵まれていただけの田舎貴族風情が得意げに家名を名乗るのは、見ていて痛々しいという話です。大物ぶってる割に知性の方は著しく低いようですね……」

「なんなんだこの幼女は! 失礼だな!」

「自分を見つめ直したい。そんなあなたにオススメなのが、この『サムネの書』――」

「いらんわ!」




 おっと。酷い一幕を見てしまったな。

 けどモニクさんに説明するための例えとしては、非常にわかりやすい。


「いつもあんな感じです」

「うーん……」


 モニクさんはなにやら難しい顔で唸る。


「炊き出しで来てくれた方に対して、布教をおこなうという姿勢は悪くないわね」

「ああ、そこは評価ポイントなんですね」

「マニュアルにはない斬新な布教方法も、あの子ならではのものと言える」

「あれ、意外と高評価?」

「でも最も大切な何かが欠けている。そんな気がするわね」


 わざとボケてんのか、この人。

 モニクさんはリリカを優し気に見つめると、俺にも聖母のような笑みを向けた。


「やっぱり、どうにも目が離せないわね……これからも、あの子が布教をする際にはあなたが傍で支えてあげてね?」

「四つん這いで踏み台になって支えるくらいなら、やらせてもらいますけど」

「あっ、支えるというのは物理的にではなく精神的によ?」


 わかっとるわ。


 とにかく今日も朝からフレスタ教会は全開だ。

 相変わらずこの教会はヤバい。

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