その17「ヒナタと合同練習」



 案内が済むと、ミヤはスイートルームから出て行った。



 リリスは部屋に荷物を置いた。



 そして、人状態になり、着替えを済ませると、部屋を出た。



 廊下からエレベーターに入ると、1階のボタンを押した。



 ロビーに戻ると、ニャツキやヒナタの姿が有った。



 リリスはニャツキに歩み寄り、声をかけた。



「あの、部屋決めが終わりました。


 これからどうすれば良いでしょうか?」



「そうですね……」



 ニャツキが何かを言おうとしたとき……。



「おい」



 ヒナタが不機嫌そうに口を開いた。



「こっちは先約が有るんだぞ。


 いつまで待たせる気だ」



 それを見て、ニャツキが言った。



「せっかく新人が来たんですよ?


 ちょっとくらい良いじゃないですか」



 ニャツキの言葉を受けて、ヒナタは苛立ちを強めた様子だった。



 彼はニャツキを睨んで言った。



「この無駄に浪費した時間のせいで、


 俺はパートニャーと出会う機会を


 逃したかもしれないんだぞ……!」



「う……」



 必死な様子のヒナタを見て、ニャツキもさすがに気まずさを感じた。



(あのやり方では、


 まともなパートニャーが


 見つかったとも思えませんが。


 そんなことを言える雰囲気でも


 無さそうですね)



「あの、ニャツキさん。


 私は構いませんから、


 その人を優先してあげてください」



 リリスがそう言うと、次にヒナタが口を開いた。



「いい子だな。


 お前と違って」



「ぐむ……!


 そんなに練習がしたいなら、


 させてあげますよ……!


 行きますよ!」



 ニャツキはホテルの出口へと、足を向けようとした。



 それをヒナタが呼び止めた。



「おまえ、レース服は?」



 今、ニャツキは手ぶらだった。



 コースで走るには、猫用の服が必要になる。



 ムキになったニャツキは、それに気付けなかった。



「っ……!


 ……すぐに取ってきますから、


 そこで待っていてください!」



 ニャツキは顔を真っ赤にして、ヒナタから遠ざかっていった。



 そしてロビーのエレベーターに入っていった。



 ロビーから、ニャツキの姿が消えた。



 ロビーには、ヒナタとリリスの2人が残された。



「…………」



 ヒナタは険しい顔で、ニャツキがやって来るのを待った。



「…………」



 リリスはちらりとヒナタの方を見た。



「…………?」



 リリスの視線に気付いたヒナタが、リリスを見返した。



 ヒナタの表情は、険しいままだった。



「っ……」



 リリスは気まずくなり、視線を逸らした。



 するとヒナタも、リリスから視線を外した。



 トントンと、ヒナタの靴底が、ロビーの床を叩いた。



 少し待つと、エレベーターの扉が開いた。



 その中から現れたニャツキは、ずかずかとヒナタに歩み寄ってきた。



 ニャツキは肩に、ショルダーバッグをかけていた。



 そして、腕には大きな布袋を抱えていた。



 騎乗用の鞍が入った袋だ。



 猫の体は大きい。



 それに付ける鞍となると、ショルダーバッグ程度には収まりきらない。



「さあ、行きましょう」



 ヒナタのすぐ近くまで来ると、ニャツキがそう言った。



 そのとき、リリスが口を開いた。



「あの」



「ん?」



 ヒナタがリリスを見た。



「私も見学させていただいても


 構いませんか?」



「構いませんよ。


 一緒に行きましょう」



 ニャツキは即答した。



 ヒナタも反対する様子は見せなかった。




 ……。




 3人で、練習用コースへ向かった。



 ニャツキは更衣室で、レース服に着替えた。



 そして、猫の姿になった。



 リリスと走った時と違い、今回は、ジョッキーが居る。



 背に鞍を取り付ける必要が有った。



 鞍の装着は、リリスが行うことになった。



「……これで良いでしょうか?」



 猫に鞍をつける経験が、無かったのだろうか。



 ニャツキに鞍をつけたリリスが、自信なさげに言った。



「ええ。だいじょうぶだと思います」



 更衣室のねこミラーを見て、ニャツキがそう言った。



「行きましょうか」



 完全装備のニャツキが、更衣室を出た。



 リリスは普段着のまま、ニャツキに同行した。



 更衣室を出たニャツキは、男子用の更衣室を見た。



 その近くに、ヒナタの姿が見えた。



 女子更衣室に近付きすぎるのは、マナー違反だと思っているのだろう。



 ヒナタはニャツキをちらりと見たが、近寄ってはこなかった。



 それでニャツキの方から、ヒナタに歩み寄った。



「準備ができました」



「ああ。行くか」



 3人は更衣室から離れ、練習用コースへと向かった。



 コースの土を踏みながら、ヒナタはニャツキの隣に立ち、言った。



「……乗るぞ?」



「そんなにかしこまらなくても、


 ジョッキーなのですから、


 普通に乗れば良いじゃないですか」



「噛まねえよな?」



「……俺様を


 何だと思ってるんですか?」



「それじゃ、失礼して」



 ヒナタはニャツキに跨った。



 ずしりとした重みが、ニャツキの背にかかった。



(大きい……。


 パパよりもずっと……。


 ……って、大きさなんて


 どうでも良いでしょうに)



「それで、おまえは


 何が得意なのですか?」



 ニャツキは鞍上のヒナタに尋ねた。



「べつに苦手な事とかは無いぜ。


 バリア張りも身体強化も


 人並みにはこなせる」



「人並みですか。


 つまり、特に秀でた能力も


 無いということですね」



「……かもな」



 ニャツキの嫌味のような言葉を、ヒナタは否定しなかった。



「それでよく


 フリーのジョッキーになろうなどと


 考えましたね」



「悪いか?」



「悪くはありませんが、


 身のほど知らずだとは思いますね」



「見たい景色が有るんだ。


 俺は、そのためにジョッキーになった」



「見たい景色?


 ねこ竜杯の表彰台ですかね」



「そんなんじゃねえさ」



「まあ、べつにどうでも良いですけど」



「そうかよ」



 ヒナタは、鞍から伸びた魔導手綱を握った。



(そろそろ走らせても良いか?)



 ニャツキの意識下に、直接ヒナタの声が響いた。



 魔導手綱は、人と猫を繋ぐ。



 手綱を通して、魔力で語りかけてきているのだった。



「そのことですけど……」



 ニャツキは手綱を介さず、肉声をはなった。



「あ?」



「俺様は好きに走りたいので、


 走りに関して指示をするのは


 やめてもらっても良いですか?」



「は? ふざけてんのか?」



「本気ですけど。


 俺様が走る道は、


 俺様が決めます。


 他人の指図など


 必要が有りません」



「そんなのは、


 まともなランニャーのすることじゃねえ」



「そうかもしれませんね。


 それでも勝ちます。


 そのために、今まで走りを磨いてきたのですから」



「お前にとって、俺はただの置き物かよ」



「呪文によるサポートは


 最低限してもらう予定なので、


 厳密には違いますが。


 ……いけませんか?


 どうせ都合がつけば、


 次のレースが終わった頃には


 別れている関係でしょう?」



「……パートニャーが見つかったら、


 すぐにテメェなんざ


 下りてやるからな」



「ご自由にどうぞ。


 さて、それでは俺様の走りを


 ご覧いれましょう。


 バリアをお願いします」



「……風壁、活炎」



 ヒナタは呪文を、2つ唱えた。



 バリアと身体強化だ。



 ジョッキーにとって、基本と言える呪文だった。



 ニャツキは自身の体に、力が漲るのを感じた。



「ありがとうございます。


 それでは行きますよ」



「…………」



 ニャツキはヒナタに声をかけたが、ヒナタは答えなかった。



 ヒナタは不機嫌そうな顔で、どこか遠くを見ていた。



 そんな2人の様子を、コースの外側から、リリスが見守っていた。



(始まる……。


 ニャツキさんは、


 ジョッキー無しであの走りでした。


 ジョッキーの力を借りるということは、


 あれよりももっと凄い走りが


 見られるということ。


 今日はいったい、


 どれほどの走りが


 見られるというのでしょうか?)



 ニャツキを見るリリスの視線には、大きな期待がこめられていた。



 ニャツキが土を蹴った。



 走り始めた。



「あれ……?」



 それを見て、リリスが疑問の声を上げた。



 ヒナタの呪文のおかげで、ニャツキの走りは先日より速い。



 ニャツキはあっという間に、コースを20周走り終えた。



 そして、スタート地点で足を止めた。



「どうでしたか?


 俺様の走りは」



 得意げな声で、ニャツキがヒナタに言った。



 自分の走りに、よほど自信が有るのだろう。



 それに対し、ヒナタは呟くように言った。



「……昔のマニャねえの走りに


 似てたな」



「似てません!


 あんな人の走りと


 一緒にしないでください!」



「どんだけ嫌いなんだよ」



「アルティメットアンチですが?」



「そ」



「……淡白ですね。


 俺様の走りを見たら、


 新人ジョッキーなんて


 腰を抜かすかと思ったのですが……」



 もっと派手な反応を期待していたのだろう。



 そっけないヒナタの反応を見て、ニャツキはつまらなさそうにしてみせた。



「ん? ああ。


 もっと速い走りを知ってるからかな」



「俺様より速い猫ですか?


 まさか、キタカゼ=マニャだなんて言うんじゃないでしょうね?」



「違うけどな」



 キタカゼ=マニャは、国内最速のチャンピオンだ。



 彼女より速い猫など、自分を除けば、ニャホンには居ない。



 そう思っているニャツキは、ヒナタが言う猫が、海外の猫なのだろうと考えた。



「……そうですか。


 オーストニャリアには、


 そんなに速い猫が居るんですね。


 まあ、俺様もまだ


 完全に仕上がってはいませんから?


 年が明ける頃には


 その方よりも速くなっていると思いますけど?」



「…………。


 おまえには無理だよ」



 ヒナタはそう言い切った。



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