第24話 仲良し

 お風呂を出て部屋に戻ったあともなんとなく気まずく、成瀬さんの顔を見れなかった。

 あんなことがあったのだから、それも当然だろう。


 もっともそう思っているのは私だけのようで、成瀬さんの方はといえばパジャマ姿で私の部屋をウロウロして、変にはしゃいでいる。


「えっへっへっへ~」


 ハンガーに吊り下げられた私の制服を見ていきなり笑い出すのはちょっとどうかと思うけど、でも成瀬さんだからかわいい。


「ね、隣に座ってもいい? ちょっとお話しようよ」

 

 ひとしきり私の部屋を見てようやく飽きてきたのか、成瀬さんはベッドに腰掛けている私に近づき、そんなことを言ってきた。


 時刻は21時を回ったばかり。

 寝るにはまだ早いので、おしゃべりして時間をつぶすのは私としても望むところだ。


「うん」


「よいしょっと」

 

 右隣にぽすんと腰を落とした成瀬さんは、申し訳なさそうに私の顔をのぞき込む。


「さっきはごめんね?」


「……なにが?」


「お風呂で。その……萌花ちゃんのお胸、さわっちゃったから」


「……別にいいよ。事故だし」


「うん、事故だもんね」


「わざとだったら怒るけど」

 

「…………」


 不自然な沈黙。

 視線を向けると、成瀬さんは眉をひそめて何やら考えこんでいた。


「どうかした?」


「……念のため確認しておきたいんだけど」


「うん?」


「さっきわたしが萌花ちゃんのお胸に触ったの……ホントに事故だって思ってる?」


「え……?」


 なんの確認だろう?

 変態と思われてないか不安ってこと?


「事故でしょ? 成瀬さんがわざと触るなんて思ってないから、安心していいよ」


「…………」


 また沈黙だ。

 なにを考えているのか分からない。


 反応に困っていると、成瀬さんが目を伏せたまま、小声で尋ねてくる。


「わざと触ったっていったら、怒る……?」


「…………」


 別に怒りはしない。

 さっきのは、話の流れでそう言っただけだ。

 そもそも先に触ったのは私なのだから、怒れるような立場じゃないし。

 

 ……にもかかわらず私が沈黙してしまったのは、成瀬さんの顔がやけに真剣に見えたから。


 ……もしかして本当にわざと触った?

 私の胸を?

 なんのために?


 この貧弱な胸を触るくらいなら、ゴムボールを触ってたほうが楽しいと思う。


「怒りはしないよ。でもどっちにしろ、わざと触ったわけじゃないんでしょ?」

 

「……うぅ〜……」


「な、成瀬さん……!?」


 驚いた。

 私の返事を聞いた成瀬さんは、うめき声をあげながらベッドに倒れ込んだのだ。

 突然の奇行に驚いていると、彼女はベッドにあおむけで寝たまま両手で顔を覆う。


「わたし……てっきり同意が取れてるかと……」


 手の隙間から漏れ聞こえる声は、羞恥と後悔が混ざっているような。


 しかしこの反応にこの態度……本当にわざと触ったってこと?


 成瀬さんも変わっている。

 好きでもない人の貧弱な胸を撫で回したって、面白くともなんともないだろうに……。


 …………ん?


 もしかして……そういうこと……?


 成瀬さんって私のこと、好きだったりする?

 私のことが好きで、だからこのチャンスを逃すまいと胸を触ってしまった……?

 

「よくわからないけど、あまり気にしなくていいよ」

 

 考えがまとまらないまま曖昧に成瀬さんを慰める。

 すると、彼女はガバッと身体を起こし、私の肩をぎゅっと掴んだ。

 間近に見えるその瞳は、やたらと輝いていて……ちょっと涙目になってる気がする。


「ごめんね、本当にごめん! わたしそういうつもりじゃなくて……」 


「む、胸のことなら別にいいよ。私だって成瀬さんの……その……おっぱいを触ってるし」


「でも萌花ちゃんはあのとき気を遣ってくれたのに、わたしはやりたい放題だったから……」


 気を遣った?

 私が?


 どちらかというと逆だと思う。

 私はやりたい放題だったのに、成瀬さんが気を遣ってくれたのだ。


「そうだよね、したいからってされたいとは限らないよね……それなのにわたし浮かれちゃって……」


「……」

 

 成瀬さんは反省しているようだが……正直に言ってなんの話をしているか分からない。

 したいからってされたいとは限らない……?


 一応考えてはみたけど、やっぱり思い当たることが無い。


「成瀬さん、なにか勘違いしてない?」


 私が探りを入れてみると、彼女は真顔で即答した。


「してないよ」


「……本当に……?」

 

 もちろん本人がそう言うのだから問題はないんだろうけど、でも成瀬さんとはついさっきすれ違いがあったばかりなわけで。

 正直彼女の言葉を鵜呑みにしていいのかよく分からない……。


 というか、やっぱり勘違いしてる可能性が高いような。


 そんなことを思っていると、成瀬さんは私の顔を見て照れたように笑った。


「あのとき本当は、わたしのお胸をもっとさわりたかったんでしょ?」


 ほんとだ勘違いしてない。

 むしろずばりと言い当てられてしまった。


「それなのに、わたしが嫌がってると思ったから触るのをやめてくれたんだよね? 萌花ちゃんのその気遣いが嬉しかったの。……勘違いだけど」


「勘違い……?」


「べつに萌花ちゃんだったらいいかなって……その……さわられても? みたいな?」


「…………」


 凄いことを言い出した。


 今の言葉をそのまま受け止めれば、成瀬さんは私のことをかなり特別に思ってくれてるってことで。


 その想いは、友情を超えてると思う。

 愛情にまでたどり着いててもおかしくないと思う。


 ――私と同じように。


「ねえ、萌花ちゃん……」  


 甘くささやきながら、成瀬さんが距離を詰めてきた。

 彼女から漂ってくるかぐわしきバラの香りは、おばあちゃんが買ってくれた秘蔵のボディソープ由来のものだろう。


 そして私からも同じ匂いがしているのか、こちらに迫りくる成瀬さんは、どこかうっとりとした表情を浮かべていた。


 つんつん、とベッドの上に置いた私の右手を、彼女がつつく。


「……」


 反応できず見守っていると、彼女は指を絡めてきた。

 

 そして、つないだ手を持ち上げ、互いの視界の中心に持ってくる。


「ほら見て。仲良し」


「……仲良しだね」


「ふふっ」


 成瀬さんは軽く笑ってから右手を伸ばし、今度は膝の上に置いていた私の左手を取る。

 そして指を絡め、先ほど同様に目線の高さまで持ち上げた。

 

「こっちも仲良しだよ」


「うん。両手とも仲良しだね」


 どうも成瀬さんは私に甘えているらしい。

 

 しかし彼女にとってはなんてことない行動なんだろうけど、私にとっては緊張感がすごいというか……表現が難しいんだけど……。


「なんかこうやって手を繋いで向かい合ってるとさ……身体が震えるくらいドキドキしない……?」


「する……! すごくする……!」


 私はうんうん頷いた。

 よくぞ私の気持ちを代弁してくれたという感じだ。


 そう。

 私は成瀬さんと手をつないで向き合うことで、身震いするほどドキドキしていたのだ。

 

「萌花ちゃんはこういう風に触れ合うの、いやだったりしない……?」


「しない。成瀬さんと手をつなぐのが嫌なはずがないよ」


「そっか……」


 軽く相槌を打つ成瀬さん。

 彼女はしばらく沈黙を続けたあと、潤んだ瞳で私を見つめてきた。

 

「わたし……もっと萌花ちゃんと仲良しになりたいな……」

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