その24「苦しむ少女と熱血漢」
翌日。
ニャツキは朝食のため、食堂へと向かった。
ニャツキが食堂に入ると、ヒナタの姿が見えた。
彼は、昨日と同じ席に腰掛けていた。
「おはようございます」
「おはよう」
ニャツキはヒナタに挨拶をすると、自分の席に腰をかけた。
少しすると、ミヤも姿を現した。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよ」
3人は、椅子に座って待った。
だが……。
「リリスちゃん、遅いわね……」
テーブルの隣で、アキコが心配そうに言った。
朝食の時間を過ぎても、リリスが食堂に現れないのだった。
「電話してみましょう」
ニャツキがそう提案した。
「そうね。お願い」
ニャツキはポケットから、携帯を取り出した。
そして、リリスの番号を選び、電話をかけた。
少しすると、電話は無事につながった。
「うぅ……」
携帯のスピーカーから、呻くような声が、ニャツキの耳に届いた。
「リリスさん?
朝食の時間ですが、
出てこられますか?」
ニャツキがそう尋ねると……。
「痛いです……助けて……」
リリスは電話の向こう側から、ニャツキに助けを求めてきた。
「リリスさん……」
ニャツキは電話を切り、携帯をポケットにしまった。
「どうだった?」
電話を終えたニャツキに、ヒナタがそう尋ねてきた。
それでニャツキはこう答えた。
「苦しんでいる様子でしたね」
それを聞いて、ヒナタの表情が変わった。
「何だと……!?
あいつの部屋は!?」
ヒナタは焦った様子でそう尋ねてきた。
「703号室ですが」
「助けに行くぞ!」
ヒナタは勢い良く、椅子から飛び上がった。
そして、食堂から駆け去っていった。
「熱血ですねえ」
熱血漢なヒナタを、ニャツキはのんびりと見送った。
それを見て、アキコが心配そうに尋ねてきた。
「あの、そんなにのんびりしてて良いのかしら?」
「ええ。特に問題はありませんよ」
そう言ったニャツキの顔には、一片の焦りも見られなかった。
「だって、彼女はただの……」
……。
ヒナタは階段を駆け上がり、最上階へと出た。
そして、部屋番号を確認しながら、リリスの部屋へと向かった。
(703号室……ここだな……!)
ヒナタはリリスの部屋の前に立った。
そして、ドアノブに手をかけた。
ノブを回そうとしたが、ドアには鍵がかかっているらしかった。
ガチャガチャと音を立てるだけで、ドアが開く様子は無かった。
(っ……!
ヤニャギさんに言って
マスターキーを……!
いや……。
そんな暇は無い……!
人命優先だ!)
「はああああっ!」
ヒナタはドアに向かって、全力の蹴りを放った。
ホテルのドアというものは、頑丈にできている。
だが、ヒナタはジョッキーだ。
中央ライセンスを持つジョッキーは皆、ハイレベルの冒険者だ。
ヒナタの蹴りが、ドアの蝶番を破壊した。
木製のドアが、部屋の内側へと蹴り倒された。
障害物が消えうせると、ヒナタはスイートルームに駆け込んだ。
出入り口の先は、居間になっていた。
そこにリリスの姿は無いようだった。
ヒナタは居間の隣に、寝室が有ることに気付いた。
彼は寝室に飛び込んだ。
するとベッドの上に、リリスが倒れているのが見えた。
彼女はうつぶせで、ベッドに体を預けていた。
彼女の右手のそばには、携帯が落ちていた。
「ニャカメグロ!」
ヒナタはリリスの名字を呼び、彼女に駆け寄った。
「う……?」
「しっかりしろ!
いま治癒術をかけてやるからな!」
「いえ……私は……」
リリスが何かを言おうとした。
だが、それよりも早く、ヒナタが呪文を口にした。
「風癒! 風癒! 風癒!」
ヒナタが唱えたのは、風属性の治癒術だった。
ジョッキーは皆、治癒術のエキスパートだ。
普通の怪我であれば、これで完治するはずなのだが……。
「どうだ!? 楽になったか!?」
「いえ。ですから……」
リリスはまた、何かを言おうとした。
だがヒナタは、聞く耳を持たなかった。
「まだ足りないのか……!?
風癒! 風癒! 風癒! 風癒!」
ヒナタは呪文を唱え続けた。
そして……。
「う……限界か……すまん……ニャカメグロ……」
ヒナタの体から、がくりと力が抜けた。
呪文の乱用による、魔力切れだった。
ヒナタはリリスの上に倒れこんでいった。
「えっ!? ちょっと!
のしかかって来ないでください!?」
「…………」
リリスは抗議したが、ヒナタからの返事は無かった。
魔力を限界まで消費したせいで、意識を失ったようだった。
「勝手に人の上で
気絶しないでください!?」
「おやおや」
寝室に入って来たニャツキが、楽しそうに笑みを浮かべた。
「なんだかおもしろい事に
なっているようですねぇ」
「お姉さま!?
違うんです!
この男が勝手に……!」
「ええ。全部わかっていますよ。
ニヤニヤ」
「ぜんぜんわかって無い!?
みゃああああああぁぁぁっ!」
リリスの絶叫が、寝室に響いた。
……。
30分後。
リリスの部屋の居間で、ニャツキたちはソファに座っていた。
気絶したヒナタも、目を覚まし、元気そうにしていた。
魔力欠乏症に陥っていたが、姉のミヤから、魔力の補給を受けている。
そのおかげで、もう魔力には問題が無かった。
「……ただの筋肉痛?」
ニャツキが説明した内容を、ヒナタは呟くように口にした。
「ええ。
ウェイトトレーニングの後には、
よくあることです。
おまえが勝手に
勘違いをしただけなのですよ」
「……最低。最低です」
ヒナタの斜め前の位置から、リリスが彼を睨んでいた。
「けど、筋肉痛なら
回復呪文で治るんじゃ……?」
「猫の筋肉痛は、
ただ筋肉が痛んでいるというわけでは
ありませんからね。
筋肉の部位を通る
魔力回路が、
物理的な筋肉よりも
傷ついているのです。
なので、治癒術では
効き目が薄いのですね」
「そうなのか……」
「まあ、猫のウェイトトレーニングに関しては、
世間に正しい知識が
広まっていないようですから。
誤解してしまうのも、
ある程度までは
仕方ないと思います。
ですが取り乱して、
限界まで魔力を使ってしまうなんて、
冷静さが求められるジョッキーに
あるまじき失態ですねぇ」
「……言葉も無い」
ヒナタは俯いた。
ジョッキーとは、レースにおける司令塔だ。
猫よりも冷静に、状況を俯瞰する必要が有る。
今回のヒナタの行動は、失態以外の何者でもなかった。
「ですが。
お前はどうやら、
猫を大切にする人間のようですね。
ジョッキーにとっては、
大切な資質だと思いますよ」
「大切にされてませんが?
ムリヤリのしかかられたんですが?」
リリスはヒナタを睨んだまま言った。
ヒナタは怯んだ様子を見せた。
「う……」
「まあまあ。
リリスさん。
お体の具合はいかがですか?」
「……痛すぎます。
まさか、
猫の私が
こんな筋肉痛になるとは、
思ってもみませんでした」
「普通のランニャーは、
ウェイトトレーニングをしないようですからね。
キタカゼ=マニャも、
最初のトレーニングの翌日は、
筋肉痛で苦しんでいましたよ」
「マニャねえが?
お前、なんでそんなこと知ってるんだ?」
ヒナタがふしぎそうに尋ねた。
「……色々と情報源が有りますから」
「ああ……。ミヤねえか?」
「お好きなように解釈してください。
それでリリスさん。
だいぶ筋肉痛が重いようですが、
今日のトレーニングはどうしますか?」
「それは……」
「それでは、今日は休みということで」
「……すいません」
「謝ることではありませんよ。
また明日からがんばりましょう」
「明日……。
あの……」
「何でしょうか?」
「トレーニングのたびに、
こんなつらい思いを
しないといけないんでしょうか……?」
「いえ。
ふだん体を鍛えていない人ほど、
筋肉痛の症状は
重くなるものです。
回数を重ねるごとに、
痛みは少なくなっていくと思いますよ」
「ほっ……」
「とはいえ、
次は別部位の、
1回目のトレーニングですから。
今日と同じくらいの痛みは
覚悟しておいてくださいね」
「えっ……」
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