第7話 王都貴族の来訪
ある日だった、私の屋敷に一通の手紙が届いた。
その中身にお母様たちは驚いていた。
それはなんと、王都に住む貴族からの一方的な婚約の話であった。
相手は王都に住む貴族で名をカーボン・ハルセルラという人であり、年齢は私より四つ上の二十四歳である。
ハルセルラ家は王都内では階級的には一番下だが、王都に住んでいる時点で他のどの地域にいる貴族よりは格上の存在である。
王都に住めるのは王に認められた貴族だけであり、その下にある城下町には平民も住めるが同様に王家が認めた者だけであり、王都とは認められた者だけが住める場所なのだ。
そんな王都に住む貴族から婚約しようという手紙が来たのだから驚くのも無理もない。
私も驚いたが、顔も知らないどんな人かもしらない人の婚約を受けるのは抵抗感があった。
そもそも、婚約するつもりもなかったがこんな話は二度とないということでお母様が勝手に返事をしてしまっていたのだ。
一応街での噂もなくなりつつあったが、私がうそつき令嬢であるということは相手の人へも何かしらの形で伝わっているはずだと考えていた。
街での噂というのは、その街だけで終わらず意外にも王都にも届くのだそうだ。
これはオウルから教えてもらったことであり、必ずどの街にも王都の目があるらしくそういう噂は逐一王都に流れているらしい。
オウル自身も監視されているらしいが、魔力で毎回認識を換え変装もしているから問題はないと言ってはいたが、それも確実ではないとも口にしていた。
今回の相手、オウルに訊けばどんな人かくらいは分かると思ったが、次に会うのは一週間後なので訊くことは出来ないと思いそれは諦めた。
三日後、お母様が勝手にだした手紙の返事が早くも返って来た。
そこには明日にはうちの屋敷に来て正式に婚約手続きをすると書かれていた。
これにはさすがに私だけでなく、お母様たちも驚いていた。
「お母様、さすがに何かこれ変じゃない? こんな話したこともない相手から急に話が来たと思ったら、明日には婚約ってどうの?」
「た、確かに私も少し違和感を感じるわ。でも、王都の貴族なのだから王都ではそれが普通なのかもしれないわ」
「だが、明日会った相手とイリスが婚約するのは抵抗があるな。もう少し相手がどういう人かは見たいところだ」
その日家族会議を知った結果、ひとまずは明日は話をして婚約するかどうかは、その時に改めて話し合って決めることになった。
そして次の日、豪勢な馬車でカーボン・ハルセルラがうちの屋敷にやって来た。
格好はまさしくザ・貴族という感じであり、少し態度が鼻につく感じではあった。
だが王都の貴族である為、失礼のないように話を進めようとしたが相手は一方的に婚約の準備をし始めた。
「ちょ、ちょっと待っていただきたい」
「はて? 何か意見でもあるのかな? この俺がこんなド田舎令嬢を迎えてやるといっているんだ。それに文句をつけようというんじゃないんだろうな」
「ド、ド田舎令嬢?」
「そうだろ。こんな汚らしい屋敷に住んで、貴族を語ってるのはド田舎貴族以外の何物でもないだろ? お前らもその認識があるんじゃないのか? 王都ではそう呼んでいるが」
カーボンのさも当然かの様な言葉に私たちは言葉を失った。
「そもそも、俺はハズレくじを引いたに過ぎないんだ。別に婚約なんてしたくないが、王家からの命令じゃ従うしかないだろうが」
婚約したくない!? というか、王家からの命令ってどういうこと!?
すると遂にはお母様が黙っていられず机を叩き、カーボンに言い返そうとしたが直ぐにカーボンの使用人が刃物を突き付けた。
「あー言い忘れたけど、俺に暴言とか吐いたり逆らったら殺すから。王家には邪魔する奴は、消していいっていわれてるからさ」
そんなことを平然と話しながら婚約の書類にサインし始め、私の方へと向けて来る。
「ほら、君が書く番だ。さっさと書いてくれ」
「……」
「いや~でも君が可愛い子で良かったよ。これで目も当てらない相手だったらどうしようかと思ったけど、最高だね。婚約成立したら、直ぐにでも君で遊びたいね~」
私は背筋が凍りついた。
ガーボンの発言があまりにも受け入れられずに、私は少しカーボンを睨んだ。
「え? 何その反抗的な目? 言ったよね、逆らうなら殺すって」
するとお母様の近くにいたカーボンの使用人が、再びお母様に刃物を突き付けた。
「お母様!?」
「おっと、動くならさっさとサインしてよ。それで君のお母様は助かるんだから」
「あんたっ!」
「これは王家の命令なの。分かる? 絶対守らないといけない命令なの。機関に魔法研究の資料提出する君なら分かるでしょ王家がどんな存在か」
「うっ……」
私がサインをためらっていると、更にカーボンの使用人はお父様にも刃物を突き付けはじめ次第にその刃が押し込まれ始める。
「早くしないと、ご両親の首元から勢いよく血が噴き出ちゃうよ」
「最っっ低!」
「君たちからの罵倒浴びるだけで、王家に抹殺されないなら喜んで受けるね。こっちも命が掛かってるんだからさぁ。ほら、さっさとサインしろよ。立場は俺の方が上だぞ底辺令嬢が」
私はカーボンを睨みつけながら、転がされているペンを手に取りサインをしようと思ったがお母様が止めて来た。
「やめなさいイリス! そんなものにサインする必要はありません! こんな相手に貴方を渡すくらいなら、あの嫌われ者に渡した方がましです!」
「お母様……」
「何だと! このクソババアがっ!」
その瞬間、カーボンの怒りと共に使用人がお母様の首に突きつけたナイフを勢いよく動かそうとしたので、私は大声でそれを止めた。
そして婚約書にサインした物をカーボンに見せつけた。
「これでいいんでしょ」
「お~そうだよ。早くそうしてくれれば、よかったんだよ」
するとカーボンは婚約書を私から奪い取る様にして、懐にしまった。
「早くお母様たちから、そのナイフを離させて」
「あーそうだったな。これは失礼した」
そこでカーボンの使用人たちはお母様たちから離れた。
私はすぐにお母様たちの無事を確認した。
「お母様、お父様」
「イリス」
「貴方って子は……」
直後、カーボンが手を叩いた。
「では我が婚約者よ、これより我が屋敷に行こうか。直ぐに結婚式をあげる。それも王家からの命令だからね。抵抗は無駄だよ」
「婚約して直ぐに結婚なんて話聞いたことないわよ!」
「そうかい? でも決まりだから、従わってくれないなら強制連行だ。既に君は僕の婚約者なのだから」
カーボンが指を鳴らすと使用人たちが、私をお母様たちから引きはがすと私に対して魔法を目の前で掛けられる。
私はそのままゆっくりと意識が遠のいていき、完全に意識がなくなってしまう。
そのまま使用人たちはお母様たちを縛り、更にはうちの使用人たちを跳ね除けて意識を失った私を連れ去って行く。
だが、その前にヴィオラが立ち塞がる。
「イリスお嬢様を連れて行かせはしません!」
そのままカーボンの使用人たちとの肉弾戦が始まり、ヴィオラは二人を圧倒して私へと手を伸ばすが他の使用人に阻まれてしまい、そのまま複数人で倒されてしまうのだった。
そしてイリスは意識を失ったまま馬車へと乗せられて、カーボンの屋敷へと連れて行かれてしまうのだった。
その後馬車は街の大通りを駆け抜けて行くと、偶然ウルに変装していたオウルが大通りを歩いていた。
「(たっく、まさか買い忘れがあったとはな。確認不足だった)」
直後だった、オウルの横をカーボンの馬車が駆け抜けて行く。
その瞬間、オウルはその馬車が直ぐに王都の馬車だと気付き目を追っていた。
「(どうしてこんな所に王都の馬車がいる?)」
オウルは王都の馬車が走って来た方に視線を向けると、その先にあったのはハーノクスの屋敷だと気付き、まさかと思い急いで屋敷へと走り出すのだった。
屋敷に辿り着いた時の光景で、想定していた最悪な事態かもしれないと察し始める。
門は閉められておらず、入口は開いたままでありオウルは周囲に警戒しながら中の様子を確かめる為に屋敷に踏み込もうとした時だった。
そこから鋭い突きが繰り出されるも、咄嗟にオウルはかわし距離をとった。
すると屋敷から出て来たのは、酷い怪我をした一人の使用人だった。
使用人はそのまま倒れてしまい、オウルは直ぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「うぅっ……貴方は」
「俺は……偶然通り掛かった者です」
「……その声、聞き覚えがあります。貴方はもしや、イリスお嬢様の話し相手のウル様では?」
「っ!?」
「私は、この屋敷の使用人……ヴィオラと申します」
その言葉でオウルは覚悟を決め、自分の名をウルと明かすとヴィオラは何があったかを簡単に説明するのだった。
「……何で俺にそこまで話してくれる?」
「イリスお嬢様の友人ですので……私はただ国一の嫌われ王子などではなく、良き友人であるウル様にイリスお嬢様を助けて欲しいのですよ。貴方の力ならば、助けることも出来るのではないかと思っただけです」
「買い被り過ぎです」
「それだと、困りました。今の私ではイリスお嬢様をお助け出来ません。それに我が屋敷が王家の貴族に歯向かうなど、出来る訳ありません。誰か対等な立場で、強い力を持つ人に助けを求めるしか」
「貴方、分かっていて言っていますよね、それ」
「失礼なお願いだとは承知していますが、もう今は貴方しか頼めないのです。お願いします、どうかイリスお嬢様を助けて下さいませ!」
ヴィオラは自分が虫のいい話をしているのは分かっている上で、このままイリスを見捨てることは出来ない為、偶然にも居合わせたウルに頼み込むのだった。
既にイリスからウルの正体は聞いており、それでもその関係性に目を瞑っていたのはイリスからのお願いだからであった。
何度かこっそりと関係性を見守ったこともあったが、危険がないと判断し見て見ぬ振りをし続けて来たのだった。
「どうか、あの貴族からイリスお嬢様を取り戻してください」
そこでヴィオラは意識を失ってしまう。
するとオウルはゆっくりとヴィオラを寝かせると立ち上がり、変装を止め黒髪で翡翠色の瞳を露わにした。
「……俺は国一の嫌われ王子だ。王子でもなんでもないが、俺はそういう存在だ。でも、そんな俺にも唯一自ら婚約した相手がいた。その関係は一方的に振ったが、今ここでその気が変わった」
オウルはハーノクスの屋敷を後にしゆっくりと歩き出す。
「俺自ら婚約した相手を誰かに取られるのは気に食わない。だから、今から奪いに行く! 普通の奴ならそんな事しないだろうが、なんせ俺は国一の嫌われ王子だからな!」
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