その40「飛行機とモンベツねこフロート」




 ヒナタはねこセンターの建物から出て行った。



 ニャツキはリリスに声をかけた。



「さて、俺様たちは


 ホテルに戻りましょうか」



「そうですね」



 2人はヒナタから少し遅れて、ねこセンターの外に出た。



「1回! 1回だけで良いから!」



 聞きなれた声が、ニャツキの耳に届いた。



 ヒナタが猫に、言い寄っているのが見えた。



「変わりませんね。あの男は」



 ニャツキは呆れたように言った。



 リリスもそれに賛同した。



「まったく。懲りない男です」



 どうしようもないスカウト下手のジョッキーを放置し、ニャツキはホテルに帰った。



 ホテルのロビーに入ると、リリスがニャツキに話しかけた。



「お姉さま。


 今日はこれからどうされますか?」



「ダンジョンに行って


 魔石を調達してこようと思います。


 あなたはマジメに


 トレーニングをこなし、


 走りを磨くということを知りました。


 今だからこそ、


 あなたにも魔石が必要でしょう」



「お姉さま……私も一緒に……」



「ダメだと言ったでしょう?


 何度も言わせないでください。


 怒りますよ?


 ランニャーがダンジョンに潜るなど、


 言語道断です」



「だけど、心配で……」



「俺様ならだいじょうぶです。


 慣れていますから。


 それよりも、


 新しく来た子たちの


 面倒を見てあげてください」



「……はい」



 ニャツキはリリスと別れ、自室に戻った。



 そこでダンジョン用の支度を整えて、ホテルから出て行った。



 夕方になった。



 猫姿のニャツキが、ホテルに帰って来た。



「お姉さま!」



 ニャツキがロビーに入ると、リリスが彼女を出迎えた。



「リリスさん」



「……お帰りなさい。お姉さま」



「はい。ただいま帰りました」




 ……。




 オモリたちをホテルに迎えたことで、ホテルヤニャギから、暇という字が消えた。



 アキコとミヤは、全員の生活をサポートするために、よく働くようになった。



 ヒナタも夜になると、ミヤの仕事を手伝っているようだった。



 ニャツキの生活は、特に忙しさを増した。



 今までは、リリス1人の面倒を見ていれば良かった。



 オモリたちが加わったことで、ニャツキが鍛えるべき人数は、一気に5倍になった。



 ニャツキはトレーニャーライセンスを持たない。



 ライセンスを持たない者が、ランニャーへの指導で報酬を得ることはできない。



 オモリたちへの指導は、全て無償で行われた。



 アキコは、新しくトレーニャーを雇い入れることも提案してきた。



 だが、ニャツキはそれを却下した。



 界隈に居るトレーニャーというのは、ウェイトトレーニングを否定している連中だ。



 自分が担当する猫に、ヘタな真似はさせられない。



 三流トレーニャーに、可愛い猫たちを預けたくはない。



 ニャツキはそう考えていた。



 ニャツキはマジメにオモリたちのトレーニングを見て、ダンジョンにも潜った。



 その上で、自分自身の走りの質も、維持しなくてはならなかった。



 あっという間に、半月以上の時間が過ぎた。



 そして、レースの前日になった。



「行ってらっしゃい」



 ホテルの駐車場で、アキコがニャツキたちにそう言った。



「はい。行ってきます」



 アキコの見送りの言葉に、ニャツキが答えた。



 次にリリスが口を開いた。



「あの、ホッカイドーまで


 車で行くんですか?」



 リリスが疑問を口にした。



 リリスたちは、前と同様に、ミニバンの前に集まっていた。



 目的地であるホッカイドーは、ヒョーゴよりも遥かに遠い。



 車で移動すると、かなりの時間がかかるはずだが……。



 そんなリリスの疑問に、ミヤが答えた。



「ううん。


 車で空港まで行って、


 そこから飛行機で


 直接ねこフロートに行く」



「飛行機……!


 あの私、


 パスポートとか用意してませんけど」



 リリスの言葉に、ニャツキがツッコミを入れた。



「……ホッカイドーは


 ニャホン国内ですよ。


 ニャホンの国内線では


 パスポートは必要ありません。


 海外だと、


 国内旅行でも


 パスポートが必要になることも


 有るらしいですけどね」



「そうですか。


 そうでしたね。


 ところで……。


 どうしてこの人も


 一緒に居るんですか?」



「ん? 俺か?」



 リリスの疑問を受けて、ヒナタが口を開いた。



 前のレースの時、ヒナタは別行動だった。



 だが今回は、いつものバイクには跨らず、ミニバンの近くに集まっていた。



「そうです。


 ご自慢のバイクはどうしたんですか?」



「バイクでホッカイドーはキツいだろ?


 今日は


 いっしょの飛行機に乗ることにした。


 んで、それなら一緒の車で


 良いかって話になった」



「もっと


 ご自分のバイクの力を


 信じてみてはいかがですか?」



「時間が足りねえよ」



「あの、早く乗ってくださいよ」



 じゃれあう2人を見て、ニャツキが口を開いた。



 いつの間にかニャツキは、ミニバンの座席に腰掛けていた。



 ミヤやシャルロットも、既に車に乗り込んでいる様子だった。



「おう」



 ヒナタは助手席の真後ろにある、ニャツキの隣の席に座ろうとした。



 するとリリスが抗議の声を上げた。



「ちょっと!


 何をさらっとお姉さまの隣に!?


 そこは私の指定席ですよ!?」



「はいはい」



 ヒナタは脱力気味に言うと、1度ミニバンから下りた。



 入れ替わりで、リリスがニャツキの隣に座った。



 ヒナタは最後部に有る、シャルロットの隣の席に座った。



 空きの席は、助手席だけになった。



 腰を落ち着けたヒナタは、シャルロットに声をかけた。



「よろしく」



「ええ。よろしくね」



 シャルロットはヒナタに、友好的な笑みを向けた。



「出して良い?」



 運転席のミヤが、一行にたずねてきた。



「どうぞ」



 4人を代表して、ニャツキが口を開いた。



 ミニバンが出発した。



 ホテルの窓から、オモリがニャツキを見ていた。



 ニャツキはそれに気付くと、彼女に軽く手を振った。



 ミニバンは、アイチ県のトコナメへと向かった。



 そこには中部国際空港が有り、セントレアの愛称で呼ばれている。



 空港にたどり着いた一行は、飛行機に乗り込んでいった。



「ええと……俺の席は……」



 航空券を見て、ヒナタは自分の席を探した。



 そして、すぐに席を見つけ、腰を下ろした。



 すると、ニャツキが口を開いた。



「おまえの隣ですか」



 それを聞いて、リリスが絶望的な声を漏らした。



「えっ……」



 ヒナタはすぐに席から立ち上がった。



 そしてリリスに話しかけた。



「ニャカメグロ。席代わるか?」



「えっ? 良いんですか?」



「どうせ騒ぐだろ。おまえは」



「……ありがとうございます」



 礼を言った直後に、リリスはヒナタに人差し指を向けた。



「こ……こんなことで恩を売ったと


 思わないことですね!


 キタカゼ=ヒナタ!」



「分かってるよ。


 おまえの席は?」



「ええと、ミヤさんの隣ですね」



「ん」



 ヒナタはミヤの隣に座った。



 すぐ近くに来た弟に、ミヤは微笑みかけた。



「ふふっ。


 隣同士だね。ヒナタ」



「そだな」



「ねえ、ミヤ」



 1人あぶれていたシャルロットが、ミヤに声をかけてきた。



「何?」



「私、窓際の席が良いわ。


 交代してくれない?」



「嫌」



「えっ」



「絶対に嫌」



「ナンデ?」




 ……。




 ホッカイドーの南の海、その上空に、浮遊島が浮かんでいた。



 モンベツねこフロートだ。



 ニャツキたちが乗る飛行機が、ねこフロートに着陸した。



 ニャツキたちは、ねこフロートの空港を出ると、バスでホテルへと向かった。



 チェックインを済ませると、一行は、それぞれの部屋に散っていった。



「…………」



 ヒナタは寝室のベッドに、腰を下ろしていた。



 のんびりとしていると、出入り口のドアがノックされた。



 ヒナタはすぐにベッドから立ち上がり、ドアの方へと向かった。



「おまえか」



「俺様です」



 ドアを開けると、そこには銀髪のネコマタの姿が有った。



 ニャツキは腕に、大きな包みを抱えていた。



 ヒナタの予想が正しければ、中には鞍が入っているのだろう。



「何の用だ?


 デートのお誘いか?」



「そんなことを言って、


 俺様に興味なんて無いくせに。


 車の時も、


 飛行機の時も、


 あっさりとリリスさんに


 席を譲りましたね?


 この美しい俺様の


 隣になれたというのに」



「おまえが俺に興味が無いんだろ。


 だったら、


 おまえに構うだけ時間の無駄だ。


 それで?


 本題は?」



「走りに行きましょう。


 リリスさん、


 シャルロットさんと一緒に。


 1日運動しないと


 体が錆び付いてしまいますからね」



「いつもみたいに


 おまえらだけで


 走ってくりゃ良いだろ?


 どうして今日に限って


 俺を誘うんだ?」



「俺様、考えたのですよ」



「何を?」



「前回のレースの


 スタートについてです。


 あの日の俺様は、


 なぜかスタートに出遅れて、


 オモリさんたちに


 囲まれてしまいました。


 どうしてだかわかりますか?」



「そりゃあ緊張してたからだろ?」



「ありえませんね。


 この天才の俺様が、


 緊張など


 するはずがありません」



「ソウデスカ」



「それではどうして、


 俺様は出遅れたのだと思いますか?


 天才であるにもかかわらず」



「さあな。


 天才様の考えることは、


 凡人の俺にはわからねーよ」



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