その9「ねこセンターと出走登録」





 ニャツキはホテルの食堂で、夕食を済ませた。



 そして、自分の部屋に戻っていった。



 スイートルームのソファの上で、ニャツキは携帯を取り出した。



 そして、登録された電話番号の中から、自宅の番号を選んだ。



 数回のコール音の後、電話がつながった。



「もしもしにゃん。


 ニャツキです。


 あはは。パパは心配性ですねえ。


 だいじょうぶです。


 怪しい場所には立ち寄りませんよ。


 言うほど都会でも無いですよ?


 大きいホテルは有りますけど、その周りは田舎です。


 シマネだって都会ですよ!


 はい。


 ビワ湖は寄ってませんね。


 そうですね。


 今度一緒に見に行きましょう。


 だから、だいじょうぶですってば。


 ホテルの人たちも、みんな優しいですよ。


 俺様よりも、


 ママと赤ちゃんの心配をしてあげてください。


 はい。それでは。


 あっ、ケンタ?


 はい。お姉ちゃんですよ。


 寂しかった?


 本当は寂しいくせにー。


 おみやげかー。


 デビュー戦で勝ったら、


 その賞金で何か買って帰りましょうかね。


 ニャンテンドーチェンジって、


 持ってませんでしたっけ?


 新型?


 シャケノボリーの処理落ちって、


 そもそもシャケノボリーって何ですか?


 だいたい、ニャンテンドーは


 シガじゃなくてキョートですよ。


 わかりました。


 パケモンもセットですね。はい。


 いえ。


 新ニャ戦はテレビではやりませんよ。


 ネットなら


 結果は見られると思いますけど。


 まあ、お姉ちゃんなら、


 テレビデビューもすぐだと思いますけどね。


 天才ですから?


 はい。応援しててくださいね。


 はい。それでは」



 家族との談笑ののち、ニャツキは電話を切った。



 彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。



「ふふふ。


 弟のためにも、


 デビュー戦は負けられませんね。


 ……負けませんけど」




 ……。




 翌朝。



 ホテルで朝食をとったニャツキは、1度部屋に戻った。



 そして身支度を済ませると、エレベーターで1階に下りた。



「あら。おでかけかしら?」



 ロビーに入ると、アキコが声をかけてきた。



「はい。ねこセンターに。


 ライセンスの受け取りが有りますし、


 ついでにデビュー戦も決めておこうかと」



 ねこセンターとは、競争ニャが手続きを行うための施設だ。



 レースの登録などをそこで行うことができる。



 ニャツキは先日、サクラたちと、そこで会う約束をしていた。



「そう。行ってらっしゃい」



「はい」



「歩いていくの?


 もし良かったら、


 ミヤちゃんに車を出してもらうけど」



「人状態でも、


 荷物を背負わなかったら、


 法定速度くらいは軽いですよ。


 俺様は」



「そう。あまり飛ばしすぎないようにね」



「法には屈していく方針です。


 ……行ってきます」



「行ってらっしゃい」



 ニャツキはホテルの正面から外に出た。


 

 そして、人状態で車道へと出て、制限速度で走り出した。



 やがてニャツキは、約束のねこセンターへとたどり着いた。



 トレまちには、ねこセンターがいくつも有る。



 ニャツキがやって来たのは、第3ねこセンターと呼ばれるものだ。



 ねこセンターの建物は、小型のドームにネコミミを付けたような形状をしていた。



 素材はコンクリートのように見える。



 建築に詳しくないニャツキには、実際のところはわからなかった。



「逃げ出さずに来たみたいだな」



 ねこセンター入り口の正面で、サクラが腕を組んで待ち構えていた。



 小さいが、威圧感が有る。



 その姿を見て、関係の無い猫たちは避けて通った。



 サクラの背後には、ムサシとコジロウの姿も有った。



 ニャツキは臆せずに口を開いた。



「逃げる理由がありませんからね」



「なんだとー?」



「あねさんの事が


 怖くないって言うんスかー?」



 サクラの後ろで、コジロウとムサシが怒った様子を見せた。



(1ミリも)



 ニャツキは平然と、2人の怒気を受け流した。



「もう1人の方はどうした?」



 サクラがニャツキを見ながら言った。



 サクラたちのケンカの相手は、ニャツキだけでは無い。



 もう1人の相手、リリスの姿が見当たらなかった。



「さあ? 知りませんね。


 べつに友だちとかではありませんので」



 ニャツキはリリスが泊まっているホテルの名前も知らない。



 彼女について尋ねられても、知ったことでは無かった。



「さてはあねさんにビビって逃げたな」



「さすがあねさんっス」



 リリスの不在を知ったコジロウとムサシが、得意げな顔を見せた。



(どんだけ相手をビビらせたいんでしょうか)



 ニャツキがそう思っていると、ニャツキの後方から、桃髪の少女が駆け寄って来た。



「す、すいません。


 遅れてしまいましたか?」



 リリスはニャツキの隣に立つと、申し訳無さそうに言った。



「いえ。ギリギリセーフですよ」



 ニャツキは携帯の時計を見て言った。



 待ち合わせの時間までに、あと1分は有った。



「良かった……」



「それじゃさっそく、レースに登録と行こうぜ」



 サクラはそう言って、ねこセンターの正面口に向き直った。



「ちょっと待ってください。


 まずはライセンスの受け取りをさせてください」



「まだ済ませて無かったのかよ?


 ドンくせえ奴だな」



「トレまちには、きのう来たので」



「そうか。


 それなら仕方ねえな。


 早く済ませて来いよ」



「はい」



 5人はねこセンターに入っていった。



 ニャツキは4人から離れた。



 3人と残されるリリスが心細そうにしたが、知ったことでは無い。



 受付カウンターへと向かった。



 受付がすいていたので、ニャツキは受付担当の女性に声をかけた。



「ライセンスを受け取りたいのですが」



「それでは、


 引換証の提出を


 お願いします」



「はい。どうぞ」



 ニャツキはポケットから財布を取り出し、そこから引換証を取った。



 そして、受付カウンターに置いた。



「確かに


 お預かりさせていただきます。


 それでは、少々お待ち下さい」



 受付の女性は、引換証を手に、奥の方へとひっこんでいった。



 そして、ねこライセンスを持って帰って来た。



 ねこライセンスとは、ランニャーの身分証明書だ。



 ニャツキは受付の女性から、ねこライセンスを受け取った。



 ねこライセンスは、運転免許くらいのサイズのカードだった。



「ねこライセンスには、


 様々な機能が有ります。


 キャッシュカードの代わりにもなりますので、


 決して失くさないようにお気をつけください。


 もし失くしてしまった場合は、


 すぐに連絡をお願いします」



「はい。ありがとうございました」



 ニャツキはライセンスを手に、サクラたちの方へと戻った。



「済みました」



「ねこターミナルに行くぞ」



「はい」



 5人は、ねこターミナルへと向かった。



 ねこターミナルとは、ねこセンターの一画に有る、多目的端末だ。



 外見は、コンビニの店頭端末に似ている。



 ねこターミナルを用いることで、レースの検索や出場登録ができる。



 ランニャーには必要不可欠な存在だと言えた。



「出場日の希望は有るか?」



 ねこターミナルでレース情報を見ながら、サクラが尋ねた。



 それにニャツキがこう答えた。



「なるべく早い方が良いですね」



(らいねん三冠ニャになるには、


 地方程度で


 足踏みはしていられませんから)



「それなら……」



 サクラは、ねこターミナルを操作していった。



 そして、とあるレースの詳細情報を表示させた。



「5月2日。


 ヒョーゴのソノダ競ニャ場でどうだ?」



「構いませんよ」



 猫にはコース適正というものが有る。



 簡単な例をあげれば、カーブが苦手な猫は、直線が多いコースの方が得意だ。



 得意なコースで戦った方が、当然に有利となる。



 だがニャツキには、コースを選ぶつもりは無かった。



 どんなコースでも勝つ。



 そう思って、ニャツキは答えた。



 次にサクラは、自分の仲間たちに尋ねた。



「コジロウ。ムサシ。お前らは?」



「だいじょうぶです」



「ウチもオッケーっス」



 サクラは最後に、リリスにも質問をした。



「ニャカメグロ。お前は?」



「えっ? 私ですか?


 はい。


 どのレースでも構いません」



「ほう。良い度胸じゃねえか」



 リリスの言葉を、自信の表れと見たのだろうか。



 サクラはニヤリと笑って見せた。



「べつに度胸とか無いですけど……」



「それじゃ、登録と行こうぜ」



「分かりました」



 先にコジロウとムサシが、ターミナルを操作した。



 ターミナルには、ライセンスの差込口が有る。



 2人はねこライセンスを使い、レースへの出場登録を済ませた。



「できました」



「登録完了っス」



(同じホテルの猫が、


 一緒のレースに登録するのは


 珍しいですけど。


 この人たちは、


 そういうこと気にしないんですね)



 ニャツキがそう考えていると、サクラがニャツキたちに言った。



「次はお前らだ」



「はい」



 ニャツキはターミナルを操作していった。



 すると……。



『騎乗するジョッキーを登録してください』



「……えっ?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る