その35「スタートダッシュと罠」
「……ヒナタさん」
ニャツキは鞍上のヒナタに声をかけた。
「どうした?」
「あなた方は、
きょうだいでキスをするんですか?」
「ん? きょうだいなら普通だろ」
「ニャホン人らしくは無いと思います」
「そうか?」
「そうです」
「まあ、気にすんな」
「……そうですね」
そのとき。
「ねこさん! きれいなねこさん!」
小さな女の子が、ニャツキを指差して言った。
その両隣には、両親らしき男女の姿も見えた。
親子で競ニャを見に来たらしい。
幼い子供が競ニャ好きというのは、滅多に有ることではない。
父親の趣味だろうかとニャツキは思った。
とはいえNRAは、競ニャのイメージのクリーン化に努めている。
最近では、競ニャを題材にした若者向けゲームなども有る。
マニャの扱いが良いのが嫌で、ニャツキはそのゲームをやらなかったが。
競ニャ好きのちびっこが居ても、おかしいことでは無いのかもしれない。
(ご指名だぞ。きれいなねこさん)
ニャツキの意識下に、ヒナタの声が響いた。
魔導手綱による念話だった。
ニャツキは念話によって、ヒナタに言葉を返した。
(構わないといけませんか?)
(ファンサービスも
ランニャーの仕事の内だろ)
(媚びなければ
ついてこないファンになど、
興味はありませんが。
そういうのは、走りの価値がわからない連中でしょう?)
(緊張してんのか?)
(え……?)
(普段の
世話焼きなおまえなら、
子供を放っておくなんてことは
無いと思うんだがな。
レース前で
ピリピリしてるみたいだな?
いつも大口叩いてても、
結局は、おまえも猫の子ってことか)
(……緊張なんかしてません!)
(だったら、子供相手にツンツンすんなよ)
(……わかりましたよ。
構えば良いんでしょう? 構えば)
ニャツキはゆっくりと、子供の方へ歩いていった。
そして、柵に頭がつくほどの位置で、立ち止まった。
幼女が手を伸ばせば、ニャツキに手が届く距離だ。
推しの接近に、女の子はわくわくした様子を見せた。
「わっ! こっちに来たよ。
撫でて良い?」
小さくても、勝手に触れるのはマナー違反だと分かっているらしい。
それで幼女はそう尋ねてきた。
ニャツキより先に、ヒナタが口を開いた。
「良いぞ。好きなだけモフれ」
(勝手に決めないでください)
勝手な返事をしたヒナタに、ニャツキは念話で抗議をした。
ヒナタは悪びれることなく、にやにやと笑っていた。
(ケチケチすんなよ)
女の子の手が、ニャツキの頭に伸びた。
撫でやすいように、ニャツキは少し頭を下げた。
小さな手が、ニャツキの頭に触れた。
もふもふの毛並みを楽しみながら、幼女はヒナタに尋ねた。
「このねこさんのお名前は?」
「俺様の名は、ハヤテ=ニャツキです」
「しゃべったあああああぁぁぁっ!?」
言葉を発したニャツキを見て、幼女は驚きの声を発した。
「それは喋りますよ。
ネコマタですから」
ニャツキが平然と言うと、幼女もすぐに落ち着きを取り戻した。
「ふーん? そうなんだ?」
「そうなんです」
「ねこさんって、次のレースに出るんでしょう?」
「そうですね」
「がんばってね。
わたし、ねこさんを応援するから」
「俺様を? どうして?
猫なら他にも居るでしょうに」
「キラキラで、きれいだから」
「まあ、それは綺麗ですが」
「すげえ自信だなおまえ」
「ママの血をひいていますから」
「おまえの母親って
そんなにえらっそうなの?」
「容姿の話ですが!?
……それであなた」
「なに?」
「俺様は
ぶっちぎりで優勝しますから。
安心して見ていてください」
「うん! わかった!
じゃあね。ねこさん」
親子はニャツキから離れていった。
観客席に移動するのだろう。
歩きながら、女の子は父親に言った。
「おとうさん。
おこづかいちょうだい。
ニャけん買いたい」
「ダメよ。その歳でニャけんなんて」
母親が、女の子をたしなめた。
それに対し、父親がこう言った。
「いいじゃないか。
記念に買ってあげよう。
……1番やすいので良いよな?」
親子が去っていくのを眺めながら、ヒナタはニャツキに話しかけた。
「ちょっとは緊張もほぐれたか?」
「は? 緊張など微塵もしていませんが?」
「それなら良いが」
『第1レースに出場される皆様は、レース場に入場してください』
パドックに放送が流れた。
「行くか」
「行きましょう」
競争ニャたちはパドックを出た。
そして、レースコースへと向かった。
選手用の通路を通り、ニャツキたちはコースに入った。
そして、レースのスタート地点へと向かった。
スタート地点の近くには、客席が有った。
地方の新ニャ戦なので、大盛況というほどの客入りでは無かった。
15頭の猫たちが、出走ゲートの前に立った。
ゲートは物理的なものでは無かった。
魔術的な、半透明の障壁の前で、猫たちは出走の時を待った。
(だいじょうぶ……。
俺様の走りなら勝てます。
勝ちます。
そのために、様々な事を積み重ねてきたのですから)
ニャツキは自分にそう言い聞かせた。
そして、ピリピリとした声音で、ヒナタに話しかけた。
「おい、おまえ」
「ん~?」
きつい感じのニャツキに対し、ヒナタはのんびりと声を返した。
「さっさと強化呪文をかけてください」
「まだ良いと思うが」
「念のためです。早く」
「はいはい。
風壁、活炎」
ヒナタは呪文を唱えた。
ニャツキの体が、ヒナタの呪文に強化された。
レースはまだ始まらない。
ニャツキは体をむずむずとさせながら待った。
やがて、レースの開始を告げるファンファーレが、競ニャ場に響いた。
(来た……!)
直後、空中に、立体映像でのカウントダウンが表示された。
「始まりますよ」
「…………」
ニャツキの声に、ヒナタは何も返さなった。
彼のやる気の無い顔は、ニャツキからは見えなかった。
立体映像の数字が、数を減らしていく。
3、2、1。
そして、ゼロになった。
ニャツキの眼前から、魔導ゲートが消えた。
ニャツキはぐっと大地を蹴った。
各ニャ、スタート地点から飛び出した。
ねこカメラが宙を舞い、拡大されたねこたちの姿が、空中に映しだされた。
レース中の猫は、凄まじい速度で走るが、意外に視認しやすい。
身にまとった治癒術の炎が、長く美しい軌跡を描くためだ。
だがそれでも、競ニャ場は広く、観客席から全ては見渡せない。
カメラによる中継が、競ニャ観戦のメインディッシュだと言えた。
「あれっ……」
ニャツキは、戸惑いの声を上げた。
ニャツキは15頭が作る一団の、後方に居た。
(出遅れた……!? どうして……!?)
速い猫というのは、スタートも速いものだ。
一気に飛び出して、猫たちの先頭に立つ。
ニャツキはその予定だった。
だが、想像に反し、ニャツキは出遅れてしまっていた。
鞍から状況を俯瞰するヒナタには、出遅れの原因はハッキリと分かっていた。
(やっぱりこいつ、固くなってやがるな)
緊張すれば、体は強張る。
強張りは、四肢から柔軟さを奪う。
それはスタートダッシュの速度に直結した。
(まあ、これはこいつのレースだ。
勝とうが負けようが、
好きにやれば良いがな)
ヒナタは他人事のように、必死で走る猫たちを見回した。
「くっ……!」
スタートダッシュで失敗したくらいのことが、何だと言うのか。
ここからでも十分に巻き返せる。
ニャツキはそう考え、加速しようとした。
そのとき……。
「捕まえた」
ニャツキの後ろから、声が聞こえてきた。
「!?」
それは、聞き覚えの有る声だった。
クライシ=オモリ。
レース前の控え室で、ニャツキに声をかけてきた相手だった。
オモリは口を開き、唱えた。
「『空重石-そらおもし-』」
ずしりと、ニャツキの体が重くなった。
「これは……カース……!?」
ニャツキはすぐに、重さの正体に気付いた。
「その通り。そして……」
3頭の猫が、ニャツキの前と左右を塞いだ。
そして、後ろにはオモリが控えている。
ニャツキは4方を、猫たちに囲まれてしまった。
「ふふっ。逃げ場無しね」
行き場を無くしたニャツキを見て、オモリは笑った。
「どうして……!?」
彼女たちの行動は、明らかなニャツキ潰しだった。
ニャツキには、4頭もの猫に恨まれる覚えは無かった。
「どうしてって?
よくあることでしょう?
競ニャで猫が囲まれたりとか、
カースの応酬が有ったりというのは」
「俺様たちは
出遅れているのですよ!?
カースを使った分だけ、
あなたの魔力は減っていきます!
後ろの猫同士で
潰しあってどうするというのですか!?」
「あなた、他のホテルから
強引に猫を引き抜いたそうね?」
「えっ……?」
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