第5話 お人好し
そして私は昼食までの間にヴィオラと作戦会議を念入りに行った。
ヴィオラの作戦は簡単である。
昼食後に私が自室で籠って調べ物などするとし、ヴィオラには誰も入れないようにと伝え部屋の前に待機しててもらう。
その間に私は窓から部屋を出て、木々に隠れながら裏口へと向かう。
時間帯的に使用人も昼食をとるために交代する時間の為、そこをついて裏口までたどり着きヴィオラから預かった予備の裏口の扉の鍵で外へと出て行くという作戦である。
ここ最近は書庫室に籠っていた事が多かったので、部屋に籠っていてもそこまで怪しまれないとヴィオラの考えもあり、誰か来たとしてもヴィオラが遠のけるという事で抜け出していたとバレない訳だ。
ただし、五時までには帰って来ないと夕食の準備で一度ヴィオラも離れないといけないため、それが今回のタイムリミットである。
そして昼食後部屋に戻って早速作戦を実行させた。
部屋を出る前に外で身バレしない様に事前準備した服装を纏い変装してから部屋を出る。
順調に裏口までたどり着きヴィオラから渡された鍵で扉を開けて屋敷を抜け出せることに成功する。
そのまま私は街へと急いで向かう。
オウルがウルに変装している確信はなく、自分の何となくであり、何処にいるかもどんな格好をしているかも分からない。
が、初めて会ったあの日。彼が口にしていたことを私は信じてオウルがいそうな場所に向けて走った。
街に着き直ぐに検討がつく場所をいくつか回ったが、何処にもオウルが変装している感じの人は見当たらなかった。その後も息が続くかぎり走り回り、次から次へと向かい暫く待ち伏せをしていたが現れることはなかった。
私がいそうな場所として考えたのはガラス細工など綺麗な置物などを展示している店の周辺であった。
初めて会った日、彼は緻密に出来たガラス細工などが好きと言っていたので私はそれが嘘じゃないと信じ、何処かで見ているかもしれないと思い片っ端から向かったのだ。
そして最後の場所として辿り着いたのは、あの日初めて会ったガラス細工店の前であった。だが、そこにも彼と感じられる様な人はいなかったのだった。
「はぁー、はぁー、ここにもいないか……」
私は何となくいると思って探し続けていたが、そもそもが無謀な探し方だと薄々感じていた。
が、それでも彼がいるんじゃないかとどこかしらで信じて探し続けていたが、他に探し方も思い付かずここまでしていないのならもう彼を見つけられることは出来ないと諦めかけ、展示されていたガラス細工をじっと見つめた。
「貴方もガラス細工が好きなんですか?」
その声に私は勢いよく振り返ると、そこにいたのは金髪で藍色の瞳で眼鏡をしているウルであった。
「……ウル」
「そんな泣きそうな顔をしないで下さいよ、イリスさん」
私はゆっくりとウルへと近付き、視線を向けて軽く胸に向けて握り拳を押し付けた。
「報酬渡すっていったのに受け取らずに逃げるな、この馬鹿王子が」
「それが一言目とは驚きですよ」
その後ウルが立ち話ではなく、近くのベンチに一度座らないかと提案して来たので私は頷きガラス細工店近くにあったベンチへと移動した。
「本当は、貴方に声を掛けるつもりはありませんでした。あの日で俺たちの関係に終止符をつけたので。でも、あんなに表情であちこちを駆け回る貴方を見て、俺は負けて声を掛けました」
「え、私が貴方を探していたと知っていたの?」
ウルはその問いかけに小さく頷いた。
「ええ、行くとこ行くとこに貴方がいるので困りましたよ。変装も変えていませんでしたし」
「そうだったんだ」
「それで、報酬として何を持って来てくれたのですか? イリスさん」
そこで私は立ち上がりウルの前に立って、頭を下げて謝罪をした。
「私のわがままで、貴方を傷つけてしまって本当にごめんなさい!」
まさかの出来事にウルは動揺したが、直ぐに私に頭を上げるように伝えて来て私は頭を上げた。
ウルに理由を訊ねれて、私は理由を素直に伝えた。
「あれからずっとそれを考えて、謝ろうと思っていたの。貴方にそんなつもりはなかったかもしれないけども、私が傷つけたことには変わりないから謝りたかったの」
するとウルは小さくため息をついた。
「本当にイリスさんはお人好し過ぎる。国一の嫌われ王子の俺に謝る必要もないのに、律儀に謝るなんてお人好し過ぎだよ」
「そんなこと言ったら、貴方だって勝手に自分が悪いみたいに話を作って全然見ず知らずの私が欲しい結果だけ渡して、さっさと消えるなんて物凄いお人好しでしょ!」
「あれは気まぐれだよ。俺の噂知ってるだろ? 俺はそういう――」
「違う! 貴方はそれを演じてるだけよ。調べた限り貴方がそんな事件を起こしてないし、確かに似た事件はあったけども少し内容が違う。もしかしたら私が見逃しただけかもしれないけど、貴方と話して感じた雰囲気からはそんな人でないと私は思うのよ」
それを聞いてウルは少し顔を俯けた。
「……俺はお前が思う様な奴じゃない。そういう内容は相手のいいようにされて、外に伝えられてるんだよ。相手は令嬢とかだしな。外には言えない事も俺はしててるんだよ」
「じゃ、何であの時お母様に信じないといわれて少し悲しい顔をしたの? どうして、下衆くお金を要求したり他の要求をしないで潔く引き下がったの? 噂通りっていうなら、あの時の行動はおかしいわ!」
「っ、それは……ちょっと気が変わっただけだ」
「嘘ね」
「嘘じゃねぇよ!」
私の言葉にウルは感情的になりベンチから立ち上がった。
「なら、今ここで噂通りだと証明してよオウル・ヴォルクリス。私に酷いことをしてあざけ笑いなさいよ。噂の貴方なら、それくらい出来るでしょ?」
「!? 何言ってんだお前、自分が言ってること分かってるのか?」
「えぇ、もちろんよ。さぁ早く証明してよ、貴方が私が思っている人なのか、それとも噂通り国一の嫌われ王子なのかどうかを」
するとウルは私を少し睨みつける様に見つめた後、右手で私の襟元を掴んで来た。
そして自分の方へと引き寄せ、左手を上げ私を叩こうとする動作をし始める。
私はただじっとウルの目を見続けた。
ウルはそのまま左手を上げた所で暫く固まっていると、大きなため息と共に左手を下げた。
そして私の襟元から手を離して、頭を抱える様にベンチへと座った。
「はぁ~何なんだよ、何なんだよお前は……俺の噂を検証して何がしたんだよ」
「……」
問いかけても何も返事がなかった私に疑問を思ったのか、ウルが顔を上げて来たが、私はその時叩かれる怖さから一気に解放されちょっとした放心状態であった。
「おい、お~い、聞いてるのか?」
「……はっ! ……こ、怖かった~」
「はぁ? 今更!?」
「だ、だって、まさか本当に何かしてくるとは思ってなかったから」
「いや、お前びくともせずに俺のこと見つめてたろ?」
「いやあれは、もうどうしていいか分からずに目だけは逸らさない様にしないとって思ってただけ」
ウルは私の返事に、ベンチの背もたれにもたれて上を向き片手で顔を覆った。
「何だよそれ……確信があったんじゃないのかよ?」
「あったよ。でも、本当に手を出すとは思わなくて」
そこで私は気が緩み倒れそうになると、ウルが咄嗟に手を掴んで来てくれた。
「あ、ありがとう」
「全く、せっかく人が気を遣ってやったのに。どうしてこんな事してくるかな、あんたは」
そういったオウルの顔は、少し優しい表情をしていた。
私はそのままベンチに座りウルへと視線を向けた。
「ねぇ、さっきから思ってたけど、お前とかあんたとかで呼ばれるの好きじゃないんだけど。イリスさん呼びはどこいったの?」
「あ~あの呼び方はもういいかと思ってね。口調も少し砕けた感じにさせてもらうよ。変に演じる必要はないしな」
「まさか、ウルは本当に偽った状態だったの!? あれは素に近いと思ってたのに」
「素があんな硬い訳ないだろ。まぁ、別に人格を偽ってた訳じゃないからイリスの考えは間違ってないよ」
「呼び捨て……」
「何だよ今更。一度婚約した仲なんだから、いいだろ。あ、それと俺の本名は二度と口にするなよ。誰かに聞かれたら面倒だからな」
ウルの言葉に私は頷いて返事をした。
「ウル、それでなんだけど貴方が噂通りの悪い人じゃなって証明された訳だけど」
「あれで証明になるのかよ?」
「……確かに。あれだけじゃ、噂通りなのかどうか分からないね」
「おい! はぁ~もしかして、イリスって思っていたより頭弱い?」
「っ! バ、バカにしないでよ! これでも学院では中の上だったんだから」
「(何とも言えねぇ~まぁでも、俺について調べたっぽい発言もしてたし、変に俺の表情を見てたりして、小さな変化に気付いていたりしてるんだよな)」
う~んマズイ、これだとウルが本当に優しい人かどうか分からないな。
人に手を出すような人じゃないってのは分かったけど……あれ? 私どうして噂通りの人じゃないって証明しようとしてるんだ?
「イリス、どうして俺が噂通りの国一の嫌われ王子じゃないって証明しようとしてるんだ?」
「今私もちょうどそれを考えていたところ……どうしてだろ?」
暫く沈黙が続いた後、ウルが急に笑い出した。
「何で笑うよ?」
「だってよ、あんなことまでしておいて分からないって何だよ。おかしいだろ。あははは!」
「いや、だってあれは話の流れで、その勢いっていうかなんていうか、ウルが悪い人に思えなかったから。認めて欲しかったのかも……」
その言葉後に、ウルは笑い終えると私の方を向いて来た。
「本っ当にイリスはお人好し過ぎ。そこまでしねえよ普通」
「そうかもね。私はただウルに謝りたくて、どうしてあんなことまでしてくれたのかが知りたいという一心だったから、そんな風に変に進んだのかも」
「そっか。それじゃ、イリスが知りたがってた答えを教えてやるよ。どうして俺がイリスの為にあんなことをしたのかを。それはな」
「それは?」
「嬉しかったからさ」
「……え?」
思いもしない返事に、私は困惑してしまう。
「そういう反応になるよな」
ウルは私の反応を見て小さく笑う。
そして、そのままウルは偽りでない自身の話を始めた。
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