その20「リリスとウェイトトレーニング」





「何回やれば良いんですか?」



「10回やってみてください」



 リリスは言われたとおりに、バーベルの上げ下げを行った。



 1回目では、それほどつらさは感じなかった。



 だが、回数を重ねるたびに、どんどんと腕が疲労していった。



 9回目の段階で、リリスは腕に、かなりのつらさを感じていた。



(う……そろそろ限界かも……)



「もう1回です。頑張ってください」



 ニャツキが真剣な眼差しで、リリスのことを見ていた。



 それに気付いたリリスは、最後の力を振り絞った。



「うみゃああぁぁぁ!」



 かけ声と共に、バーベルが上がった。



 リリスは10回のトレーニングを達成した。



「はい、そこまで。


 バーベルを戻してください」



「……はい」



 リリスは震える手で、なんとかバーベルを、元の位置に戻した。



「ふぅ……ふぅ……」



 ほんの短いトレーニングだというのに、リリスの呼吸は荒くなっていた。



「あの……私って力が弱いんでしょうか……?」



「そんなことは無いと思いますが、


 どうしてですか?」



「だって、たった10回で、


 とっても疲れてしまって……」



 リリスはネコマタだ。



 ネコマタは、力が強い。



 その力は、迂闊に使えば、人々を傷つける。



 だから、全力を出すよりも、出さないように気を遣う場面が多い。



 体育の授業などでも、人間の女子とは別の課題が与えられることが多い。



 彼女にとって、たった10回の運動で疲弊するなど、初めてのことに違いない。



 今までに無い経験に、リリスは少し、自信喪失気味な様子だった。



「疲れるのは当然ですよ」



「えっ?」



「10回くらいしか


 できないような重さに、


 俺様が調整しているんですから」



「調整って……。


 あの重さを


 私が10回しかできないって、


 どうして分かるんですか?」



「まあ、見ていれば大体は」



 ニャツキは簡単な事のように言った。



「えぇ……」



 このトレーニャーはどこかおかしい。



 リリスはそう思わざるをえなかった。



「さて、そろそろインターバルが終わります。


 あと20秒したら、


 2セット目に入ってください」



「インターバル? セット?」



「ウェイトトレーニングは、


 短時間の休憩を挟みながら、


 3セット続けてやると、


 高い効果を得られるのです」



「そうなんで……」



「時間です。始めて」



 リリスの言葉が、ニャツキの言葉に遮られた。



「アッハイ」



 真剣な顔のニャツキに、リリスは頷くことしかできなかった。




 ……。




「んみゃああああぁぁぁ!」



 リリスはなんとか10回のトレーニングを達成した。



「はい。お疲れ様です」



 リリスは震える手で、バーベルをラックへと戻した。



 そして、見るからに疲労した様子で言った。



「……1回目より……疲れました」



「そうでしょうね。


 そうやって体を追い込むことで、


 高い身体能力が得られるのです。


 もう1セット有りますから、


 頑張ってくださいね」



「……はい!」



 1分の休憩を挟んで、リリスはトレーニングを再開した。



 だが……。



「うみゃ……みゃ……!」



 同じトレーニングの8回目で、リリスは限界を感じていた。



(上がらない……!)



 下げたバーベルを、リリスは持ち上げることができなかった。



 バーベルを台に戻すことができない。



 上げられないバーベルは、落ちるしかない。



 バーベルの下には、リリスの体が有る。



 もしバーベルが落ちれば……。



「っ……!」



 リリスがパニック状態に陥りかけた、そのとき。



「だいじょうぶですよ」



 ニャツキの手が、バーベルをひょいと掴んだ。



 そして軽々と、台の上に戻してみせた。



 ニャツキはリリスに穏やかな笑みを見せた。



「安全バーが有りますから、


 怪我をすることはありません。


 それに、俺様が見ています。


 俺様は、あなたのトレーニャーですから。


 危ない目に遭わせるようなことは


 決してありません。


 だから、安心してください」



「あ……はい……」



 激しいトレーニングのせいか、リリスの頬は赤くなっていた。




 ……。




 リリスは台に寝転がったまま、呼吸を整えた。



 そして、台から起き上がった。



 それを見て、ニャツキが口を開いた。



「お疲れ様です。


 少し休憩したら、


 次のトレーニングを始めましょう」



「えっと……いくつトレーニングが有るんですか?」



「ここに有る器具では、


 12種類のトレーニングが可能です。


 そのどれもが、


 走りを磨くのに有用なものです。


 ですが、今日やってもらうのは、


 半分の6種類になります」



「どうして半分なんですか?」



「まいにち同じ部位を鍛えるのは、


 効率が悪いからです。


 なので、1日ごとに鍛える部位を変えて、


 前の日に鍛えた部分は、


 休ませてあげるのです。


 今日は胸や腕を、


 明日は脚や背中を


 鍛えることになります」



「そうなんですね」



「元気そうですね。


 次のトレーニングを始めますか」



「……はい」



 リリスの体には、まだ疲労が残っていた。



 だが、弱音を吐いて、ニャツキを失望させたくは無かった。



 彼女はすぐに、次のトレーニングへと向かった。




 ……。




 リリスはニャツキの指示を受けながら、全6種のトレーニングを終えた。



「はぁ……はぁ……はぁ……」



 彼女はチェストプレスの器具に背中を預け、呼吸を整えていた。



「お疲れ様です。


 今日のトレーニングは以上となります」



 やがて呼吸が落ち着いてくると、リリスはニャツキに質問をした。



「ウェイトトレーニングの次は、


 何をするんですか?」



「今日は初日ですから、


 これで終わりになります」



「えっ? これだけで良いんですか?」



「おや。


 負荷が足りませんでしたか?」



「いえいえ! 十分です!


 ですが……。


 前のホテルに居た時は、


 もっとトレーニングに時間をかけていたので……。


 あまり短いと、


 ちょっと不安なような……」



 初めての高負荷トレーニングは、リリスにはつらいものだった。



 だが、彼女がトレーニングに使った時間は、1時間にも満たなかった。



 これでがんばったと言えるのか。



 リリスは、それを不安に思っているようだった。



「ちなみに、


 以前はどのようなトレーニングを?」



「コースを延々と走らされたり、


 あとはうさぎ跳びとか……」



「うさぎ跳び……」



 ニャツキは顔をしかめ、眉間を押さえた。



「どうされました?」



「ちょっと頭痛が……」



「風邪ですか?


 来月はデビュー戦なんですから、


 気をつけてくださいね」



「……そうさせていただきます。


 それでですね、


 延々とコースを走るといったトレーニングですが、


 一応は、意味が無いわけではありません」



「そうですよね?


 皆やってますから」



「ですが、ベストだとも思いません。


 負荷の低いトレーニングを、


 延々と続けるといったやり方は、


 瞬発力よりも、


 持久力がつきやすいのです。


 レースでの末脚を鍛えるには、


 持久力も


 もちろん大切です。


 ですが、レースで最も大切なのは、


 ライバルを抜き去る瞬発力です。


 その瞬発力を身につけるためには、


 マラソンのようなトレーニングより、


 高負荷のトレーニングの方が


 適しているのですよ」



「なるほど」



「……素直に聞いてくれますね?


 最初はあんなに嫌がっていたのに」



「ダメだったら


 呪うだけの話ですから」



「お好きですね。呪うのが」



「ふふっ。それほどでもありませんが。


 ……つまり、お昼からはオフということですね」



「そうですね。


 レースに害の無い範囲であれば、


 好きに過ごしていただいて構いませんよ」



「それなら……。


 ダンジョンに行っても構いませんか?」



「ダメです」



「即答?」



「即答もします。


 絶対にダメですからね」



「けど、レベルを上げないと……」



「レベルに頼るのはやめなさい。


 レベルというのは、


 最終的には


 上がっていなくてはならないものです。


 ですが、今の段階から


 それだけに依存していては、


 目指すべき走りを見失いますよ。


 デビュー戦のライバルに、


 レベルで負けるかもしれない?


 それが何だというのですか。


 新ニャ戦に出てくる猫たちは、


 自分の走りも完成していない者ばかりです。


 たとえレベルで負けていても、


 それ以外の完成度で勝ちなさい。


 あなたが中央での勝利を目指すのなら、


 それくらいの事は


 してもらわなくては困ります。


 良いですね?」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る