第6話 オウルとの関係

 ――オウル・ヴォルクリス。

 幼い時は王都に住んでおり、その頃は王家の家臣随一としてヴォルクリス家は有名であった。だが、そんなある日王都で王家殺人未遂が発生し、何故かその現場にヴォルクリス家の家臣しか持っていないはずの王より与えられた剣が落ちていたのであった。

 もちろんヴォルクリス家は潔白を証明したが、現場に重要な証拠があり犯人の姿を見たと証言する人物も、途中からヴォルクリス家の家臣の特徴を言い始め周囲からヴォルクリス家の家臣が犯人とされてしまうのだった。

 しかしそれは、ヴォルクリス家を妬む他の王家の家臣たちによる共謀であったのだった。


 彼らからすればヴォルクリス家は目障りであり、次期王家の候補としても上がっていたことから、周囲がそれは認めないという嫉妬心からヴォルクリス家を陥れたのであった。

 その後、最終的に王家とその家臣たち代表者での裁判にて、ヴォルクリス家は有罪となり死刑とまで宣言されかけたが、それを王家が止め追放に強制的に変えたのだった。

 その時の王座についていた者は、犯人がヴォルクリス家ではないと思っていたが逆転出来る様な証拠も見つからずどうすることも出来なかったので、せめて生かしてやらねばということで周囲の反対を押し切り王都追放を言い渡したのであった。

 ヴォルクリス家はそれから王都を追放され、昔から好意にしてもらっていたベンデルス領の奥地の屋敷に住み始めたのだった。


 ――数年後

 追放を言い渡した王家の当主が衰弱死したことで次期王家が選挙にて交代になった。その翌年から、終わったはずの王家殺人未遂事件を起こしたヴォルクリス家への悪い噂が突然広まり始める。

 根の歯もない噂はあっという間に広まり、ヴォルクリス家の肩身は狭くなり次第に身を隠すようになった。

 直ぐにその噂を流したのが、新しく王家になった元家臣の相手だと分かり密かに潜り込み真相を確かめた所、目障りだからという理由で社会的に抹殺を計ったと答えたのだった。

 本当は死刑として消したかったと告白もしたが、それが出来なくなった今変に動かれて目立たれると困るということで行ったことであった。


 その後ヴォルクリス家は、沸き上がる殺意を押し殺し二度と手出しをしないように脅し帰路に着くのだった。

 ここで感情に任せて行動したとしても、何の意味もないし自身の子供たちに更に辛い道を歩かせることになると考え、笑われても馬鹿にされても堪えその場を立ち去っていた。

 その後オウルも成長し、両親からその話を聞かされるも復讐などは考えずに過ごして来たのであった。


「王家の奴らが憎い訳じゃない。こんな生活になったのはそいつらのせいだが、それ以上に奴らは何もしてこない。こっちが何か仕掛ければ、必ず相手も動くのは分かっているし、戦力などでいったら向こうが圧倒的に上だからな。だからこうして、何もしなければ静かに暮らせるし噂は噂でしかない。いいように使われても、気にしなければいいだけさ」


 オウルは何ともない様に語っていたが、その時握り締めていた手には力が入っていた。

 私は想像していた以上の話に何て声を掛けていいのか分からず黙り込んでしまう。


「あんまり俺の話は気にするな。イリスには関係ないし、同情なんてしなくていい。ただ俺は、イリスの言う通り噂の国一の嫌われ王子じゃないということを教えただけさ」

「……そう」

「俺が噂通り国一の嫌われ王子を自分から演じたのは、イリスの婚約者としてが初めてなんだぞ。正面からああ言われるのは、結構きついんだと改めて実感したよ」


 そうか、そういうことだったからあの時悲しい顔をしたのね。

 私は勝手にそう解釈した。

 でも……でもどうして、嬉しいという理由だったのだろうか? 無視され続け、それに耐え自らを偽った中で、私が何も知らずに頼ったから?

 そう考えはしたが、結局分からなかった。

 というより、私が今のオウルにそれを訊くことが出来なかったのだ。

 暫く沈黙が続いた後、オウルが口を開く。


「悪い……少し話が重くなったな。初めて他人に話したからな、聞きたくなかったろこんな話。俺もイリスの勢いっていうやつにやられて、つい話してしまった」


 オウルはうっすら笑いながらそう口にした。


「つい勢いで話すこと?」

「勢いは勢いだ。イリスだって、勢いで俺に全てを明かしたじゃないか。お互い様だ」

「それを言われると」

「あははは! 何か話してみて、少し胸につかえていた何かがなくなって楽になった気がするよ。ありがとうイリス」

「まさか、話を聞いただけでお礼を言われる日が来るとは思ってもいなかったよ」

「確かに、そりゃそうだ。俺だってそんなことない。話すつもりもなかった事を話してしまった時点でおかしいんだがな。イリスと居ると何だか調子が狂うよ、いい意味で」


 その後声を出して笑うオウルに、私は話を戻すように切り出した。


「と、とりあえず報酬、報酬だよ! 色々とオウルのことは分かった、分かったということにして、私は話を進めるよ」

「分かった。報酬だったな」


 私は強引に話をオウルの過去から、報酬の話へと持って行った。

 あのままでは何となく話したいことが話せなくなると感じてしまったからである。

 それは絶対ではない、ただ私の直感である。


「で、何を報酬としてくれるんだイリス?」

「それはもう決めているの。それは、貴方の信用よ!」

「……はぁ?」

「はぁ? じゃないわよ! 今回私のせいで、貴方は落とさなくていい信用を落とした。そしていらない傷も負い、いらない噂も増えてしまった。だから、今回私は今出回っている噂を変えるわ」


 私の言葉にオウルは驚きの表情をした後「どうするっていうんだよ?」と問いかけた来た。


「噂を上書きするような噂を流すのよ、私が婚約者がいると嘘をついていたこと、そして相手を探しているところを貴方に見つけられ騙された。これで少しは噂も変わるはず。本当は貴方ではなく私が悪い方にしたいけども、それはヴィオラが許してくれなかったから」

「(ヴィオラ? それってたしか使用人だったな。にしても、報酬が俺の新しい噂を変えると来たか。予想の斜め上過ぎだろ)」


 無茶なことを言っている自覚はあった。

 だが今回は私のせいでオウルに迷惑もかけたのは事実であり、それをお金や物で謝るのは違うと考えたのだ。

 そして出した結論が、今の新しい噂を少しでも変えることであった。

 それが上手く行けば少しでもオウルの悪い印象はなくなるし、元凶である私もその痛みを受ける。

 普通に考えればそんなことまでしなくてもいい。

 だが私は自分勝手な行動で相手を巻き込み、その結果傷つけたことが許せないからけじめとして同じ様な痛みを受けることにしたのだ。

 結局はこれも私のわがままであり、ハーノクス家の名を落とすことになるが私はそっちを選んだ。


「で、それは上手くいくのかイリス?」

「いく……と思う。いや、報酬なんだから成功させてみせる」


 オウルはまっすぐ顔をみて言い切った私を見て、諦めたように少し肩をすくめる。


「それじゃ、それを見届けさせてもらうかな」

「任せて。一週間で変えてみせるわ」

「大きくでたなイリス。本当に大丈夫か」

「やるったらやるわ。だから、一週間後またここで会う約束」


 私はそういってオウルに小指を突きだした。

 するとオウルも小指を出してくれ、約束をするのだった。

 そしてその場で私は別れて、急いで屋敷へと戻った。

 それからはヴィオラに手伝ってもらいながら、私がうそつき令嬢であることや間抜けな一面がある噂を付け足して流してもらった。

 私はそれ以来も屋敷からの外出は出来なかったので、直接はヴィオラ頼みであったがヴィオラは間接的にその噂を流してくれた。


 その後、約束の一週間が過ぎた。

 私は再びヴィオラの協力の元、屋敷を抜け出し約束の場所へと向かうとそこには既にウルの変装をしたオウルが座っていた。


「早いね、ウル」

「約束の十分前にはいる男なんでね」

「何、自慢?」

「まぁ、そんなところかな」

「うわ~絶対そんなこと言う男性モテないから止めた方がいいよ」

「そもそも、そんな相手が出来ないよ」


 その後、そんな話をしつつ私はベンチに座り本題に入った。


「で、どうよ。私の一週間の成果は」

「凄いが、誇らしくいうことじゃないぞ」


 そう、私が思い描いていたように噂は上書きされたのだった。

 オウルの悪い噂は残りつつも、そこに私がうそつき令嬢であり間抜けであると噂され出したのだった。

 そのせいで家では大変なことになっているが、それに関しては嘘ではないので私からは何とも言えない状況である。


「とりあえず、これが報酬ってことで。私もやれば出来るってことよ」

「いや、どうせいイリスだけじゃなくて、誰かに手伝ってもらったんだろ? 得意の嘘が顔に出てるぞ」

「ぐっ……た、確かにヴィオラに手伝ってもらったわよ……手伝ってもらったっていうかほとんどだけど」


 私は最後の方はボソッと呟き、オウルには聞こえていなかった。


「でもこれで、確かにいわれていた報酬は受け取ったよイリス。それじゃ、今日でこの関係も終わりだな」

「え、何で? たまにでもこうやって話そうよ」

「いや、婚約関係でもない男女が二人っきりでいるのは変に思われるだろ。それに、今はこう変装しているが、正体がバレないなんて確証はないんだ。だから、こういうのは」

「だったら変装変えればいいじゃん。私も変えるから、オウルも変えてよ。どうせ魔法とかで瞳の色変えたりしてるんでしょ」


 オウルは話を聞かない私に呆れたようにため息をついた後、もう一度この関係がよくないことを話し始めた。

 だが私は、少しでもいいのでオウルともう少し話してみたいと押し切るのだった。

 その理由は、私がオウルに興味を持ってしまったからである。


 魔法の技術もそうだが、雑学や私の知らない知識までしっていたり、装飾品作りなどにも興味があり、その辺の話を訊いてみたくなったのである。

 その後、オウルが諦め妥協として月に二回会って話をするにことに至った。

 場所はここ、毎回変装を変えて合言葉を作り誰にもバレないようにするのが条件となった。

 それからというもの私はオウルとの話をする日が楽しみになり、落ちた家の名を上げるために魔法研究の成果などを機関に提出したり、家の執務を手伝ったりし続けた。

 オウルは初めは警戒しつつも話に付き合ってくれたり、質問に答えてくれていたが、半年が過ぎると警戒もほとんどなくなり、楽し気に私と話してくれるようにまでなったのだった。


「そろそろ時間か。楽しい時間っていうのは早く終わるもんだな」

「あれれ? 最初あんなに嫌々な感じだったのに、凄く変わったね~ウル」

「う、うっせ。いいだろ別に!」

「そうだね。楽しくなってくれて嬉しいよ。それじゃ、また二週間後に」

「あ、イリス」

「?」

「……いや、やっぱ何でもない。またな」


 よく分からない呼び止めだったが、私は何も気にすることなくその場から離れて行った。

 するとオウルはベンチに再び座り内ポケットから動物のガラス細工を取り出した。


「(つい勢いで作っちまったから、イリスに渡そうとしたが……出来なかった。はぁ~何してんだ俺は)」


 オウルは取り出した動物のガラス細工を再び内ポケットにしまうと、立ち上がり帰路につくのだった。

 そんな様子を、建物の陰から怪しく見つめている人物がいるのだった。


「はい……はい……間違いありません。オウル・ヴォルクリスです。あいつは、ここ半年ある人物と密会をし続けています」

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