第4話「コメント」
今日の夜、俺はサオリちゃんの配信を見ながら、エンターキーの上で手を振るわせていた。
「うう……いざコメントするってなると緊張するな」
文章は普通に、
『いつも応援してます! 頑張ってください!』
というものだが、これだけでも緊張する。
サオリちゃんを見初めて三年経つが、今まで一度きりしかコメントしたことがない。
緊張しても仕方がないだろう。
「しかし、俺だって男だ。コメントするぞー、コメントするぞ!」
そう張り切って声を出して意気込むも、無理なものは無理だ。
結局、エンターキーを押さずに俺は椅子から立ち上がる。
「ま、まあ、俺みたいなおっさんにコメントされても嬉しくないよな」
そう結論づけてしまう。
まあ俺がおっさんなんて分からないだろうが。
「はあ……カップ麺でも作るか」
湯を沸かし、サオリちゃんの配信をスピーカーから流しながらカップ麺を作る。
そんなときサオリちゃんの配信が盛り上がってきたみたいだった。
今やっているゲームはFPSというジャンルの、バトルロワイヤルものだ。
要するに、銃で戦って勝ち残っていくというゲームなのだが。
どうやら残り三部隊で、久しぶりの優勝ができそうみたいだった。
「おお! これは見逃せないぞ!」
俺は慌てて机の方に寄っていって——。
コケた。
誤ってエンターキーを押してしまった。
送信されるコメント。
すぐにサオリちゃんは反応してくれた。
『あっ! カミヤさんコメントありがとうございます! 頑張ります——って、敵が来た!』
ちなみに俺はハンドルネームをつけるのが恥ずかしくて、本名で登録している。
まあサオリちゃんの配信しか見ないし、大丈夫だろうと思ったのだ。
サオリちゃんは敵と遭遇したみたいで、激戦と化していた。
頑張れと、心の中で応援する。
それから10分後、サオリちゃんは久しぶりのチャンピオンを飾っていた。
『これも皆さんが応援してくれたおかげですね! ありがとうございます!』
良かった、俺の応援が少しは力になったみたいだ。
そうして配信は終わったが、俺はカップ麺が伸びているのに気がつかなかったのだった。
***
「神谷さん、昨日コメントしてましたよね?」
次の日の朝、俺は電車で隣に座ってきた佐伯さんにそう言われた。
恥ずかしくて思わず赤面して俯くと、俺は言った。
「ま、まあ、したけど……。見られていたなんて恥ずかしいな」
「ふふっ、恥ずかしいことじゃないですよ。その応援がチャンピオンに繋がったんですから」
そう励まされ、俺は少し元気になる。
そうだよな、人を応援するのって恥ずかしいことじゃないよな。
「コメントして良かった……のかな?」
「良かったと思いますよ! 応援される側は凄く嬉しいものですから!」
なんだか応援されたことがある言いぶりだが、まあ佐伯ちゃんも可愛らしいし、そういうことはよくあることなんだろう。
それから突然、佐伯さんはゴソゴソと自分のカバンを漁り出すと、何かを取り出した。
「あの……これ、つまらないものですが」
「ん? これチョコレートじゃないか」
そう渡されたのは美味しそうなチョコレートだった。
メーカーとかは知らないが、とても気合が入ってそうだ。
「どうして急に?」
「お礼ですよ、お礼」
「何のお礼だ……?」
そう俺は首を傾げるが、彼女は微笑むだけで答えてくれなかった。
でもせっかくプレゼントをしてくれたのだし、受け取らないわけにはいかない。
「ありがとう、大事に食べるよ」
「ふふっ、良かったです。受け取ってもらえて」
佐伯さんはそう言って、満面の笑みを向けてくるのだった。
***
帰りの電車の中で俺はそのチョコレートを開けてみた。
綺麗に陳列されている系の高そうなチョコレートだ。
チョコレートは早めに食べたほうが良さそうなので、俺は一ついただくことにした。
おおっ、美味しい。
そうしてモグモグしていると、後輩の新城さんが電車に乗ってきた。
「あれ、先輩なに食べてるんですか?」
「チョコだよ、チョコレート」
彼女は俺の持っているチョコレートの箱を見ると、首を傾げた。
「それ、結構いいところのチョコですけど、どうしたんです? ……って、はっ! ついに先輩にもモテ期ですか!?」
そうワクワクした表情の新城さんに俺は呆れ顔で答える。
「いや、絶対違うだろ」
「じゃあ、誰にもらったんです?」
そう尋ねられ、俺は視線を逸らした。
「あっ! やっぱり女の子なんでしょう! とうとう先輩にもモテ期か〜」
「いやいや、モテ期じゃないから。普通にお礼としてもらっただけだから」
そう言う俺に新城さんは口を尖らせた。
「ちぇ〜、つまらないの。まあ先輩が鈍感だから、気づいてない可能性もありますけどね」
絶対に違う。
俺はそう思いながら、帰りの電車に揺られるのだった。
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