第3話 とりあえず起動させてみる
「むむむむむむむむ…………」
里っちゃんから借り受けたVRダイブ用の簡易ヘッドギアを前に、ボクはベッドの上で唸っていた。いくら抽選で当たったのだとしても高価なものには変わりがないから、借りる、という形にさせてもらった。
最初はこちらを里っちゃんが使用して、これまで使っていたお古をもらうつもりでいたのだけど、例のゲームが既にこのヘッドギアにインストールされていて、移動不可能になっていたのだ。
まあ、転売防止の観点から考えれば、当たり前と言えば当たり前の処置ではあるよね。
と、このことは今のボクの悩みとは直接関係なので横に置いておくとしまして。
「うにゅにゅにゅにゅにゅにゅ……」
それでは一体何をこんなに考え込んでいるのかといえば、あの後里っちゃんに聞かされた「ゲームをプレイするための条件」についてだった。
そう、うまい話には裏があるとはよく言ったもので、最新機器で最新のゲーム――発売から既に三か月ほど経っているけど――を無料――「ネット等への接続料は別途お客様の負担となります」だけど――で遊ぶことができる反面、ある条件が付いて回ることになっていたのだ。
いやまあ、条件と言っても別に怪しい訳でもなければ、危ない訳でもないのだけれどね。
さて、もったいぶっても仕方がないので、その条件を発表いたしましょうか。
ずばり、「一週間に一回程度を目安として運営宛にプレイレポートを報告すること」だった。
要するに、製品版の公式テストプレイヤー的な立ち位置となる訳だね。
うん、まったくもって普通。むしろ簡単なお仕事だと言い切ってしまえる内容だと思う。
どうしてそんなことをするのかというと、元になったMMORPGで遊んでいたプレイヤーの忌憚のない意見を聞くためだ。
あちらで発生していた不満を解消するという名目で作られたものなのだから、これまた当然の展開かな。
はい、察しの良い人ならどうして悩んでいるのか、もう気が付いたんじゃないかな。
つまりですね、「ボク、そのタイトルをプレイしてないのですけど……?」ということなのだ。
それ以前にMMORPG自体、小学生の頃に一也兄さんに教わって少し遊んだことがあるくらいで、VR型のものに至っては、ネットの広告で見たことがあるだけだった。
一度だけならまだしも、何度もレポートを書いて提出しなくてはいけないのだから、バレるのは時間の問題だと思われるのですよ。
里っちゃんいわく「気になるなら問い合わせてみれば?」ということなんだけど、それで彼女に迷惑が掛かってしまうかもしれないと考えると、どうにも踏ん切りがつかないのだった。
まあ、このことが里っちゃんにバレたら「私が先に無理を言ったのに……」と拗ねること間違いなしだろうけどね。
子どもの頃から変わらないぷくっと頬を膨らませた従姉妹の可愛らしい拗ね顔を思い出して、ほっこりしてしまった。
結局、どうするにしても情報が必要だろうということで、ゲームを起動させてみることにした。
ごめんなさい、言い訳です。
最新モデルのヘッドギアの誘惑に耐え切れなかったんです。
そんなちょっぴりの罪悪感をお供に、簡易ヘッドギアを装着してベッドに寝転んだボクは、仮想現実の世界へと飛び込んでいった。
………………。
…………。
……。
とてつもなく長いようで、それでいて一瞬のようでもあった時間が過ぎた後、ボクは一人で不思議な空間に立っていた。
足元には五十センチ四方の正方形のパネルがあり、それが見渡す限り延々と続いている。一方で上空には何もなく、真っ黒な空間が広がっているだけだった。
殺風景という言葉に失礼なんじゃないか、なんて妙なことと考えてしまうほどに何もない場所だ。
「ようこそ。『アザーアンドアナザーワールド(Other & Another World)』へ」
「うわびっくりした」
「とてもとても棒読みですね」
「割と予想ができてましたので」
ただ、いきなり例のゲーム内に入ってしまっているとは思わなかったけれど。
てっきりヘッドギアの初期基本設定が始まったのだと思っていたのだ。ほら、何もない空間とかそれっぽいじゃない。そうでもない?……あれ?
それはともかく、唐突な感じで現れたのは二足歩行をしている猫さんだった。というよりは人間に猫の頭をのせたと言った方が適当な感じだ。服もちゃんと着ているし。
問題はそのさらに上。なんと頭の上にあったのは猫耳ではなく、ウサギさんの耳だったのだ!
……どうしよう、これ突っ込むべきなのかな?
ちなみに女性のようで、なかなかに強力で凶悪な胸部装甲をお持ちのようだ。ぐぬぬ……!
「ええと、あなたは……?」
初手から失礼な事を聞くのも何なので、まずは無難なところから。
「名乗るのが遅れました。ワタクシ、『アザーアンドアナザーワールド(Other & Another World)』の
「ご丁寧にどうも。ボクはゆ――」
「あ、個人情報の流出の危険がありますので、ここでお客様の本名を名乗る必要がございません」
うおっと、危ない危ない。お顔こそにゃんこさん――ウサギ耳だけど!――だったけれど、その他は普通に人と話しているのと同じだったから、ついリアルと同じ対応をするところだったよ。
「気を悪くされたら申し訳ありません。お客様はこういったVRのゲームに触れた経験が少ないように見受けられるのですが、いかがでしょうか?」
「あらら……。そこまで分かり易いですか?」
「恐らくはワタクシの目が肥えてきたからだと思われます。自慢ではありませんが、これまで何千人という方々を案内してきましたので」
ふうん……。学習型の人工知能であれば、そのくらいの事はできるのかもね。
「ですので、何か質問したいことや疑問に思うことがあれば、遠慮なくお聞きください。ワタクシで判断がつかないことであれば、上の者たちに問い合わせることも可能です」
それなら、今の内にあのことを尋ねておいた方がいいかもしれない。
そう思ってボクの事情を説明すると、アウラロウラさんはすぐに上の人へと連絡を取ってくれた。
「結論から申し上げますと、問題はないと判断しました。事実、同じようなタイアップキャンペーンとしてあちらのプレイヤーの方々の内、総計で五千人ほどにプレゼントを行ったのですが、レポートを提出してくれているのは二割程度という結果となっております」
「ええと……、当選した当人じゃないことについては?」
「プレゼントが行われた時点で、機器の所有者は該当プレイヤーの方々となっていましたので、どのような扱い方をされるかについては、私どもは基本的には関与しないということになります」
即時転売を防ぐために、ネットに上げられた物は差し押さえていたそうだが。
「そういう状況ですので、出来ましたら新規プレイヤーとして気になる点などを報告して頂ければありがたい限りです」
対応も早かったし、そのくらいはしてもいいかもね。
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