その42「リリスとFランクレース」




 夜が明けて、レース当日が来た。



 ニャツキはホテルヤニャギの仲間たちと共に、競ニャ場へと向かった。



 今回は、前に使ったミニバンは無い。



 セントレアに置いてきてしまっている。



 なのでニャツキたちは、路線バスを利用した。



 やがてバスは、競ニャ場に到着した。



 ニャツキたちはバスから下り、控え室の有る建物に向かった。



 前のレースの時と同様に、ニャツキたちは、大部屋の控え室へ入った。



「来たか」



 控え室に入ると、サクラがニャツキに声をかけてきた。



 その後ろには、ムサシとコジロウの姿も見えた。



「はい。よろしくおねがいします」



「負けねーからな」



「こちらのセリフです」



 ニャツキはサクラと見つめ合った。




 ……。




 しばらく待機していると、控え室に、放送が流れた。



『第1レースの出場者は、


 装鞍所で更衣を済ませ、


 パドックに集合してください』



「私たちの出番ね」



 シャルロットが、椅子から立ち上がって言った。



 それを見て、リリスも立ち上がった。



 競ニャでは、ランクの低いレースから、先に行われる。



 ニャツキが出場するレースは、Eランクレース。



 リリスたちが出場するのは、Fランクレースだ。



 よって、ニャツキよりもリリスの方が、出番が先ということになる。



 地方競ニャでは、Fランクのレースが、1日にいくつも行われる。



 リリスの出番は、その中でも1番目の、第1レースだった。



「がんばってくださいね。


 応援していますよ」



 レースを前にしたリリスに、ニャツキは微笑みかけた。



 リリスはぐっと拳を握って、自身の気合を表現してみせた。



「がんばります!


 おねえさまの応援が有れば


 百人力です!」



 リリスたちは控え室を出て、装鞍所へと向かっていった。



 ホテルニャンであるミヤも、リリスの後を追った。



「……客席まで行くか?」



 控え室に残されたヒナタが、ニャツキに声をかけた。



「いえ。


 この控え室でも、


 レースの観戦くらいはできますから。


 あそこのモニターで


 試合を見守りましょう」



「そう言わず、行こうぜ」



「えっ?」



「ちょくせつ応援してもらった方が、


 あいつも力が入るだろ」



「そうですか。


 ……そうかもしれませんね。


 レースを見に行きましょう」



 ニャツキたちは、ロッカーに荷物を預けると、控え室を出て行った。



 それを横目で見ていたサクラが、ムサシとコジロウに声をかけた。



「私たちもレースでも見に行くか?」



「……行ってらっしゃいっス」



「何だ?


 おまえたちは来ねーのかよ?」



「その……お腹が痛いような……


 痛くないような……」



「だいじょうぶか?


 それならここのモニターで見るかな」



「いえいえ。


 生の方が何倍も良いですよ。


 ムサシが落ち着いたら、


 私たちも行きますんで。


 さあさあ」



 コジロウは、強引にサクラを立ち上がらせた。



 そしてサクラの背中を、ぐいぐいと押していった。



「おい……押すなって……」



 可愛い舎弟に、あまり乱暴な抵抗はできない。



 サクラはなすすべなく、控え室の外まで押し出された。



「行ってらっしゃーい」



 コジロウに見送られて、サクラは客席の方へ歩いてった。



 サクラの姿が視界から消えると、コジロウは、ムサシの所へ戻った。



「やるよ」



「っ……」



 ムサシとコジロウは、控え室の隣に有る、ロッカースペースに移動した。



 コジロウは、周囲に気を配りながら、ムサシに声をかけた。



「これがあの女の


 ねこロッカーだね」



「……本当にやるんスか?


 こんなこと……あねさんだって望んでないと思うっス」



「そんなこと分かってる。


 けど、もし次のレースで負けたら、


 あねさんは……」



「引退……っスよね」



「そう。


 あの女は、


 あねさんにホテルをやめろって言った。


 つまり、ランニャーをやめろってことだ。


 そんなこと、許すわけにはいかない。


 あねさんは、


 こんな所で終わる器じゃないんだ。


 絶対に、負けさせるわけにはいかない。


 さあ、ムサシ。


 やって」



「了解っス……!」



 ムサシの手が、ニャツキのロッカーへと伸びた。




 ……。




 ニャツキとヒナタは、観客席に移動した。



 階段状の客席の、上の方からレース場を見た。



 やがてレース場に、猫たちが入場してきた。



 リリスとシャルロットも、コースのスタート地点に立った。



 それから少しして、レース開始のファンファーレが鳴った。



 すると空中に、立体映像のカウントダウンが表示された。



 カウントが、0に近づいていった。



 3……2……1……0!



 各ニャ一斉にスタートした。



 リリスのスタートは、好調のようだった。



 シャルロットの技量のおかげだろう。



 リリスは先頭集団を維持したまま、スタート地点から離れていった。



 競ニャ場は広い。



 猫たちの姿は、あっという間に見えなくなった。



 その代わりに、ねこカメラが映す猫たちの立体映像が、レース場の中央に表示された。




 ……。




 レースはどんどんと進み、後半戦になった。



 レース場の中央の映像を見れば、先頭集団の状況は分かった。



 リリスはファイティングねこスピリットを燃え上がらせ、トップランニャーにくらいついていた。



 今の彼女の順位は、4番手だった。



 今回の対戦相手は、デビュー戦よりも手強いらしい。



 ニャツキは心配そうに、駆けるリリスを見守った。



「リリスさん……」



 弱々しい声を漏らしたニャツキに、ヒナタが声をかけた。



「もっと声出して


 応援してやったらどうだ?」



「……この距離です。


 俺様の声なんか


 聞こえませんよ」



 おとなしいニャツキを見て、ヒナタはニヤニヤと笑った。



「なんだ?


 恥ずかしいのか?


 だったら俺が代わりに応援してやろうか。


 ニャカメグロー! がんばれー!」



 ヒナタは声を張り上げて、リリスの名字を呼んだ。



「む……。


 リリスさーん!


 がんばってくださーい!」



 ヒナタに抵抗して、ニャツキも珍しく、大声を出した。



「みゃみゃ……!」



 コースを駆けるリリスが、妙な声を漏らした。



 それを見てシャルロットが、魔導手綱で彼女に話しかけた。



(リリス。どうしたの?


 つらいでしょうけど、


 ここが踏ん張り所よ)



(お姉さまの声が


 聞こえた気がします!)



(声って……。


 そんなの届くわけが……)



 そんなことは知ったことか。



 そう言わんばかりに、リリスは加速した。



「みゃみゃみゃみゃみゃみゃーっ!」



「まだ脚が残っていたの……!?


 これなら……!」



 リリスは3番手2番手の猫を、見事に追い抜いた。



 そして……。




 ……。




「やりました! お姉さま!


 2着ですよ! 2着!


 前よりも1つ順位が上がりました!」



 控え室。



 リリスはニャツキの前で、飛び上がりそうな喜びを表現した。



 接戦したが、リリスは1位には届かなかった。



 アタマ差で敗れるという、悔しい結果に終わった。



 だがリリスには、2位という順位が嬉しいらしかった。



 ニャツキには、そんなリリスの姿勢に、思うところは有る。



 だが、世間から見て、リリスの成績は、それほど悪いものでは無い。



 3位、2位という結果によって、かなりのねこポイントを入手できた。



 これでリリスもEランクのランニャーとなる。



 上々の成果だと言っても良かった。



「おめでとうございます。


 前のレースの時よりも


 確実に速くなっていましたよ」



 ニャツキは内心の不満を隠して、リリスを褒め称えた。



「ありがとうございます!」



 心底嬉しそうなリリスに、ヒナタが声をかけた。



「やったな。ニャカメグロ」



「あの、


 今お姉さまと話してるんで、


 後にしてもらえます?」



「アッハイ」



「さあお姉さま。


 もっともっと褒めてください」



「俺様の褒め方のレパートリーは


 そんなに多い方では無いのですが……」



 ニャツキは四苦八苦しながら、色んな言葉でリリスを褒めた。



「はふぅ~……」



 リリスはご満悦になり、恍惚の表情を浮かべた。



「……………………」



 シャルロットは、無言でリリスたちから離れていった。



 そして、控え室の大きな窓から外を見て、重い表情で考えた。



(今日の相手は、


 新ニャ戦で2着を競った猫よりも


 速かった。


 あの頃のリリスなら、


 ついていくのは厳しい相手だった。


 だけどリリスは、


 私が思っていた以上の末脚を見せた。


 1着との差は、ほんの僅かだった。


 前のレースからたった3週間なのに、


 彼女は確実に成長している。


 もし……。


 もしも私が……)



「シャルロットさん?」



 リリスの声が聞こえた。



 いつの間にか彼女は、シャルロットのそばに近付いて来ていた。



「どうしたんですか?


 難しい顔をして。


 ……あっ。


 すいません」



「……? どうして謝るのよ」



「私の実力が足りず、


 2着になってしまいました。


 私は2着でも嬉しかったですけど


 シャルロットさんほどのジョッキーなら


 1着でないと満足できませんよね」



「べつに、あなたは悪く無いわ。


 ちょっと考え事をしていたの。


 それだけよ」



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