第6話 高二と小四
フレスタの町にゴーンゴーンという鐘の音が鳴り響く。
夕方の五時を示すチャイムだ。
結局、大した成果もないまま今日の布教は終わりとなった。
茜色の光が降り注ぐ町の通りを、教会に向かって歩く。通りを挟むように並ぶいくつもの露店は、たくさんの仕事帰りらしき人で賑わっていた。
ちなみに今日の成果を示す布教用『サムネの書』の残部二十五冊は、全て俺が一人で背負っている。クソ重い。しかしリリカは布教の成果に拗ねているのか、俺のことを気にする素振りも見せずに一人で勝手にすたすた歩いていく。
後ろに重たい荷物抱えたお兄さんいるの、気付いてないのかな?
「なあ。リリカはいつからフレスタ教会にいるんだ?」
俺は不平を洩らす代わりに、こんな質問を投げかけた。
リリカが布教に夢中だったこともあり、まだ改まった会話はできていない。帰りがけに、お互いのことを少しくらい話しておいてもいいだろう。
少しの間を空けた後、リリカは前を向いたまま返してくる。
「……三ヶ月くらい前になります」
「へえ、三ヶ月か。つうか年はいくつなんだよ?」
「……十才です」
ってことはまだ小四くらいか。
改めてお子様だなあ。
「そういうクズはいくつなのですか」
「十七ってことになるんだろうな、多分」
「……?」
俺の微妙にハッキリしない物言いに、リリカが怪訝そうにする。
年齢については実は俺自身も曖昧なんだが――
俺がこの世界に転移したのは十六歳の真夏。八月頃だ。で、この世界に来てから半年くらい経っているから今は二月とすると、誕生日の十二月二十九日はとっくに過ぎている。だから十七歳という計算で間違いはないはず。
「クズは」
「うん?」
「転移してから今までなにをしていたのですか」
「ああ、それはだな――」
ここでようやくリリカも、少しは俺に興味を持ってくれたらしい。
だから俺はモニクさんに話したようなことをリリカにも話した。
このアストラルドに転移してから今に至るまで。
とはいってもファンタジーな世界を舞台にして壮大な冒険を繰り広げたわけでもなく、ただ食うものに困るだけの日常生活が中心だ。
リリカは表情に乏しいから何を思ってるかはわからないけど、一応黙って聞き続けてくれた。
「手に入れたアイテムを売りながら生計をたてる冒険者、ですか」
「まだ一つ星の初級だけどな」
つまり冒険者のランクとしては、ゴブリンにやられて教会に泣きついてきた四人パーティと同じなんだよな。まあ俺はあいつらみたいに馬鹿じゃないから、ダンジョンで死にかけるような無謀を冒したりはしないけど。
リリカは何故か俺を憐れむように見てくる。
賞味期限切れのパンが詰め込まれたゴミ袋を見るような目だ
「パーティを組んでくれる人は誰もいなかったのですね」
「一応いたわ! ……一人だけな」
「でも、今はその一人にも見捨てられたんですよね」
「だから何で俺をぼっちにしたがるんだよ……そいつともちょっとしたトラブルに遭って一時的に離れ離れになっただけだから。そのうちどこかで会える……はず」
「そうですか」
いまいち反応が冷たいな。
モニクさんは親身になって受け答えしてくれたのに。
「よりにもよってこんな辺鄙な町に来るのもどうかと思いますが。このあたりにはカネ目当ての冒険者が望むほど高価なものは、なにもありません」
「そこは成り行きだ。観光旅行じゃあるまいし、そう思い通りにいくもんじゃない」
「……それは、そうかもしれませんけど」
「それによ」
そこで言葉を区切ると、リリカが「?」と足を止めて振り返ってくる。
俺はニヤリと含みのある笑みを浮かべ、こう言った。
「こういう何もなさそうな場所だからこそ、誰にも知られていないようなお宝が眠ってるかもしれないだろ?」
「…………」
俺の決め台詞めいた言葉に、リリカの青い瞳がわずかに見開かれる。
驚いたかのような表情は、しかし長く続くこともなく。
「ふふっ」
鼻で笑われた。あれっ。
「もし仮にそんなお宝があったところで、あなたのような六流冒険者が手に入れられるわけがないです。少しは現実を見てはどうですか。もう十七なんですよね」
幼女に年齢のことで諭されただと?
つうか六流冒険者ってなんだよ。
ああ、こいつ自分がまだ五級使徒とかだから、俺を下に置きたくて六流とか言いだしたんだな。さすが小四。発想が年相応に幼稚だわ。
俺は高二で大人だからキニシナイけどな?
「フレスタはパンがうまいことで有名だ。たかがパンだからって俺は侮るつもりはねえぜ? 名物となると、ここにしかない立派なお宝には違いないからな」
「発想が観光客になっています。観光旅行じゃないと言っていませんでしたか」
「だ、黙れ。地元の名産品を味わうのは、あらゆる旅における醍醐味だ。そうだ、せっかくだし帰りにどこかでパンを買い食いして帰ろうぜ」
わざとらしく周囲を見渡す俺。
べ、別に小四女子に論破されかけたのをごまかすわけじゃないぞ。
そう。実はさっきから気になっていたのだ。
パンが有名な町だけあって、夕方になってもまだ新しいパンを焼いている匂いが町中に立ち込めている。これをスルーして帰るのもパンに失礼だと思う。
「食べたいのなら勝手にすればいいのでは」
そして相変わらず空気の読めないリリカちゃんである。
俺は言った。
「無一文なんですが」
「では諦めるしかないですね」
「いや、だから、今日のバイト代として少しくらい奢ってくれてもいいのかなと」
「バイト代? 何も働いていないのに、報酬を求めるつもりですか」
「なん……だと……?」
さっきからなに言ってんだコイツ。
幼女相手にだんだん腹がたってきたのは、おそらく空腹のせいだ。
「この『サムネの書』、誰が運んでやってると思ってるんだよ。言っとくけどこれ無茶苦茶重いんだからな。お前がでかい口叩いた割に一冊も配れなかったせいで!」
「なっ……」
「ちなみに俺は五冊配ったけどな?」
「…………」
リリカは怒るでもなく、ただ表情を消して俺を見ていた。
まるで焼きたてパンに異物混入してしまった不快な虫を見るような目で。
やばい。しくじった。
すぐに機嫌をとっとかないと!
「すみません。調子に乗りました。お願いですからパンを食べさせてください」
「だから駄目です。わたしからお金を渡すわけにはいかないし……せめてモニクからちゃんとしたバイト代が出るまで我慢してください」
「ほんの少しだけでいいから! 頼む! 昨日から何も食べてないんだよぉ」
「し、仕方ないですね……では、どこかで一個だけ……」
あれ、あっさりいけたぞ!?
シンプルな泣き落としがここまで効くとはな。
意外とチョロいというか、なんだかんだで根は優しい子なんだろう。
なお十歳女児に泣きつく自分を情けないと思ってはいけない。
これも今日を生きるために必要なことだからな。恥じる要素は一つもない。
「では、あそこにしましょう。この時間はクリームパンが焼きたてで……」
「おお! 見るからにうまそう! やった!」
こうして俺が、ようやく念願のパンにありつけようとした時のことだった。
「わああああ~! はなせ、はなせえ!」
「暴れるんじゃねえ! おとなしくしろクソボケが!」
町の中にそんな叫び声が響きわたったのは。
俺とリリカは反射的に声がした方を見る。
商店街のようになった通りにできた、ちょっとした人だかり。
通りゆく人たちの視線は、とある一角に集中している。
なにやら必死な感じで暴れる、ボロ布を纏った何者か。
それを取り押さえようとする巨漢と長身の二人組。
(あの二人……フレスタの衛兵か)
衛兵というのは本国から派遣されている兵士のことだ。
各地にある町の治安を守るために駐屯している、警察のような存在。
堅苦しそうな灰色の軍服は確かにフレスタが属する国『セイバール』のものであり、腰には小ぶりの剣も下げられている。
何があったのかは周りの会話ですぐに判明した。「なになに、なんかあったん?」「パン泥棒らしいぜ」。なるほど、確かにボロ布の近くにはパンが何個か散らばっている。盗んで逃げようとしたところを、衛兵に捕まったというところか。
「パン泥棒ねえ。平和そうな町にも泥棒くらいはいるんだな」
「そ、そのようですね……」
驚くリリカの様子からしても、フレスタでは珍しい光景なんだろう。
早くパンを喰いたいところだが、気にならないわけではない。
俺達は野次馬に混ざり、平和な町で起こるちょっとした騒動を見学させてもらうことにしたのだった。
ほんの少しだけ、よろしくない予感を抱きながら。
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