第5話「交換日記」

『神谷くん! 君ねぇ、もう少しまともに仕事できないの?』


 昨日は上司にそう詰められ、夜遅くまで残業をさせられた。

 そのせいで配信を逃してしまい、ひどく落ち込んでいた。


 いつものように乗ってきた佐伯さんは俺の様子を見て首を傾げた。


「あれ、もしかして落ち込んでます?」

「……いや、そんなことないよ」


 精一杯強がって、そう笑みを浮かべる。

 すると彼女は小さく笑った。


「ふふっ……その笑顔、なんか変ですよ」

「そ、そうかな?」


 頑張って笑顔をしてみたが、どうやら不評だったみたいだ。


「そんな神谷さんに一つサプライズがあります」

「サプライズ……?」


 なんだろう、サプライズって。

 首を傾げていると、彼女はノートを取り出した。


「なにこれ?」

「交換日記みたいなやつです。なんだか青春みたいでいいでしょう?」


 せ、青春すぎる……。

 こんなおっさんにもなって失われた青春を取り戻すとは。


 しかし俺は気になったのでノートを開こうとして——。


「だっ、だめですよ。こういうのは私の見てないところで開いてください」

「あ、ああ……そうだよな。すまん」


 恥ずかしそうに手を振りながら彼女は言った。

 それから俺は家に帰るまで、そのノートを大切にカバンに入れておくのだった。



   ***



『いつも頑張ってる神谷さんへ。お仕事お疲れ様です。


 今、どこでこれを読んでいるのでしょうか?

 家ですか? それとも会社ですか?

 どちらにせよ、恥ずかしいので人目のないところにしてくださいね。


 少し照れますが、文章にしないと伝えられないこともあると思い、文章にしてみました。


 ——いつもありがとうございます。貴方のおかげで私は助けられています。

 これからもサオリちゃんを、そして私を見守っていてください。


 佐伯より』


 うっ……なんだかすごく照れるぞ……。

 どうしよう、おっさんなのに顔が真っ赤だ。


 しかしこれを書くにはお酒が必要だな。

 少しは酔っ払ってないと書けない気がする。


 そうして俺はビールを片手に、ペンを取り出すのだった。


『佐伯さんへ。手紙を……というか交換日記だけど、ありがとう。


 おっさんにもなってこんなことをすることになるとは思わなかったな。

 でもこうして提案してくれて俺は嬉しいよ。


 ……って、何を書けばいいか分からないや。


 佐伯さんとは電車で会うだけの関係で、どんなことをしてどんな人生を送っているのか知らないけど、俺も佐伯さんのことを精一杯応援してるから。


 いい人生を送れることを祈ってるよ。


 神谷より』



 そうして交換日記を書き終わると、俺は眠りにつくのだった。

 ……そう言えば、いつの間にか毎朝の電車が楽しみになっているような。

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