その11「ジョッキーと身の上」
「スカウトだよ。
フリーのジョッキーが契約を取るには、
足を使うしかねーだろ?」
「うまくいっていないようですが」
「……まだ初日だ」
「あのやり方では、
何日たとうが
うまく行くとは思えませんけどね」
そう言ってニャツキは、男のスカウトの様子を思い浮かべた。
傍から見れば、ヘタなナンパとしか思えなかった。
あれに引っかかる猫など、果たして存在するものだろうか……。
「ぐ……」
自分でも、うまいやり方だとは思っていなかったのだろうか。
男は胸を押さえ、苦しげに呻いてみせた。
少しの間を置いて、男はニャツキに尋ねた。
「それじゃあどうしろってんだよ?」
「そもそも。
あなたは実績の有るジョッキーではありませんよね?
私はそこそこ競ニャを見ますが、
あなたの顔などは見たことがありませんよ」
ニャツキは一流ジョッキーの顔と名前を、全て把握している。
三冠を狙う上で、ライバルになる相手だからだ。
そんな自分の記憶に無いということは、こいつはたいしたジョッキーでは無い。
ニャツキはそう判断していた。
そもそも、業界で腕を認められたジョッキーであれば、スカウトなど必要が無いだろう。
何もしなくても、周りからオファーがやって来るはずだった。
「……キャリア無しの新人だよ」
ニャツキの予想通りに、男はそう言った。
「悪いか?」
「悪いですね」
ふてくされたように言った男に対し、ニャツキはそう断言した。
「フリーのジョッキーというのは、
専属ジョッキーとして名を上げた方がなるものです。
無名の新人がフリーとして活動したところで、
うまく行く理由が無いでしょうが」
普通、新人のジョッキーは、ホテルと契約をするものだ。
ホテルの専属ジョッキーでいることには、メリットとデメリットが有る。
1番のメリットは、収入が安定することだ。
ホテルが定期的に仕事を回してくれるため、出場レースに困ることが無い。
だがデメリットとして、賞金の一部をホテルに納める必要が有る。
さらに、出場するレースを自由に選べないという問題も有る。
そのため、実績を残したジョッキーの中から、ホテルから抜けてフリーになる者が出てくる。
あくまでも、極一部のジョッキーの話だ。
新人のジョッキーが、軽々しくフリーになどなるものではない。
「バカなのですか?
そもそもあなた、
ライセンスは持っているのですか?
自分をジョッキーだと思い込んでいる
精神異常者なのでは?」
「ちげーよ」
男はポケットに手を入れ、財布を取り出した。
そして、そこから小さなカードを取り出し、ニャツキに見せた。
「見ろよ。れっきとしたNRAのライセンスだ。
地方でも中央でも走れる」
ニャツキはライセンスを手に取った。
そして顔を近付け、まじまじと見た。
「……本物そっくりです」
ニャツキの目には、それは、本物のライセンスにしか見えなかった。
「最近のライセンス偽造技術は、
手が込んでますね」
ニャツキはそう言いながら、男にライセンスを返却した。
「本物なんだが?」
男はライセンスを財布にしまい、財布をポケットにしまった。
「わかりました。
百歩譲ってあなたを
NRA公認のジョッキーだとしましょう。
それでどうして、
ホテルと契約せず、
無謀にもフリーとして
活動しようとしているのですか?」
「……ホテルとは契約できなかったんだよ」
「なぜ?
素行に問題が有ったのですか?
変態だから」
「変態じゃねえよ!?」
「ではなぜ?」
「身長のせいだ」
「確かに、おまえは背が高いですね。
そもそも、身長が170センチ以上の人は、
ライセンスを取れないはずでは?
パパも元ジョッキーですが、
身長ギリギリだったので、
測定をちょろまかすのが
大変だったと言っていましたよ」
「厳密には違う。
身長が有ると、
ライセンスが取れないんじゃなくて、
競ニャ学校に在籍できないんだよ。
……まあ、国内に居る分には、
ほとんど同じ意味だけどな」
「国内ということは……」
「ああ。
俺は海外に競ニャ留学して、
海外ライセンスを取ったんだ。
国によっては、
ニャホンと違って、身長制限が無い。
で、NRAと親交が有る国のライセンスが有れば、
簡単な試験に合格すれば、
ニャホンでも走れるようになる。
ちょっとした裏道ってやつだな」
「へぇ。どの国に行ったんですか?」
「オーストニャリアだ」
「チビのニャップめって
いじめられませんでした?」
「チビじゃねえし。俺」
「そういえばそうでした」
「それに、そういうやつは
拳でわからせてやったから
だいじょうぶだ」
「国際問題では?」
「拳の語らいは
リージョンフリーだ」
「えっなにこの人こわい」
「つーわけで、
俺の立ち位置は、
海外から来た
無名ジョッキーってところだ。
最初は普通に
ホテルと契約しようとしたんだが、
身長を聞くなり
門前払いだ」
「ジョッキーは、
身長が有ると不利ですから。
バリアの面積を、
大きく取る必要が有りますからね」
猫は直線では、新幹線よりも速く走る。
そうすると当然、凄まじい風圧が発生する。
その風を防ぐため、ジョッキーは、呪文でバリアを張る。
バリアが大きければ大きいほど、消費する魔力は大きくなる。
ジョッキーは、小柄な方が有利だ。
それが業界の常識であり、ニャツキもその通りだと思っていた。
「知ってるさ。
そういう常識ってやつは。
けど、常識が真実とは限らねー。
そうだろ?」
「そうですね」
ニャツキは男に賛同した。
「今のこの業界では、
ウェイトトレーニングが
必要ないなどという、
間違った考えが
常識となっているようですし。
常識というのは、
案外あてにならないモノかもしれませんね」
ミカガミ=ナツキは業界から、白い目で見られてきた側の人間だ。
ナツキの魂を持つニャツキは、男の考え方を、悪くないものだと思った。
「話せるじゃねーか」
男の頬が緩んだ。
「身長が180センチを超えてても、
俺は勝つ。
それで、連中の常識が間違ってるって、
思い知らせてやりてーんだ」
「おまえ、なかなか熱い奴ですね。
ただの変質者かと思っていましたが、
見直しましたよ」
「喜ぶところか? それ」
「じゃんじゃん喜んでください」
「……なあ」
「はい?」
「おまえ、新人ねこだよな?」
「そうですけど」
「頼む!
俺にジョッキーをやらせてくれ!」
男は顔の前で両手を合わせ、ニャツキに頭を下げた。
「見境無しですか?」
猫なら誰でも良いのか。
ニャツキはそう思い、男に呆れたような視線を向けた。
「失礼だな。
ちゃんと相手は選んでるぜ。
ランニャーとして見込みの有る奴にしか
声はかけてねえ」
「ランニャーの素質が分かるんですか? あなたに」
「見てればだいたい分かるだろ」
「そうですね」
ミカガミ=ナツキは、猫を見れば、そのコンディションが分かった。
その能力は、ニャツキにも引き継がれていた。
ランニャーの中にも、ライバルの強さを見抜く者がいる。
猫の力を見抜く眼力というものは、希少ではあるが、普通に存在していた。
そして、自分の実力を見抜かれた事は、ニャツキを悪い気分にはさせなかった。
そのはずだったが……。
「おまえは
今日ここに来た猫の中で、
3番目に才能が有る」
「やっぱり見る目無しですね」
ニャツキは自分の心が、男から遠ざかっていくのを感じた。
「なんでだよ?」
「俺様は宇宙最速です。
ぶっちぎりで1番なのですが?」
自分はパパとママの子供だ。
そんな自分が、才能で他の猫に負けるわけが無い。
ニャツキはそう思っていた。
「じゃあそれで良いや。乗せろ」
「なげやりですね!?」
「頼むよ。
ここまで話を聞いてくれたのは、
おまえが初めてだ。
おまえにまで逃げられたら、
また全部、
振り出しに戻っちまう。
1回で良い。
1回試してダメだったら、
すぐにクビにしてもらって良い。
だから、
たった1回のチャンスを
俺にくれ」
男は真剣な顔で、ニャツキにそう言った。
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