その22「リリスとねこカメラ」
「思考停止の反復練習で
安心を得ようとするのは、
危険なことですよ。
本当に速くなりたいのなら、
体よりも、
頭を使う必要が有ります」
単調な練習を繰り返すことは、つらいことかもしれない。
だが、頭を使わなくて良いという一点においては、とても楽なものだ。
思考を停止して、退屈さにさえ耐えられれば、誰にでもできるものだ。
ニャツキはそのようなことを、真の努力だとは思っていなかった。
頭を使うということは、時に、肉体を酷使するよりもつらい。
肉体を酷使する努力は、一直線だ。
ただひたむきであれば良い。
頭を使う努力には、悩みがつきまとう。
自分の考えは正しいのか。
それを冷徹に評価しなくてはならない。
正しい道に進むためには、今までの自分を否定しなければならない事も有る。
徒労を重ねていたのだと、認めなくてはならないことも有る。
それはとても苦しいことだ。
その苦しみに打ち勝てる者だけが、正しい道を歩むことができる。
ニャツキはそう信じていた。
「いきなりそんなことを言われても、
難しいです……」
リリスという少女は、あまり物事を、深く考えずに生きてきた。
闇ホテルに捕まってしまったのも、彼女の短慮が招いたものだ。
急に頭を使えと言われても、どうして良いか分からない様子だった。
それでニャツキにこう尋ねてきた。
「何かとっかかりはありませんか?」
「では、1つ課題を出しましょうか」
「何ですか?」
「詳しい話は、
食事が終わってからにしましょう」
「えっ? 今話したらダメなんですか?」
「食事も立派なトレーニングですよ。
リリスさん」
「はーい」
2人は食事を続けた。
リリスの口数が減ることはなかった。
彼女は楽しそうに、ニャツキに色々と話しかけてきた。
ニャツキはそれに適当に答えながら、食事をすませた。
「それでは、
30分ほど休憩したら、
俺様の部屋に来てください」
食事が終わると、ニャツキはリリスにそう言った。
それを聞いて、リリスは興奮した様子を見せた。
「お姉さまの部屋に……!?
行きます!
是非行かせてください!」
「テンション高いですね?」
……。
30分後。
ニャツキが自室でくつろいでいると、部屋の扉がノックされた。
「はい」
ニャツキはノックに答えると、出入り口の方へと向かった。
そして扉を開いた。
廊下には、リリスが立っていた。
ニャツキはリリスに声をかけた。
「入ってください」
「失礼します!」
元気の良い挨拶と共に、リリスは部屋に入って来た。
「元気ですね。
それではリリスさん」
「……はい!
覚悟は出来ています!」
リリスは耳まで真っ赤になって言った。
「そうですか。
それではこれをどうぞ」
ニャツキは、室内のローテーブルに歩み寄った。
そして、手に何かをもつと、リリスの方へと戻ってきた。
「これは……?」
ニャツキの手中を見て、リリスが尋ねた。
「ゴーレムドローン。
通称ねこカメラです」
ニャツキが持っていた物は、猫耳が生えた、白いドローンだった。
ドローンとは、魔石を動力として、空を飛ぶことができる魔導器だ。
このねこカメラは、ドローンの中でも、猫の撮影に特化したものだった。
「競ニャ中継にも
使われている物ですが、
見たことが有りませんか?」
「有りますけど……」
ねこレースでは、競ニャ場を、複数のねこカメラが飛び交うことになる。
メインのねこカメラが、サブのねこカメラを映すことも有る。
競ニャ好きからすれば、見慣れた物だと言えた。
だがリリスには、ニャツキがこれを持ってきた理由は、分からないようだった。
それでこう尋ねた。
「いったい何に使うんですか?」
「このねこカメラで
ご自分の走りを
撮影してきてください」
「えっ。
自撮りなんて、
ちょっと恥ずかしいですね」
「そうですか?
だけど、必要なことですから」
「それと、ドローンなんて、
ちょっと難しそうな気がします」
「……確かに。
ランニャー1人で
ねこカメラを扱うのは、
ちょっと面倒かもしれませんね。
では撮影は、俺様が担当しましょうか」
「一緒に来てくださるんですか?」
「はい。
ランニャーの走りを見るのも、
トレーニャーの務めですからね」
「ありがとうございます」
「いえいえ。
行きましょうか」
2人は練習用コースに向かった。
リリスは猫の姿になり、ニャツキは人状態のままだった。
コースのスタート地点に来ると、ニャツキは手に持ったねこカメラを操作した。
操作が終わると、カメラはリリスの側面を浮遊した。
撮影対象のリリスを追うように設定したのだった。
「ねこカメラの設定ができました。
それでは好きなだけ走ってみてください。
ただし、絶対に全力では走らないように。
全速力の7割以下の速度を
心がけてください」
「はい。行きます」
リリスは走りだした。
その横側を、ねこカメラが飛んだ。
ニャツキはタブレットPCを取り出して、専用のペンで何かを書き込んでいった。
リリスはコースを3周すると、ニャツキのそばで止まった。
「あの……」
「おや? もうよろしいのですか?」
ニャツキはタブレットPCから顔を上げた。
「いえ。
何を書いているのかなって、
気になって」
「そうですか。
こちらは別件ですので、
気にしないでください。
さあ、走りを続けてください」
(……気になりますけど)
「分かりました」
リリスは走りを再開した。
そして、3時間ほど走った後に、スタート地点で脚を止めた。
ニャツキの方は、ずっとタブレットで何かをしている様子だった。
リリスはニャツキに声をかけた。
「あの、そろそろ終わろうかと思います」
「はい。それでは帰りましょうか」
ニャツキはリモコンを使い、ねこカメラを回収した。
それからリリスの着替えを済ませて、ホテルへと戻った。
2人はロビーのエレベーターに乗り、ニャツキの部屋へと向かった。
部屋に入ると、ニャツキはカメラを大型のテレビに繋いだ。
そして2人で、テレビの前のソファに座った。
「さっそく、撮影した映像を見てみましょうか」
「はい」
ニャツキはリモコンを使い、ねこカメラを操作した。
延々と走るリリスの姿が、テレビに映し出された。
「どうですか?
ご自分の走りを見た感想は」
「その、どうと言われましても。
こんな感じなんだなあとしか」
リリスは自分の走りを見ても、特に感じるものは無いらしかった。
「では次に、こちらの映像を見てみましょうか」
ニャツキはねこカメラの映像を止めた。
そして、ローテーブルからDVDを取り、テレビの下のプレイヤーに入れた。
映像が始まると、ニャツキはソファに戻った。
「それは……?」
「これは、とある猫が走っている様子を、
あなたと同様のやりかたで
撮影したものです
誰だか分かりますか?」
リリスはテレビに映る猫を見て、はっと息を飲んだ。
「キタカゼ=マニャさん……!?」
「その通りです」
「どうしてこんな映像が……?」
「彼女は大昔に、
このホテルと契約していましたからね。
この映像は、
その時に撮影されたモノです。
まあ、彼女が走っている光景など、
競ニャ中継で
いくらでも見られますから。
そう珍しいものでもありませんよ」
「練習中のマニャさんが見られるのは
十分に貴重だと思いますけど……」
「そうですか?
それで、どうですか?
自分の走りと彼女の走りを
見比べてみて」
「ええと……速いですね」
「速い?
それだけですか?
この時の彼女は、
全力の6割のスピードも出していませんよ。
それなのに、
それほど速く見えるものですかね?」
「えっ? これで6割ですか?
とても速く見えますけど……」
そんなリリスの言葉を聞いて、ニャツキはニヤリと笑った。
「そうですか。
では、どうして彼女が速く見えるのか、
それを考えてみてください。
それが俺様からあなたへの宿題です」
「っ……。分かりました」
「がんばってください。
それでは……」
テレビをつけっぱなしにして、ニャツキはソファから立ち上がった。
「どうされるんですか?」
「俺様も、
今日の分のウェイトトレーニングを、
済ませておこうと思います。
ベンチプレスもやるので、
ミヤさんに補助を頼みましょうかね」
「私がお手伝いします!」
「えっ? そうですか?
それではよろしくお願いします」
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