第4話 婚約の行方

 異様な雰囲気のまま、ウルと偽名を使っていた国一の嫌われ王子ことオウルと私、そしてお母様お父様が向かって座っている状況が暫く続いた。

 そんな状況に至る前には、私はウルの正体に動揺しつつも席に着くとお父様からまずは出会った経緯を訊ねられた。

 が、私は考えていたことが全て飛んでしまい、三日前の出来事を思い出しているとオウルが代わりに話し始めた。


 それは三日前の出来事をあたかも一年くらい前の出来事の様に脚色し、私がオウルだとは知らないで一方的に騙し続けているうちに一緒に過ごす時間が楽しくなり婚約まで至ったと伝えたのだった。

 私はよくそんなにもなったか出来事をすらすらと話せるなと、変な所に関心してしいるとお父様に「間違いないかのか?」と訊ねられた。

 私はチラッとオウルの方を見ると、小さくオウルが頷いたので私は「私も知らなかったわ」と返すとお父様は「そうか」と口にしてため息をついた。


 そりゃため息もつきたくなるか……実の娘が婚約者として連れて来た相手が、国一の嫌われ王子でありしかも騙されていたらそんな態度にもなる。

 こんなことが周囲に知れ渡ってしまったら、ハーノクス家の名は確実に落ちる。

 落ちるといっても騙されるなんて目利きがなってないなど、躾が足りないなどと言われる程度であり、ほとんどは同情やオウルの悪名が更に高くなるだけだろう。

 その後は、誰も何も発言しないまま黙った異様な雰囲気が続いた。


 あ~まさかこんな展開になるなんて、思いもしないじゃない。

 偶然街で婚約者役を探して出会った相手が、たまたま国一の嫌われ王子が変装していた姿だなんて分からないわよ!

 どうする。どうすんのよ、この状況……まさか噂みたいにお金とか要求されたりするんじゃ。

 私はそんな風に思ってしまい、恐る恐るオウルの方に視線を向けるとオウルも私の視線に気付き、何故か優しく微笑んで来るのだった。

 何故そこで微笑む!? 分からな過ぎる、てかあの時のウルは素じゃなかったてこと? 素はやっぱり噂通り最悪な性格しているってことなの? 私に嘘ついてた訳だしそうとしか……

 と、私が考えた時にウルが何度も自分でいいのかと聞いて来ていた時の事を思い出した。


 あっ、もしかして、あれって遠回しに私に何かを伝えようとしてた?

 そういえば、最後に近付いて来た時に瞳の色が違って見えたあれは、気のせいじゃなくて分からせようとしてくれてた?

 そう考えだすと雰囲気や言葉使いに言動など納得がいき始め、私はそれを気付かずお願いしていたのだと分かり落ち込んだ。

 私って抜けてるし自分のことしか考えてない、勢いだけのダメ令嬢じゃん……

 するとそこで今まで黙っていたお母様が口を開く。


「それで、いくらお支払いすればイリスとの婚約を解消してもらえますか?」

「ミ、ミラー!?」

「お母様?」

「……それはどういうことですか、ミラー様?」

「言葉の通りよ、今すぐ貴方がイリスを騙して結ばせた婚約を破棄して欲しいのですよ。国一の嫌われ王子と婚約なんてとんでもない! どうせ貴方も遊びのつもりで婚約したんでしょ?」


 オウルは暫く黙ってから答える。


「俺が遊びではなく、本気だと答えたとしても信じてはくれないのですよね」

「もちろんよ。貴方の噂を知っていて、そんな言葉信じる訳ないじゃない」

「そうですか」


 その時オウルは少し悲しい表情をした様に隣の私には映った。


「でも嫌です」

「っ!?」


 まさの返事にお母様たちが驚く中そのままオウルは続けた。


「と、いうのは冗談ですよ。そもそも今日はそのつもりで来ているのですから、言われるまでもなく婚約を解消させていただきますよ」

「え!?」


 二転三転するオウルの言動に私は困惑しながら驚くとお母様お父様、そしてオウルの視線を集めてしまい、直ぐに黙り身を縮めた。

 だが、お母様お父様も同様に困惑してる表情ではあった。

 その姿にオウルは小さく笑った。


「イリスとは初めは楽しくて婚約まで結びましたが、途中から飽きてきましてね。今日も本当は来るつもりはなかったのですが、最後に正体でも明かして面白くしようと思って来たんですよ」

「何て最低な! やはり、国一の嫌われ王子といわれだけありますわね貴方は!」

「という訳なので、婚約は破棄させてもらいますよ。イリスもこれからは外見だけで人を判断するのはやめた方がいいよ。今回がいい教訓になったろう」

「……ウル」

「そっちからそういってもらえて嬉しいですわ。では、さっさとお帰り下さい、オウル・ヴォルクリスさん」


 お母様は立ち上がり、オウルを威圧するように部屋から押し出し始める。

 オウルも歯向かう事なくそのまま私にそれ以上何も言わずに部屋から出て行くのだった。

 私はただ座ってそれを見ていることしか出来なかった。

 ここで声を掛けたとしても何にもならないし、別に状況が変わる訳でもないと判断したからだった。

 でも結果だけ見るならば、私に向けられていたお母様の疑念は解消され、更には騙されていたという状況まで作り上げていったので、婚約の話も暫くは来ないという結果になるだろう。


 確かに私としてはいい結果だが、別にウルをそこまで犠牲にしてまで手に入れたかった結果ではない。

 今日はただ顔合わせをして、後日私から別れたと伝えて乗り切るだけだったのに、ウルいやオウルはそれ以上のことをし、自分に全ての原因があると向けさせ更には自らが傷つくことで私の願いを叶えてくれたのだ。

 もしかしたら、そう私が勝手に解釈しているだけでオウルにはそんな気はなかったのかもしれないし、言っていた通り楽しかったからという理由かもしれない。

 だが、私のせいで彼を傷つけさせたことには変わりはない。

 私は、抜けてるし自分のことしか考えてない、勢いだけのダメ令嬢のうえ、最低な人間だ……


 それから直ぐに、国一の嫌われ王子の新しい噂が街に広まった。

 偽名を使い、ある貴族令嬢を弄び最後には両親の前で正体を明かしてあざけ笑ったと。

 その噂は私の名前などは入っていなかったが、何処からか私ではないかと話が出始めて周囲から同情の声が暫く届いた。

 お母様やお父様も初めは名前が出てしまったことに動揺していたが、この噂を使い自分たちの立場をなるべく下げまいと噂に乗っかったのだった。

 広まった噂は本当ではないが、これも家を守るための行動だと私は理解していたが、私が偽の婚約者などと言わなければこんなことにまでならなかったとあれから一人で何度か後悔していた。

 その中で一番の後悔は、ウルことオウルを傷つけてしまったことで私は頭を悩ませていた。


 あれ以来私は屋敷を出させてもらえておらず、オウルを探すことも出来ていない。

 オウルは噂では国一の嫌われ王子とされていたが、私にはどうしてもそうとは思えない一面があると思い、あの日の悲しい顔やどうしてあそこまでしてくれたのかが、気になって仕方なかったのだ。

 もしかしたらまた街に行けばあの時ウルとして変装していたオウルにまた会えるかもしれないと思いつつ、抜け出せる機会を窺っていたが全くそんな隙はなく屋敷の中だけの生活が続くのだった。

 それから二週間が経ったある日、ヴィオラが私の部屋にやって来た。


「イリスお嬢様、まだお気持ちが整理できていないようですね?」

「え? 何のこと?」

「隠さなくともいいです。あれ以来イリスお嬢様は、密かに書庫室にてオウル・ヴォルクリスについて調べていますよね」

「っ!?」


 私はヴィオラにやっていたことを言い当てられてしまい、嘘をついても仕方ないので小さくため息をついてからヴィオラの方を向いた。


「プライベートの覗き見は酷いな、ヴィオラ」

「申し訳ありません、ですがイリスお嬢様の雰囲気からそうなのではと薄々感じていましたので」

「見てた訳じゃないのに、そう感じたってこと?」

「はい」

「……ヴィオラって凄いね。もしかして、他の人も気付いている?」

「いえ、そんなことはないと思います。私は長年イリスお嬢様を見て来ましたので、気付いただけですので」


 改めてヴィオラの凄さを知った私は、これまで思っていたことを全て打ち明けた。

 あの日のことやどうしてあそこまでしてくれたのかをもう一度オウルと会って話をして、そして私のわがままで傷つけてしまったことを謝りたいこと。


「もう一度、もう一度街に行けば会えそうな気がするの……確証はないけど、オウルいやウルとしている気がするのよ」

「……なるほど。イリスお嬢様はもう一度街に行きたいということですね?」


 ヴィオラの問いかけに、私は強く頷いて答えた。

 するとヴィオラは少し考える様な体勢をとったのち口を開く。


「では、今日の昼食後に屋敷を抜け出して街に行きましょう。もちろん私は行けませんので、経路案内だけですが。それでも良ければ出来ますよ」

「本当!? あっ、でも、それもまた私のわがままで抜け出しがバレたりしたらヴィオラが……」

「確かにそうですね。ですが、バレなければいいのですよ。時間通りに帰って来て下さると約束出来るのでしたら、問題はありません」

「バレないで抜け出すことなんて可能なの? いたるところに使用人いるけど」

「はい、問題ありません。そもそも、私がもう何年この屋敷に仕えていると思うのですか? 抜け道に使用人の通り道など全て把握済みです。それで、どうしますかイリスお嬢様やりますか?」

「……うん、やるよ。このままじゃモヤモヤしたままだし。ヴィオラ私のわがままに付き合って」


 するとヴィオラは、私に深々と頭を下げて答えた。


「もちろんです、イリスお嬢様」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る