その41「違和感の原因と急報」



「むぅ……。


 マジメに考えてください」



 やる気の無いヒナタを見て、ニャツキは拗ねた様子を見せた。



「そんなこと言われてもな……」



(どう見ても、


 緊張してただろうがよ)



 答えは明らかなのに、それを完全否定されているのだ。



 ヒナタからすれば、言うべきことなど何も無かった。



「まったく……。


 ダメダメですねおまえは。


 ダメヒナタさんですね。


 まるでダメなジョッキー。


 略してマダッキーですね」



「えっ?


 そこまで言われなきゃダメ?」



「仕方ないですね。


 俺様が答えを


 教えてさしあげましょう」



「ドーモ」



「出遅れの原因は、


 違和感だったのだと思います」



「違和感? 何の?」



「俺様は普段、


 人を乗せずに走って


 練習しているでしょう?


 ですがレースでは


 おまえを背負って


 走ることになります。


 それに、強化呪文やバリアによっても、


 走りの感覚は


 異なってしまいます。


 そういう本番と練習の違いが、


 スタートダッシュの遅れという形になって


 表れてしまったのだと思います」



「そうか?」



「そうなのですよ。


 つまり、


 レース前日に、


 おまえを背負って


 感覚を調整することで、


 完璧なスタートダッシュが


 可能となるわけです」



「はあ」



 ヒナタは終始気の無い様子だった。



 誰がどう見ても、緊張してただろうが。



 それをわざわざ、チマチマとした理屈をひねり出しやがって。



 アホなのかコイツは?



 アホなんだな。



 かわいそうに。



 そんなふうに考えていた。



 対するニャツキの表情は、真剣そのものだった。



「何をぼやっとしているのですか。


 俺様が負けても良いのですか?


 まあ、俺様は


 ちょっとスタートが遅れたくらいでは


 負けませんけどね」



「だったら良いだろ」



「念のためです。


 さあ、行きますよ」



「へいへい」



 ヒナタはレース着を持って部屋を出た。



 そして1階のロビーで、リリス、シャルロットと合流した。



 ホテルを出た4人は、練習用コースへと向かった。




 ……。




「乗るぞ」



 練習用コースのスタート地点で、ヒナタはニャツキに声をかけた。



 既に着替えは終わっており、ニャツキの背には鞍が取り付けられていた。



「はい。どうぞ」



 了承を得ると、ヒナタはニャツキに跨った。



 ずしりとした圧迫感が、ニャツキの背中に加えられた。



 ヒナタの重みを感じたニャツキは、このように考えた。



(やっぱり、ヒナタさんは大きいですね。


 これだけ大きければ、


 違和感を感じてしまっても


 仕方が無いと言えます。


 俺様の予想は、


 完全に正しかったと言えるでしょう)



 出遅れの原因を、完全に究明できた。



 そう思ったニャツキは、とてもスッキリとした気分になった。



 ニャツキは好意的な声音で、ヒナタに声をかけた。



「呪文をお願いしますね」



「ああ。


 風壁、活炎」



 ヒナタは呪文を唱えた。



 ニャツキは自分の体に、力が漲ってくるのを感じた。



「さて、走りますか」



 ニャツキは走り出した。



 銀色の輝きが、軽快に前へと進んでいった。



 とても地方ニャの速度では無い。



「さすがですね……」



 ニャツキを遠目に見ながら、リリスが呟いた。



「あれくらい、


 できるようになってもらわないと困るわよ」



 リリスの呟きを聞いて、シャルロットがそう言った。



「えっ?」



「あれはまだ限界じゃない。


 ニャツキの走りは


 まだ成長してる。


 あなたも才能が有るんでしょう?


 今のニャツキにくらい


 追いついてもらわないとね」



「才能だなんて……」



「あら。


 ニャツキとヒナタの目が、


 節穴だって言うのね?


 あなたは」



「お姉さまの目は


 節穴なんかじゃありません!」



「そう。


 それならがんばりましょう。


 ……私もがんばるから」



「……努力します」



 ニャツキはひたすらに走り続けた。



「ふんふふんふふーん」



 傍から見れば凄まじいスピードだが、歌う余裕すら有るようだ。



「……おい」



 楽しそうなニャツキに、ヒナタが水を差した。



「えっ? 何ですか?」



「いつまで走る気だ?


 もう日が暮れるぞ」



 そう言われて、ニャツキは周囲を見た。



 日が沈む方角に、夕焼けが見えた。



 一緒に走っていたはずのリリスとシャルロットは、コース脇で休憩していた。



「……もうそんな時間なんですね」



「どうした? また緊張してるのか?」



 時間を忘れるほどのプレッシャーを感じているのだろうか。



 ヒナタはそう思っているようだ。



 そして、そのような質問は、ニャツキにとっては論外だった。



「は? 俺様がいつ緊張しましたか?


 何時何分何秒?


 地球何周まわった時?」



「……小学生かよ。


 緊張はしてないんだな?」



「はい。もちろんです。


 走りすぎてしまったのは


 ええと……。


 いつもより、少し楽しかったような……」



「楽しい? このコースがか?」



「自分でもハッキリとはわからないのですけど。


 ひょっとすると、


 呪文のおかげで


 いつもよりスピードが出るのが


 楽しかったのかもしれませんね」



 ニャツキはいつも、1人で走りの練習をする。



 ヒナタは本当のパートニャーでは無い。



 だから、合同練習など不要だ。



 そのような考えで、練習をこなしていた。



 だが、今日はヒナタが居た。



 ヒナタが居るときと居ないときで、何が違うのか。



 1番の違いは、強化呪文の有無だ。



 強化呪文を受けることで、ニャツキはいつもより、遥かに速く走ることができた。



 それがきっと、自分を楽しくさせてしまったのだろう。



 ニャツキはそう推測した。



「ええ。きっとそうです。


 他にそれらしい理由も


 見当たりませんしね」



「まあ、問題が無いのなら良いが」



「ふふっ。


 心配してくださるんですか?」



「前に言ったろ。


 おまえが勝ってくれなきゃ、


 ジョッキーとしての箔が


 俺につかねーからな」



「なら、俺様が勝つように


 鞍の上から応援していてください。


 まあ、おまえの応援など無くとも


 俺様は負けないのですけどね」



「ソーデスカ」



「ホテルに帰りましょうか」



 着替えを済ませると、ニャツキたちはホテルへと戻った。



 そして夕食を済ませると、自室で休憩した。



 ヒョーゴのレースでは、ニャツキは2人部屋に泊まった。



 だが、今回は1人部屋だった。



 ここにリリスの姿は無い。



 静かだった。



 そのうちリリスが遊びに来るかもしれない。



 そんなふうに思いながら、ニャツキはのんびりと過ごしていた。



 すると、ポケットで携帯が鳴った。



 ニャツキはすぐに携帯を取り出し、電話に出た。



「もしもし?」



「ニャツキ。お父さんだ」



 電話の相手は、ニャツキの父であるケンイチだった。



「パパ?」



 激励の電話だろうか。



 ニャツキは一瞬そう考えた。



 だが、ケンイチの声音は、真剣だった。



 日常会話をしようという雰囲気では無かった。



「実はな、


 ミイナの陣痛が始まった。


 それで今は、


 家族で病院に居る」



「えっ!? 大変じゃないですか!?」



 愛する母の一大事と聞いて、ニャツキの声が大きくなった。



 ニャツキの猫耳と尻尾が、ピンと立ち上がった。



「そう慌てるな。


 ミイナは強い女だ。


 無事に元気な子を


 産んでくれるさ」



「……堂々としていますね」



「まあ、これで3回目だしな。


 そういうわけで、


 ニャツキのレースが始まる前には、


 新しい家族が


 産まれてると思う」



「これは……負けられませんね。


 お姉ちゃんとして、


 末っ子に勝利を


 プレゼントしなくては」



「がんばれ。ニャツキ」



「はい。がんばります。


 パパはママのそばに


 居てあげてください」



「ああ。それじゃ」



 電話が切れた。



 ニャツキは1人寝室で、レースへの闘志を漲らせた。



 ……その後やってきたリリスとシャルロットによって、その雰囲気は崩されてしまったのだが。




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