第9話「後輩」

「神谷先輩って趣味とかなさそうですよねー!」


 昼休み、もそもそと自分の席でおにぎりを食べていると、隣の席の三島さんが声をかけてきた。


 彼女がこの四月に入社してきたばかりの新卒の子だったが、愛想がよくみんなから気に入られている。

 物怖じしない性格で、美女だから、ぐいぐい来られるだけでおじさんたちの頬が緩んでいた。


 しかし俺の場合は、そのことがかえって苦手意識につながっていたが。


「趣味かー。確かに特にないかもな」

「そうだと思いました! 休みの日とかは何して過ごしてるんですか?」


 休みの日、休みの日か。

 思い返せばサオリの配信やアーカイブを見る以外、特に記憶がない。


 まあご飯作ったり、家事したりしているが、それ以外は大抵配信を見ている。


「休みの日は……そうだな、配信ばかり見ているな」

「へえー、神谷先輩って配信とか見るんですね。意外です」

「といっても、いろいろな人を見ているわけじゃないけどね」


 俺が言うと、彼女は興味深そうにこちらを見てきた。


「どんな配信者を見てるんですか?」

「サオリって子なんだけど、すごく落ち着いてて癒されるんだよな」

「ほお……女の子ですか?」


 面白そうに口角を上げて三島さんが聞いてきた。

 俺はそれに困ったように返す。


「まあ、そうだけど。別に異性だから見てるってわけじゃないからな」

「分かってますよ~。神谷先輩って枯れてそうだし」


 か、枯れてそう……。

 間違いじゃないが、結構辛辣な言葉である。


 ガックシと肩を落とすと、彼女は慌ててフォローしてきた。


「あっ、で、でも、別に悪い意味じゃないですからね! 紳士的というか!」

「言い方次第だよなぁ……」


 といっても、ガツガツ女の子に行く勇気も活力ももうない。

 そういわれても仕方がないよな。


「と、ともかく、私も帰ったらサオリちゃんの配信を見てみます!」

「ファンが増えてくれるのは嬉しいけど、無理に見なくていいからね?」


 俺が言うと、彼女はぶんぶんと首を横に振って言った。


「いえ、私はもっと神谷先輩と仲良くなりたいので! 仲良くなるためには趣味を共有するのが一番なんですよ!」


 純粋無垢な表情で微笑む三島さん。

 いい子なんだけど、やっぱり枯れたおっさんには彼女の相手は少々荷が重いのだった。



   ***



 次の日の朝、電車で佐伯さんが隣に座ってきた。


「神谷さん。おはようございます」

「ああ、おはよう」


 それからしばらくは二人でぼんやりと風景を眺めたり、思いついたら会話したりする。

 やっぱり佐伯さんはガツガツしてなくていい。

 とても居心地がいいというか、気負わずに済むので楽だ。


「あ、そういえば神谷さん。またお弁当、欲しくなったら言ってくださいね」

「ああ、ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」


 佐伯さんはこんな風に、あまり押しつけがましくないというか。

 ちゃんと断っても気まずくならない言葉選びをする。


 三島さんが悪いわけじゃないが、俺にとっては自然体でいられる佐伯さんのほうが居心地がよかった。

 俺たちは電車に揺られながら、そんなのんびりとした時間を過ごすのだった。



   ***



――三島視点――



 私は自室のベッドの枕に顔を埋めながらうめき声をあげる。


「う~、神谷先輩のことがさっぱり掴めない……」


 私としては上司にいっぱい気に入られて、早く昇格していきたいのに。

 直属の上司である神谷先輩のことがさっぱり掴めない。


 避けられているわけじゃなさそうだが、かといって好かれているわけでもなさそうだ。


「ガツガツ行き過ぎたかなぁ? でも男の人ってああいうのが好きなんじゃないのかな?」


 よくわからない。

 いつもならあんな感じでうまくいっていたのに。


「はあ……。てかいつまで神谷先輩のことを考えてるんだろう……」


 私の目的は昇格だ。

 彼のことばかりを気にしていても仕方がない。


 でも……とりあえずサオリちゃんの配信を見てみよう。

 言った手前、見ないわけにはいないし。


 そう思ってサオリちゃんのアーカイブを開いてみる。


「ふ~ん。神谷先輩ってこういうのが好みなのかなぁ?」


 そんなことを思いながら、私は夜を過ごしていくのだった。

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