その37「衝撃と決着」




「話してみろよ」



「え……?」



「俺はおまえについて、


 何も知らねー。


 きちんと相手のことを知らなきゃ、


 相談のしようも無いだろ?」



「ですが……」



 ニャツキは自分のカースについて話すことに、気が乗らない様子だった。



 自分のカースに、よほど自信が無いのだろう。



 ふだん自信家な彼女にしては、珍しいことだった。



「良いから話せよ。


 笑ったりなんかしないからさ」



「はぁ!?


 俺様が


 おまえに笑われるのを


 怖がっているとでも


 思っているのですか!?」



「いいや。


 けどそれじゃあ、


 なにをためらう必要が有る?


 タダだろ。


 カースのことを話すのなんか」



 勝つために出来ることは、全部やるべきだ。



 ヒナタはそう考えているようだ。



 ニャツキもその考えには賛成だった。



(怖くなんか、ないです。


 ただ、俺様のカースが


 本当に大したことが無いというだけで……)



 デメリットが無いのなら、話すのは当然のことだ。



 そう考えたニャツキは、固い表情で口を開いた。



「……良いでしょう。


 そんなに聞きたいのなら


 話してさしあげます。


 ……聞いてガッカリしないように。


 良いですね?


 約束ですよ?」



「しないからさ」



「では……」



 予防線のような言葉の後、ニャツキは自分のカースについて話し始めた。




 ……。




「…………」



 作戦会議は終わった。



 2人の心は、現実世界へと帰って来ていた。



 相変わらずニャツキの周囲は、4頭の猫に囲まれていた。



 ニャツキにかけられたカースにも、特に変化は無い。



 先頭集団との距離は、どんどんと離れていっている。



 つらい現実が、勝手に都合良く好転することなど無かった。



 変わらず苦境に居る。



 ニャツキとヒナタは、実力をもって困難を打破しなくてはならない。



 だが、少し前まで泣きそうだったニャツキの目は、まっすぐに前を見据えていた。



「それじゃ、大博打と行こうぜ」



 ヒナタは楽しげに言った。



 それに対して、ニャツキはツンとした声音で返した。



「一か八かです。


 好きにしてください」



(何かする気?)



 抜け出させはしない。



 オモリはそう思い、ニャツキを注視した。



(もうレースも半分が過ぎた。


 いまさら……)



 そのとき、ヒナタが呪文を唱えた。



「応援花、満開」



(何? この呪文は……)



 それはオモリにとっては、聞きなれない呪文だった。



「っ……!


 花びらが……!?」



 花びらが待った。



 オモリは思わず瞠目した。



 輝く花びらが、ニャツキとヒナタを包み込んだ。



 オモリの視界から、ニャツキの姿が消えた。



 ヒナタの予想通り、オモリがカースを使うには、相手を見ている必要が有った。



 その条件が失われた。



 ずっと継続していたカースの力が、断ち切られた。



 オモリの瞳から、どろりとした輝きが消えた。



「これじゃあ私のカースが……!


 だけどどうするの……!?


 これだけ囲まれてたら、


 抜け出すことなんかできないでしょう!?」



 オモリは強がりのように叫んだ。



 カースを断たれても、4人の猫たちは、変わらずニャツキを包囲していた。



 いったいこの状況から、どうすれば抜け出せるというのか。



 そのとき。



「…………『翼猫-つばさねこ-』」



 凛とした声が、カース名を唱えた。



 飛び交う花びらの間から、銀の翼が飛び出した。



「羽……!? 猫に羽が……!?」



「行くぞ!」



 ヒナタの声に、ニャツキが答えた。



「はい!」



 ニャツキは地面を強く蹴り、跳び上がった。



「嘘……!?


 猫が飛ぶわけ無いでしょ……!?」



 オモリが思わず漏らした言葉を、ニャツキは肯定した。



(そう。この羽は、


 そんなに便利なモノではありませんよ。


 ほんの少し滞空できるだけの、


 グライダーのようなモノ)



 自分のカースの貧弱さは、ニャツキ本人が、一番良くわかっていた。



 こんな羽が生えたところで、レースでは大した役にも立たない。



 ふんわりとした滞空では、4人の間を抜け出すこともできない。



 それが分かっているこそ、ニャツキはヒナタに話をするのも気が進まなかった。



(ですが……)



 2人は話し合った。



 だから……。



「風壁解除!」



 ヒナタが叫んだ。



 それは、バリア解除の合図だった。



(な……!?


 そんなことをしたら……!)



 ニャツキとヒナタの周囲から、風避けのバリアが消え去った。



 猫は、新幹線よりも速く走る。



 猫とジョッキーが受ける風圧も、新幹線以上だった。



「ぐううっ!」



 ヒナタは呻き声を上げた。



 身を引き裂くような衝撃波が、2人を直撃していた。



 暴風を受けたニャツキは、弾かれるようにオモリの後ろへと飛んだ。



「風壁……!」



 ヒナタはすぐに呪文を唱え、バリアを復活させた。



 ニャツキは羽を消滅させ、コースへと着陸した。



「ごほっ……」



 ヒナタの口から血が溢れた。



「だいじょうぶですか!?」



 負傷したはずのヒナタに、ニャツキは呼びかけた。



 2人が受けた衝撃は、常人なら即死しているレベルのものだ。



 ヒナタは口に残った血を、吐き捨てて叫んだ。



「レベルは上げてる!


 俺の心配なんかしてる場合か!」



「……行きます!」



 ニャツキは急激に加速した。



 後ろに弾かれたことで、オモリたちとの間に、かなりの距離ができていた。



 並のFランク猫では、追いつくことは不可能だろう。



 だが、ニャツキはただのFランク猫では無い。



 あっという間に4頭の猫に追いつき、そして抜き去った。



 花びらに守られたニャツキに、オモリのカースは届かなかった。



「抜けられた……!?


 だけど……。


 もうレースは終盤。


 先頭には追いつけない……!」



 先頭の猫たちは、最後の直線前の、大カーブにさしかかっていた。



 もうレースは、残り2割を切ったところだ。



 そして、ニャツキと先頭集団の間には、500ニャ身以上の差ができていた。



 常識で考えれば、絶望的な距離だと言えた。



「いいえ。


 追いつきますよ。


 俺様ならね」



 ニャツキはさらに加速した。



 みるみると、4人から遠ざかっていった。



 4人も手を抜いて走っているわけではない。



 ニャツキに追いつこうと、必死で大地を蹴っていた。



 だが、ニャツキと4人の距離が縮まることは、決して無かった。



「そんな……。


 同じ猫なのに……ここまで差が有るの……!?」



 ニャツキが左コーナーを曲がった。



 4人の視界から、ニャツキの姿が消えうせた。




 ……。




 先頭集団の3頭が、激しく火花を散らしていた。



 リリス、ムサシ、コジロウは、先頭を譲るまいと、全力で競い合っていた。



 優勝するのは自分だ。



 ムサシとコジロウの瞳からは、そんな熱意がほとばしっていた。



 だが……。



「……来る」



 リリスが言った。



 真剣なレース中に、いきなり何だというのか。



 ムサシが苛立った様子を見せた。



「はあ!? 何を言ってるっスか!?」



「お姉さまが……来る……」



「えっ……?」



 ひゅんと、ムサシの視界の端で、花びらが舞った。



 大外から、ニャツキが先頭に踊り出た。



「抜かされた……!?」



 コジロウがニャツキを睨んだ。



「っ……! 負けられない……!」



 ここまで来て、優勝を譲ってたまるか。



 先頭を走っていた3人が、全力でニャツキを追った。



 だが……。



「どうして追いつけないんスか……!?」



「あねさん……すいません……」



「ああ……。


 やっぱりお姉さまは速いなぁ……」



 当然の権利とでも言わんばかりに、ニャツキは1着でゴールを抜けた。



 2着、ムサシ。



 3着、リリス。



 4着、コジロウ。



 そういう結果に終わった。



 クライシ=オモリは15着。



 最下位だった。



「やった……!


 やりましたよ……!


 ヒナタさん……!


 まあ、俺様の実力なら


 当然の結果ですけどね。


 ふふっ」



 ニャツキはうきうきとした声で、鞍上のヒナタに声をかけた。



「…………」



 そんなニャツキの言葉に、ヒナタは答えなかった。



「ちょっと、


 せっかく勝ったんですから、


 なんとか言ったらどうですか」



「ん? べつに。


 俺のレースじゃねーし」



 ヒナタは興味なさげにそう言った。



「むぅ……」



 喜びを分かち合いたかったニャツキの顔がむくれた。




 ……。




 レースが終わり、選手たちは装鞍所に向かった。



 その道中で、オモリがニャツキに近付いてきた。



 オモリの鞍に、ジョッキーの姿は無かった。



「……完敗ね。


 あそこまでしても、


 足止めさえできないなんて。


 本当の才能というのは


 こういうものなのね。


 妬けるわ」



「俺様が天才なのは


 事実ですけど、


 人の才能に嫉妬する前に、


 まずはやるべき事を


 やったらどうなのですか?」



「やるべき事?」



「正しい努力ですよ」



「……耳に痛い正論ね。


 けど、きっともう無理だわ」



「どうして?」



「あなたの妨害に力を使ったせいで、


 私の走りはボロボロ。


 ジョッキーさんにも怒られてしまったわ。


 こんな私は、


 ホテルからも


 見放されてしまうでしょう。


 あなたを勝たせてしまったから、


 報酬の魔石も貰えない。


 もう終わりよ。私は」



「自業自得ですね」



「……そうね」



「ですが。


 まだ速くなりたいという気持ちが


 残っているのなら、


 ウチのホテルに来ませんか?


 鍛えてさしあげますよ」



「……どうして?


 どうして手をさしのべるような事をするの?


 私はあなたに酷いことをしたのに」



「んー。そうですねえ。


 結局は勝てたので、


 許してあげます。


 もし負けていたら、


 一生許さなかったと思いますけど」



「あなたって……」




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