その38「サクラとリターンマッチ」




「負けたわ」



「知ってますけど?」



 オモリは苦笑して去っていった。



 ニャツキはヒナタを乗せたまま、ミヤの所へと向かった。



 ミヤは装鞍室の前で、ニャツキたちを待っていた。



「お疲れ様」



 ミヤは微笑んだ。



「勝ちました」



「うん。モニターで見てた。


 おめでとう。


 ヒナタもお疲れ様。


 ……けど、ムチャな騎乗は良くない。


 体はだいじょうぶ?」



「べつに、あの程度で……」



 平気なフリをしたヒナタの体を、ミヤはペタペタと触った。



 するとヒナタは、苦痛の声を漏らした。



「いたたっ」



「嘘つき」



「この程度は


 男の怪我には入らねーんだよ」



 ヒナタはそっぽを向いて言った。



 だが、そんな男の意地は、姉には通用しない。



「入る」



 ミヤにきっぱりと言い切られると、ヒナタは言葉が出なくなった。



「む……」



「医務室に行って。


 きちんと治療を受けてきなさい」



「治癒術くらい、


 俺だって使えるさ」



 ジョッキーは、治癒術師だ。



 知識では医者に負けるが、治療のエキスパートだと言える。



「レースで疲れてるでしょ?


 意地張らないの」



「べつにそんなに疲れてねーけど」



「良いから」



 ヒナタの体感では、魔力には余裕が有った。



 魔力とは、少し休めばある程度は回復するものだ。



 レースで消費した魔力も、多少は戻ってきている。



 だが、ミヤがしつこいので、医務室に行くことに決めたようだ。



「はいはい」



 ヒナタはニャツキから下り、ミヤの前から立ち去ろうとした。



「あの……!」



 ニャツキがヒナタを呼び止めた。



「何だ?」



 ヒナタは気だるそうに振り返った。



「……どうしてですか?


 俺様は、


 おまえに酷い扱いをしているのに。


 どうして怪我をするほど


 がんばってくれたのですか?」



「べつに、おまえのためじゃねーよ」



「だったらどうして……」



「忘れたのかよ?


 俺がおまえに乗ってるのは、


 ジョッキーとしての実績をあげて


 パートニャーを見つける


 足がかりにするためだ。


 自分のレースじゃ無いからって、


 負けてたら意味がねーだろうがよ。


 おまえから離れるためにやったのであって


 おまえの為じゃねーよ」



「むぅ……」



「それに……。


 あいつらのやり方は、


 あんまり気分の良いもんでも


 無かったしな」



 そういうとヒナタは、医務室が有る方へと歩いていった。



「お姉さま!」



 猫姿のリリスが、ニャツキに声をかけてきた。



 その隣には、シャルロットの姿も有った。



「リリスさん」



「見ていてくれましたか?


 私、3位ですよ。3位。


 デビュー戦で入着できるなんて、


 夢みたいです」



(俺様は


 あなたの前に居たので、


 ちっとも見ていませんでした。


 そもそも、たかが3位で喜ぶとは、


 志が低い。


 負けて悔しくないのですか?)



 ニャツキがリリスの順位だったなら、絶対に喜べはしなかっただろう。



 そう思っているから、無邪気に喜ぶリリスを見て、冷めた気持ちになってしまう。



 たかが新ニャ戦だ。



 周りに居るねこは、ザコしか居ない。



 今のリリスの脚なら、2着になることも不可能では無かったはずだ。



 それが3着というのは、どこかで失策が有ったのではないか。



 だというのに、何をヘラヘラと笑っているのか。



 ニャツキはそんな風に考えてしまっていた。



(これがマニャさんだったら……)



 キタカゼ=マニャは、負ければ負けるほど、闘志を漲らせる猫だった。



 だからナツキも、全力で彼女の期待に応えようとした。



 そしてついには、彼女は二冠ニャにまでなった。



(マニャさん……マニャさん……。


 ……………………。


 キタカゼ=マニャ?


 あのクズが何だと言うのですか……?)



 ごん、と。



 ニャツキは自分の横っ面を殴りつけた。



「お姉さま!?」



 突然の自傷に、リリスが驚きの声を上げた。



 頬が痛い。



 あまりもの痛みに、ニャツキは我に返った。



「いえ。その。


 喜びの表現です」



「えっ……。


 その、変わった感情表現ですね」



「天才ですから」



 ニャツキは意識的に笑顔を作った。



 そして、あたりさわりの無い賛辞を口にした。



「おめでとうございます。


 よくがんばりましたね」



「はい!


 お姉さまが言っていることが、


 少し分かったような気がします」



「俺様、何か言いましたっけ?」



「走りで1番大切なのは


 魔石なんかじゃ無いということです。


 少しですけど


 確実に自分が速くなっているのが


 実感できました」



「良かったですね。


 今後も慢心することなく


 自分の走りを磨いていってください」



「はい! がんばります!」



 そのとき。



「ハヤテ=ニャツキ!」



 ニャツキの名が、力強く呼ばれた。



 ニャツキは声の方を見た。



 バクエンジ=サクラが、そこに立っていた。



 後ろには、取り巻きの姿が見えた。



 2人の表情は苦々しい。



 ムサシもコジロウも、敗北の悔しさを隠せない様子だった。



 ニャツキが口を開いた。



「こんにちは。サクラさん。


 こちらは1着と3着。


 そちらは2着と4着。


 当然、


 1着が居る方が偉いですからね。


 勝負は俺様たちの勝ちのようですね」



「……そうだな」



「俺様たちが負けたら、


 土下座をするというお話でしたが、


 そちらが負けた場合は


 どうしていただけるのでしたっけ?


 そちらのお二方が、


 土下座を見せていただけるのでしょうかね?」



「うぅ……」



 ニャツキの言葉を受けて、ムサシが呻いた。



「……待て」



 サクラがそう言った。



 それを聞いて、ニャツキが尋ねた。



「待つ? 何を?」



 サクラは瞳に闘志を宿らせて言った。



「舎弟を負かされて、


 黙って見てるわけにはいかねえ。


 ハヤテ=ニャツキ!


 私と勝負しろ!


 私が勝ったら、


 2人の土下座はナシだ!」



 それはニャツキにとっては、実にそそられない提案だった。



「負けをチャラにしろと?


 ずいぶんと、そちらに都合が良い話ですね。


 そんな条件をのませようと言うのですから、


 もしそちらが連敗すれば、


 それなりの対価は


 支払っていただけるのでしょうかね?」



「対価だと……?」



「ええ。


 こちらとしては、


 もう決着がついた話なのですよ?


 それをわざわざ


 勝負してくださいと言うのなら、


 それなりの誠意は必要でしょう?」



「っ……。


 どうしろってんだよ?


 私に」



「そうですねぇ。


 次のレース、


 俺様が勝ったら、


 あなたには今居るホテルを


 やめてもらいましょうか」



「な……!」



 重い条件だ。



 そう感じ、サクラは絶句した。



「そんな……あねさん……」



 後ろに居るコジロウは、悲しそうな顔を見せた。



 ムサシは怒り、ニャツキに抗議してきた。



「ムチャクチャっス!」



「お嫌でしたか?


 それならこの話は無かったことに……」



 話を打ち切ろうとしたニャツキに、サクラが手のひらを向けた。



「……待て!


 ここまで来て引き下がれるかよ。


 その話、受けるぜ」



「良い覚悟です」



 ニャツキは薄く笑った。



 宇宙最強の自分に、果敢に挑もうとする闘志を、ニャツキは微笑ましく感じていた。



 その視線は、ランニャーがライバルに向けるものでは無かった。



 トレーニャーがランニャーに向ける視線で、ニャツキはサクラを見下ろしていた。




 ……。




 同日。



 チバ県南西に浮かぶ、ナカヤマねこフロート。



 ナカヤマ競ニャ場。



『やはり今年もッ!


 ねこ王の座に輝いたのはッ!


 絶対王者!


 キタカゼ=マニャだあああぁぁぁっ!』



 実況の叫びが轟いた。



 2着と10ニャ身以上の差をつけて、マニャがゴールを抜けた。



 ニャホンで3つ有る、S級レース。



 その最初のレースである、ねこ王杯。



 去年と同様に、マニャが優勝を掴み取った。



 絶対王者は健在だった。



 ……今のところは。




 ……。




「そういうわけで、


 次のレースもよろしくお願いしますね」



 ソノダ競ニャ場の駐車場で、ニャツキはヒナタと出くわした。



 偶然では無い。



 ヒナタが治療を終えて来るのを、ニャツキが待っていたのだった。



 ニャツキはヒナタに、サクラと対決する事になったという話をした。



「……おまえさぁ


 なんで毎回面倒事を


 引き込んでくるワケ?」



「べつに構わないでしょう?


 俺様たちが何をしていようが


 おまえの仕事は


 変わらないのですから」



「それもそうか」



「そうですよ」



「そういうわけですから、


 スケジュールを空けておいてくださいね。


 ……まあ、スケジュールを埋められるような良い話が


 有ればの話ですが」



「……わからねえぞ?


 一応、形の上では、


 俺はデビュー戦を、


 勝利で飾ったわけだからな。


 明日から、


 オファーの電話が


 鳴り止まないかもしれねーぞ?」



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