その44「ガーデンカースとサクラの想い」
ヒナタが赤い空を見て言った。
「ハヤテ。来るぞ」
燃え盛る大岩が、ニャツキに向かって落下してきていた。
無視できるような存在感では無い。
ヒナタに言われるまでもなく、ニャツキはそれに気付いていた。
「にゃっと」
ニャツキは横っ飛びで、大岩を回避した。
墜落した大岩は、粉々に砕け散っていった。
ニャツキたちに、手傷は無かった。
だが、大岩を避けるという動作は、ランニャーにとっての隙になった。
その隙を見て、サクラはニャツキとの距離を詰めた。
燃えるような赤い毛並みの猫が、ニャツキに並んだ。
「どうだ……!
追いついたぜ……!」
勝ち誇ったようなサクラに、ニャツキは言葉を返した。
「『ガーデンカース』ですか。
莫大な魔力と
生まれ持っての素質が無ければ
発現不可能な、
強力無比なカース。
この規模。
この圧力。
Aランクの猫であっても
滅多に身につけられるものではありませんね」
「へへっ」
ニャツキが自分を認めた。
この速い猫が。
そう思ったサクラは、自慢げな笑みを浮かべた。
「サクラさん。
あなたはなんて……」
「残念な猫なのでしょうか」
「えっ……?」
サクラは絶句した。
ニャツキから放たれたのは、賛辞ではなく失望のようだった。
「わ……私が残念だって……!?
何を言ってやがる!
見ろよ私の庭を!
これが私の力だ!」
サクラたちの周囲は、灼熱に満たされていた。
レース全体に影響する、恐るべき力だ。
だというのに……。
「はぁ……」
ニャツキは残念そうに、ため息を漏らした。
「っ……!?」
「カースの発現は、
タダではありません。
これほどの規模のガーデンであれば
莫大な魔力を消費するはず。
魔力が無ければ、
猫は走れません。
俺様たちはただ、
あなたの魔力が無くなるまでの間、
岩をよけていれば良いのです。
サクラさん。
あなたはただ
自滅するためだけに
無駄に魔力を消費しているのですよ」
淡々としたニャツキの言葉。
サクラはそれに、揺れる声で反論をした。
「わ……私のカースの熱は……!
猫を疲れさせる!
無駄なんかじゃない……!」
「Fランクレースでは、
それで通用したのでしょうね。
あなたの周りには、
熱でへばるような
低レベルの猫しか居なかった。
ですが、
あなたの戦績を
調べさせてもらいましたが、
Eランクレースでの平均順位は
7着程度。
Fランクに降格するほどではありませんが、
まともに勝ててもいませんね。
勝ちが危うい展開になれば
安易にカースを発動し、
そして失速しています。
ガーデンカースの力を妄信し、
力に溺れたかわいそうな猫。
それがあなたの本質です」
「っ……強がるなよ……。
暑いだろ……?
苦しいだろ……?
先頭を明け渡せよっ……!」
「まあ、確かに暑くはありますね。
……ヒナタさん。
お願いします」
ニャツキがそう言うと、ヒナタは呪文を唱えた。
「冷廟」
ニャツキの周囲が、青い冷気に包まれた。
それを見て、サクラが疑問の声を発した。
「それは……?」
「呪文の中には、
熱気を無効化できるモノも有る。
覚えておきなさい。
これであなたのガーデンは、
おおざっぱに岩を降らせるだけの
見掛け倒しに堕しました。
一流のランニャーは、
あんなモノに当たったりはしません。
それでは、さようなら」
言いたい事を言い終えると、ニャツキは加速した。
もともと、サクラではニャツキの相手にはならない。
話をするために、わざと減速していただけだった。
ニャツキはみるみると、サクラとの距離を離していった。
決して追いつけない2本の尻尾が、遥かかなたへと遠ざかっていった。
「あ……あぁ……ぁ……」
空の色が変わった。
燃えるような赤から、人々が見慣れた青空へ。
岩肌と化した地面も、元の土へと戻っていった。
燃える大岩も消え失せた。
サクラはガーデンカースを、解除してしまっていた。
自分のカースでは、ニャツキにはとてもかなわない。
それを理解してしまっていた。
カースを使って敗れた試合は、1度や2度では無い。
だが、それらの試合では、全く手応えが無いわけではなかった。
カースの熱気は、ライバルたちを疲弊させる。
あと少しだけ自分にパワーが有れば勝てる。
それを実感できるようなレース展開だった。
だが、今回は違う。
カースを受けても、ニャツキの脚は微塵も鈍らなかった。
バクエンジ=サクラは、ハヤテ=ニャツキに勝てない。
気が萎えたサクラを、後続の猫たちが追い抜いていった。
(これでこの子は、
Fランクに降格でしょうね。
素質は有るはずだったのに。
本当に、残念な子)
サクラの鞍上で、ノバナはそんなふうに考えていた。
……。
独走状態になったニャツキは、右100度のコーナーを曲がった。
そして次に、左90度のコーナーを曲がった。
それから右70度のコーナーを曲がり終え、直線に出た。
直線の先には右カーブが会った。
コースの6分の1以上を占める、大カーブだ。
直線と比べると走りにくいが、走りが柔軟な猫なら、十分なスピードを出せる。
ニャツキはスピードを維持したまま、楽しそうにヒナタに話しかけた。
「ヒナタさん。ねえヒナタさん」
「ん?」
「ガーデンカース。
どれほどのモノかと思いましたが
期待していたほどのモノでもありませんでしたね。
派手なだけのカースなど邪道。
やはりレースで勝つのは
俺様のように、
正しく走りを磨いた猫です。
ねえ、そうでしょう?
ヒナタさん」
「かもな」
ヒナタは気の無い返事をした。
だが、それが気にならないくらいに、今のニャツキは上機嫌だった。
「ふふふ。
そうなのです。
そうなのですよ」
ニャツキは魔導手綱に頼ることもなく、余裕をもって口で言葉を発していた。
「笑ってる場合か?
まだレースは終わっちゃいないぞ」
「終わったようなものですよ。
このレースに、
俺様に追いつける猫はいません」
「だと良いがな」
……。
サクラはその順位を、最下位にまで落としていた。
その脚に力は無い。
ニャツキに現実を見せられたことが、彼女の心を乱していた。
(私が……間違ってた……?
デビュー戦……。
私はカースの力で勝った……。
圧勝だった……。
だから……
この力さえ有れば勝てるって……
そう思ってしまった……。
それに……
私は怖かったんだ……。
純粋な走りだけで勝負して……
それで負けるのが怖かった……。
自分より速い猫が居るって
認めるのが怖かった。
だから……。
私はずっと……カースに逃げてたんだ……。
こんな私が……
あんな速い猫に勝てるわけが無かった……)
『次のレース、
俺様が勝ったら、
あなたには今居るホテルを
やめてもらいましょうか』
サクラはニャツキの言葉を思い出した。
(終わりか……。
私の競ニャ人生は……これでおしまい……。
冴えないエンドロールだったな)
諦めをサクラが受け入れようとした、そのとき……。
(それで良いの?)
ジョッキーのオオイワ=ノバナの声が、サクラの心に響いた。
(……ノバナさん?)
(あなたの脚は、
もうそれでおしまい?
もう走れないのかしら?)
(それは……)
(あなたが満足なら、
それでも良いけどね。
そんな無様な走りじゃあ
妹分に笑われるわよ)
(ムサシ……。
コジロウ……)
ノバナの言葉を受けて、サクラは2人のことを思った。
……。
ある日のダンジョン。
熊型の魔獣が、ムサシに襲い掛かった。
「っ……!」
魔獣が放つ圧力を前に、ムサシは動けなかった。
魔獣の鋭い爪が、ムサシに迫った。
そのとき。
「ムサシ!」
サクラの剣が、魔獣の攻撃を受け止めた。
彼女は攻撃を引き受けながら、ムサシとコジロウに声をかけた。
「今だ! やれ!」
「……っ! はいっス!」
勇気を取り戻したムサシが、魔獣へと向かった。
ムサシとコジロウの攻撃が、魔獣に突き刺さった。
魔獣は絶命し、その肉体を消滅させた。
「ふぅ……」
サクラは息を吐いた。
その額から、血が流れた。
「あねさん! 血が……!」
サクラの負傷に気付いたムサシが、動揺をみせた。
「ん? ああ。
こんなモンかすり傷だ」
サクラは額をゴシゴシと拭いて、ムサシに微笑んでみせた。
「あねさん……。
あねさんは、
どうしてウチたちを助けてくれるんスか?」
「どうしてって、
そりゃ同じホテルの姉貴分だから
面倒を見るのは当然だろ?」
それを聞いて、コジロウが言った。
「いまどき
そんな猫居ませんって。
あねさんはお人好しですね。お人好し」
「褒めてんのか? それ?」
「さあて。
どうでしょうかねえ。
ふふっ」
……。
(違う……)
サクラは、過去の自分の言葉を否定した。
(後輩だから面倒を見るとか……
本当は……そんな器のでかい理由じゃ無かった……。
私は……諦めかけてた……。
だから……心の底では……
夢を託せる相手を探してたんだ……。
私はもうダメだから、
後を頼むぞって。
勝手な事を言って、
道を外れるつもりだった)
自分の器は大きくなど無い。
むしろ小さい。
自分に自信のもてない、小さな猫だった。
だから、後輩たちを可愛がっていた。
自分の代わりにしようとしていた。
サクラはそんな本心を、ずっと2人に隠していた。
「私はダメな猫なんだ……。
負け猫だ……。
だけど……! それでも……!
姉貴分の役目は、
舎弟を守ることだ!
こんなダメな走りを見せるのは、
あいつらの為にはならねえ!
こんなモンは、
姉貴分の仕事じゃねえ……!
最後のレースくらい……!
あいつらに……!
誇れる走りを見せたい……!」
「だったらマジメに走りなさい。
ランニャーでしょう?」
「……はい!」
サクラの心の中の炎が、熱く激しく燃え上がった。
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