その23「痴女と被害者の男性」
ニャツキはリリスと共に、3階のジムへと向かった。
そしてリリスの補助を受け、ウェイトトレーニングを行った。
「お手伝い、ありがとうございました」
全てのトレーニングを済ませると、ニャツキはリリスに礼を言った。
「いえ。これくらい、当然のことです」
全く苦には思っていない様子で、リリスがそう言った。
次に、ニャツキがこう言った。
「シャワーを浴びてくるので、
先に帰っていただいて構いませんよ」
ニャツキは短時間だが、ハードなトレーニングを行った。
彼女の鼓動は早く、その肌は、汗で濡れていた。
「シャワー……!」
「リリスさん?」
「お背中を
お流しします……!」
運動をしていないはずのリリスの息が、なぜか荒くなっていた。
「結構です。
自分の体は
自分で洗った方が、
落ち着くので」
男としての記憶が有るニャツキは、女子の肌を見ることに抵抗が有った。
それで、このような申し出は、断ることに決めていた。
リリスはがっくりと肩を落とした。
どんよりとした雨雲のようなオーラが、彼女の周囲に見えるようだった。
「……残念です」
(何が?)
「それでは行ってきますね」
ニャツキは着替えが入った布袋を持ち、シャワールームへと足を向けた。
そんなニャツキを、リリスが呼び止めた。
「あの、そちらは男性用では?」
リリスの言った通りだ。
ニャツキの足は、男性用のシャワールームへと向けられていた。
間違えたわけではない。
ニャツキはわざとそうしていた。
「良いんですよ。
どうせ俺様たちしか居ないんですから」
「だからと言って、
男性用を使う理由は……?」
「俺様はこっちの方が
落ち着くんですよ」
女性用のシャワールームには、他の女子が入ってくる可能性が有る。
ホテルヤニャギにおいては、ミヤと出くわす可能性が高い。
彼女も定期的に、ウェイトトレーニングを行っているからだ。
犯罪なわけでは無いが、やはり、女子と一緒というのは戸惑ってしまう。
どうせこのホテルに、男性スタッフは居ない。
人が来ないシャワールームを使った方が、ニャツキにとっては安心だった。
「お姉さまにそんな性癖が……!?」
何を想像したのか、リリスが頬を赤らめた。
「性癖って……。
べつに、いかがわしいことはしませんよ」
「ちぇっ」
「えっ?
……とにかく、行ってきます」
ニャツキはリリスに背を向けた。
そして、シャワールーム手前の脱衣所へと入った。
すると……。
「お……?」
男の声が、ニャツキの4つの耳を揺らした。
戸惑ったような声だった。
脱衣所には、全裸のヒナタの姿が有った。
「……何をしているのですか?
この変態ジョッキーが」
ヒナタの全裸から目を逸らさずに、ニャツキは尋ねた。
「変態って、
変態はお前だろうが。
ここ男用……だよな?」
ヒナタはきちんと男用だと確認して、ここに入ったはずだ。
だが、ニャツキがあまりにも堂々としているので、自信を失ってきたらしかった。
「それはそうですけど……」
ニャツキは、行動だけを見れば、完全に痴女だ。
ヒナタの裸を見ることになったのは、故意では無い。
だが、慌ててそう弁解するのも、なんだか気に入らなかった。
男の裸を見たくらい、なんだと言うのだ。
そう思ったニャツキは、堂々とすることに決めた。
「てかお前、
年頃の女子なんだから、
ちょっとは恥じらったらどうだ?」
「お前の粗末なモノなんか見ても、
なんとも思いませんよ」
ニャツキは平然とした様子で言った。
「粗末かなあ……?
でかい方だと思うんだが」
そう言って、ヒナタは自分の股間を見た。
たしかに大きくは有る。
ニャツキの前世よりも、遥かに大きい。
ニャツキの父と比べても、少しだけ大きい。
立派な一物だった。
だが、それをわざわざ認めてやるつもりは、今のニャツキには無かった。
「サイズはどうでも良いです」
ニャツキがそう言った、そのとき……。
「お姉さま……やっぱり私もシャワーを……。
っていやあああああぁぁぁぁっ!?
いけませんお姉さま!
そんなモノを見ては
目が腐ってしまいます!」
突然に入って来たリリスが、半狂乱状態に陥った。
「心配無用です。
あの程度のモノを見たところで、
べつにどうということはありませんよ」
「傷つくんだが!?」
……。
ヒナタは衣服を着用した。
リリスが落ち着いてきたのを見ると、ニャツキはヒナタに尋ねた。
「それで、どうしてオマエがここに居るのですか?」
ニャツキの後に、リリスも言葉を続けた。
「そうです。
どうして男が居るんですか。男が」
「男性用脱衣所だからだよ」
「そもそも、あなたは
このホテルの人間ではありませんよね?」
「ミヤねえに誘われたんだよ。
一時的に、しぶしぶ、一応は、
おまえのジョッキーになるわけだから、
このホテルに泊まったらどうかって」
「なるほど」
ニャツキは納得した。
ランニャーとジョッキーは、同じホテルに住んだ方が、都合が良いことが多い。
それでミヤが気を遣ったのだろう。
とはいえ、ニャツキとヒナタは仮のパートニャーだ。
本当の相棒では無い。
別々に住んだところで、困ることが有るとは、ニャツキは思っていなかった。
そんなニャツキの考えを代弁するかのように、リリスが口を開いた。
「べつに、無理をして
泊まらなくても良いんですよ?
嫌だったら
とっとと出て行ってください」
ツンツンとしたリリスの様子を見て、ヒナタは困惑を見せた。
「どうしたのこの子?
前は良い子だったのに」
ヒナタが前に見たリリスは、おとなしくて礼儀正しそうだった。
それがどうしてこうなっているのか。
ヒナタにはさっぱり分からないようだった。
「俺何かした?」
ヒナタの問いに、ニャツキが答えた。
「粗末なモノを
見せ付けたからでは?」
「見られたんだが?
むしろ謝って欲しい」
「謝りませんけど。
ここに泊まるにしても、
自分の部屋にも
シャワーくらい有るでしょう?
どうして3階に居るのですか?」
「サウナ目当てだよ。
サウナは3階にしか無いからな」
ヒナタの言葉通り、シャワールームには、サウナが併設されている。
そして、個室のバスルームには、サウナは無い。
サウナを利用するなら、3階に来なくてはならなかった。
「おまえこそ、
どうして男用のシャワーの方に
入って来たんだよ?」
「こっちの方が落ち着くので」
「えっ……」
「引かないでください!?」
「まあ良いや。
俺はもう上がるから、
男用シャワーだろうが
男用サウナだろうが、
好きに使ってくれ」
「……女性用に行きます」
これ以上、男性用シャワーに固執しては、自身の名誉に関わる。
そう判断したニャツキは、素直に女性用を使うことに決めた。
「そ。
何にせよ、
短い期間になると思うが、
これからよろしくな」
「はい。
よろしくお願いします」
そう言ったニャツキを、リリスが意外そうに見た。
「えっ?
よろしくしちゃうんですか?
追い出した方が良いのでは?
この痴漢は」
「痴女被害者なんだが?」
……。
夕食時になり、ニャツキは食堂に向かった。
普段食事に使うテーブルに、ヒナタの姿が有った。
彼は、いつもニャツキが使っている席に、腰かけていた。
「そこ、俺様の席なのですけど?」
「え? そんな決まり有るのか?」
「有るのです」
「そうか」
ヒナタはおとなしく席からどき、向かい側の席に座った。
ニャツキはヒナタが座っていた席に、腰をおろした。
(ぬくい……)
ニャツキは椅子に残っていた温もりに、居心地の悪さを感じた。
だが我慢して、そこに居座ることにした。
リリスとミヤもやって来て、夕食が始まった。
「「「「いただきます」」」」
「あの、ミヤさん」
ニャツキは、斜め前に座ったミヤに声をかけた。
普通ホテルニャンは、ランニャーと一緒に食事はしない。
だがミヤは、スイートルームを私物化している女だ。
そんなこと、気にもしないらしかった。
「何?」
返事をしたミヤに、ニャツキはメモリーカードを差し出した。
「あなたのトレーニングメニューです。
後で確認しておいてください」
「……作ってくれたんだ?」
「前にそう言ったと思うのですが、
何か?」
「怒らせたかと思った」
ミヤとニャツキは、先日に口論をしている。
ミヤはそのことを気にしていたようだった。
「えっ?
……ああはい。
あの時のことは、
お互いの考え方が
違ったというだけの話ですから。
べつにケンカというほどのモノでも
無いでしょう」
「人は考え方が違ったら、
いがみ合うものだと思う」
「そうですか?
暇なんですね。
そういう人たちは」
「……ありがとう」
ミヤはそう言うと、メモリーカードをポケットに入れた。
「何の話だ?」
2人のやり取りが気になったらしく、ヒナタがそう尋ねてきた。
「お前に聞かせるような話では
無いです」
「そうかよ」
つまらなさそうにしたヒナタに、ミヤが声をかけた。
「ヒナタ。
後でこっそり教えてあげる」
「あっ、裏切りましたね?」
「ふふっ。
私はいつだってヒナタの味方」
「ってかさ、ミヤねえって
まだトレーニング続けてたんだ?」
「走るのは好きだから」
「だったらミヤねえが
俺のランニャーになってくれれば
良いのによ」
「競ニャ場には立ちたくない」
「……まあ、仕方ねーけどさ」
ヒナタは周りより少し早く、出された料理をたいらげた。
食事を終えたヒナタは、ポケットから小さなケースを取り出した。
そして何種類もの錠剤を取り出し、水無しで飲み込んでいった。
「何の薬ですか? それは」
ニャツキがそう尋ねた。
それにヒナタはこう答えた。
「ビタミン剤かな」
「やけに種類が多いですね?」
「自分なりに
色々と考えてるのさ」
「そうですか。
トレーニャーとして関心が有ります。
詳しく聞かせていただいても?」
「めんどい」
「む……」
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