その10「変質者とジョッキー」
固まったニャツキを見て、サクラが心配そうに声をかけた。
「どうした?
機械が故障でもしたか?
スタッフの人でも呼ぶか?」
「……いえ。
故障とかでは無いのですが……。
そういえば……。
ジョッキーがまだ決まっていなかったなぁと……」
「ホテルで手が空いてる奴に
頼めば良いだろ?
電話してみろよ」
「……居ないんです」
「はぁ?」
「だから、ウチのホテルには、
ジョッキーが1人も居ないんです」
「そんなねこホテルが有るかよ」
普通のホテルであれば、専属のジョッキーが複数人居るものだ。
ジョッキーの居ないホテルなど、ニャホン中を探しても、ホテルヤニャギだけだろう。
「有るものはしょうがないでしょうが……」
ニャツキは渋い顔で言った。
「そうか?
とはいえ、そいつはそっちの勝手だ。
レースに登録できないんだったら、
私たちの勝ちってことにさせてもらうぜ。
良いな?」
サクラは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
それを見て、リリスが短く声を漏らした。
「えっ……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
今なんとかしますから!」
ニャツキは慌てた様子で、ポケットから携帯を取り出した。
そして、父親であるケンイチの番号を選び、電話をかけた。
電話はすぐに繋がった。
「もしもし! パパ!?」
電話が繋がった瞬間、ニャツキは父を強く呼んだ。
「ニャツキ? いきなりどうしたんだ?」
慌てた様子のニャツキの声に、ケンイチは驚きを見せた。
「あのあの。
お仕事中に申し訳ありません。
パパは地方競ニャの
ジョッキーだったのですよね?」
「うん。そうだけど」
「私のデビュー戦、
パパに騎乗していただくことは
可能でしょうか?」
「ははは。
ニャツキは甘えん坊だな」
ニャツキの焦りの理由など知らず、ケンイチはのどかに笑った。
「甘えとかでは無くてですね……!」
「けど、ダメだぞニャツキ」
ニャツキの言葉が、ケンイチに遮られた。
「俺のライセンスは、
引退する時に、協会に返納してる。
それに、もしライセンスが残ってたとしても、
俺の地方ライセンスじゃあ、
中央に行くお前と
戦ってやることはできない」
競ニャには、地方レースと中央レースの区分が有る。
中央レースの方が、レースのグレードが高く、賞金も多い。
ニャツキが目指す三冠タイトルも、当然中央レースだ。
一流ホテルに認定を受けたランニャーは、最初から中央レースに参加できる。
だが、後ろ盾の無いランニャーは、まずは地方で勝つ必要が有る。
弱小ホテルに所属するニャツキも、地方レースに出る必要が有った。
そして、ジョッキーのライセンスにも、地方と中央の区分が有る。
ケンイチは、ジョッキーを引退する前から、地方のライセンスしか持っていなかった。
中央で活躍するという欲が無かったわけでは無い。
だが、ケンイチが中央行きを決める前に、妻のミイナと出会ってしまった。
妻と結ばれると共に、ケンイチはジョッキーを引退した。
彼の中央行きが実現することは無かった。
ライセンスが残っていても、ケンイチは中央では走れない。
とはいえ、今のニャツキにとっては、地方ライセンスで十分だった。
ひとまずは、サクラたちとの勝負に勝てれば良い。
そこから先のことは、勝ってから考えれば良いのだ。
だが、ケンイチがライセンスを返納したというのは初耳だった。
1度返納したライセンスは、取り戻すことはできない。
ニャツキの計画は水泡に帰してしまった。
「デビュー戦は、大切なものだ。
中央まで一緒に戦ってくれるパートニャーを見つけて、
その人と一緒にデビューしなさい。
仕事も忙しいし。
良いな?」
「あっ……」
ニャツキが何か言う前に、電話は切られてしまった。
無音となった携帯を、ニャツキはポケットに入れた。
「どうにかなったか?」
「……いえ」
サクラの問いに対し、ニャツキはそう答えるしかなかった。
「それじゃ、負けを認めるか?」
「認めません!
なんとかしてみせますよ!
すぐにジョッキーを見つけてきますから、
待っていてください!」
「え?
私たちに
ずっとここで待ってろってのか?」
それは普通に嫌だな……といった感じでサクラが言った。
「それは……。
ねこセンターが閉まる5時までに、
ジョッキーを捕まえてきます!
4時半にここに来てください!」
「良いぜ」
サクラはそう快諾した。
「良いんスか? あねさん」
「さすがあねさんだ。器が広い」
ムサシとコジロウが、何か言っていた。
だがニャツキは、それどころでは無かった。
「それでは失礼します」
ニャツキは頭を下げ、ねこセンターの外へと出て行った。
「えっと、私は……」
残されたリリスは、居心地悪そうにしてみせた。
それを見て、サクラが言った。
「登録済ませたら
帰って良いぞ。
私らも、昼はダンジョンにでも
行く予定だからな」
「……はい」
……。
ニャツキはねこセンターの外へと駆け出した。
そのとき……。
「おや……?」
「お願いだ!
1回だけ! 1回だけヤらせてくれ!」
「困るってば……!」
銀髪の男が、ネコマタに言い寄っているのが見えた。
それを見て、ニャツキは地面を蹴った。
「とうっ!」
「へぶっ!?」
ニャツキのドロップキックが、見事に男の胸に入った。
180センチを超える男の体が、ごろごろと地面を転がっていった。
「ぐっ……!」
銀髪の男は、呻きながら立ち上がった。
そして、ニャツキを怒鳴りつけた。
「お前……!
猫が人を、
おもいっきり蹴る奴があるか!?」
ニャツキは怒った男に向けて、しらけたような顔を向けた。
そのとき、ニャツキはその男の顔を、初めてしっかりと見た。
「綺麗……」
ニャツキは思わず呟いた。
男は、そこいらのアイドルも霞むほどの美貌を持っていた。
「え?」
「いえ。べつに」
(見た目が綺麗だろうが、
変質者は変質者です。
騙されてはいけません)
ニャツキは自分にそう言い聞かせ、男に向かって言った。
「おもいっきり?
俺様が全力を出していたら、
おまえはもう生きてはいませんよ。
それに、少女に襲いかかる変質者に、
人権などありません。
ガードレールにでも頭をぶつけて
亡くなられてみてはいかがでしょうか?」
「襲いかかってなんかいねえ!」
「言い逃れですか?
見ていましたよ。
おまえがそこの方に、
卑猥な言葉で言い寄っていたのを」
「誤解だ!
俺はただ、1回俺を、
レースで使って欲しいって頼んでただけなんだ」
「……そうなのですか?」
ニャツキはネコマタの少女に尋ねた。
漆黒の髪を持つネコマタが、ニャツキの問いに答えた。
「そうだね。
けど、ボクはもう、
ホテル専属のジョッキーと契約してるから。
フリーの人に言い寄られても困るんだよね」
「そこをなんとか!
後悔はさせないから……!」
男は黒髪の少女に向けて、ぺこぺこと頭を下げた。
それを見て、ニャツキが冷たく言った。
「しつこいですよ。変態」
「変態じゃねえってば!?」
「たとえおまえがジョッキーであろうが、
嫌がっている女子に
しつこく言い寄るなど、
大の男がすることではありません
お嬢さん、もう行ってください。
この変態は、俺様が処理しますから」
「ありがと」
黒髪のネコマタは、短くニャツキに礼を言うと、去っていった。
「あぁ……貴重な新人ランニャーが……」
男は去り行くネコマタに手を伸ばし、嘆くような声を出した。
「あんなやり方で、
うまく行くなどと思わないことです」
「だったらどうすりゃ良いってんだよ。
ってお前、あのときの猫か?」
「えっ? 変質者の知り合いは居ませんけど?」
「迷子になってたのを
道案内してやっただろ!?」
「……バイクの人?」
「そうだよ。
ヘルメット被ってたから、
分からなかったか?」
「……まあ。
それで、バイクの人が、
どうして変質者などやっているのですか?」
「……お前なあ。
俺は見ての通り、
フリーのジョッキーだ」
「ジョッキーには見えませんが」
男の外見は、一般的なジョッキーのイメージからは、かけ離れていた。
モデルかホストとでも言われた方が納得できる。
それを自覚しているのか、男は渋い顔になった。
「とにかくジョッキーなんだよ」
「それで、そのジョッキーがどうして
痴漢の真似事など?」
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