その8「ダンジョンと勝負の約束」
「あねさんを、この程度の奴なんて言うな!」
仲間を侮られ、茶髪のセミロングの少女が怒りを見せた。
彼女の怒りに、金髪の少女、ムサシも同調した。
「そうっス! あねさんは凄いランニャーっス!」
「そうなのですか?
競ニャ中継で
1度も見たことが有りませんけど」
ニャツキが侮りを、取り下げることは無かった。
火に油を注ぐようなニャツキの態度に、桃髪の少女は震えた。
「うぅ……この人すごい煽る……」
「これからビッグになるんだよ!
そうですよね? あねさん」
「あ、ああ。その通りだ。コジロウ」
赤髪の少女は、歯切れの悪い様子で、茶髪の少女にそう答えた。
ニャツキは落ち着いた口調で、赤髪の少女にこう尋ねた。
「それで、どのように勝負しますか?」
「どうせなら、
公式戦で勝負しようぜ。
……おまえ、地方ニャだよな?」
「ええ。今のところは」
「レースの予定は?」
「5月にデビューする予定ですが」
「はははっ。
デビュー前の新ニャかよ。
こりゃあ私が相手するまでもねーな」
赤髪の少女は、それなりにレース経験が有るらしい。
レース経験が無いニャツキを、侮ってみせた。
それに対し、ニャツキはこう言いきってみせた。
「新人でも、あなたより速いですよ」
「……言ってくれるじゃねえか。
とはいえ、デビュー前のランニャーと私じゃ、
同じレースに
登録するのは無理だな」
新人ランニャーは、最初は新ニャ戦というレースに出る必要が有る。
そして、既にデビューしたランニャーは、新ニャ戦には出場できない。
今の時点では、ニャツキと赤髪の少女が戦うのは、不可能だと言えた。
「……ムサシ。コジロウ」
赤髪の少女は、背後に居る2人に声をかけた。
「「はい」」
「私の代わりに、
この舐めた女を畳んでやれ」
「わかりました!」
「了解っス」
(手下が相手ですか。
まあ、何でも良いですけど。
どうせ俺様が勝つので)
ニャツキがそう考えていると、赤髪の少女が話を続けた。
「今日はそろそろ日が暮れる。
明日、ねこセンターで
出るレースを決めようぜ。
朝の9時に
トレまちの第3ねこセンターに来い。
……予定、空いてるよな?
トレーニングの予定とかが有るなら、
時間をずらしてやっても良いが」
「だいじょうぶですよ」
「よし、遅れるんじゃねえぞ。
後ろのお前もだ」
「えっ?
私もですか……!?」
急に話を振られ、桃髪の少女はびくりと震えた。
勝負を受けたのはニャツキなのに、どうして自分まで……。
そんなふうに思っているのかもしれなかった。
赤髪の少女からすれば、あくまでも当事者は、桃髪の少女の方だ。
彼女を逃がすつもりは無いようだった。
「当たり前だろうが。逃げんなよ。
2人まとめて叩き潰してやる。
……そうだ。
肝心なことを忘れてた。
お前らの名前は?」
「ハヤテ=ニャツキです」
ニャツキは素直に名乗った。
それを見て、桃髪の少女も、しぶしぶと名前を口にした。
「……ニャカメグロ=リリスです」
「ニャツキにリリスか。
良い名前じゃねえか。
私の名前は、バクエンジ=サクラだ」
赤髪の少女が名乗ると、彼女の後ろの2人も口を開いた。
「ムサシっス」
「コジロウだ」
「どうも。ご丁寧に」
「それじゃ、今日は帰らせてもらうぜ。
もう4時半過ぎだ。
お前らも、あんまり遅くまで
うろつくんじゃねーぞ」
「はい」
サクラは、広間の出口へと足を向けた。
ニャツキがやって来た方角、つまり、上り階段が有る方角だった。
ムサシとコジロウもそれに続いた。
広間から、3人の姿が消えた。
残されたリリスという少女に、ニャツキは微笑みかけた。
「ふぅ……。
なんとか丸く収まりましたね」
「丸く!?
今ので丸く収まったんですか!?」
レースで負ければ土下座だ。
そのことに、リリスは同意していない。
だが何故か、話が勝手に決まってしまった。
リリスは信じられないモノを見るような目を、ニャツキへと向けた。
「まあはい。
後は勝てば良いだけですからね」
ニャツキは平然と、そう言いきった。
「……凄い自信ですね」
「俺様は最速なので」
自信に満ちたニャツキを見て、リリスは拗ねたような表情を作った。
「良いですね。
そういうふうに言い切れるのって」
「そうですか?」
そのとき。
ニャツキのポケットから、高い音が聞こえた。
電子音だ。
それは女児向けアニメ、仮面にゃんじゃーの、主題歌のメロディだった。
ニャツキの携帯の、着信音だ。
仮面にゃんじゃーとは、悪の組織と戦う、プリティな仮面をかぶったキュアキュアな5人組だ。
合体ロボにも乗る。
ちなみにニャツキは、にゃんじゃーホワイトのファンだった。
「仮面にゃんじゃー?」
「ちょっと失礼」
ニャツキはリリスに背を向け、ポケットから、携帯を取り出した。
そして通話ボタンを押し、人耳に当てた。
「もしもしにゃん」
ニャツキがそう言うと、携帯から聞きなれた声が聞こえてきた。
「ニャツキ? もうホテルには着いたの?」
「あっ、ママ」
電話をかけてきたのは、ニャツキの母のミイナだった。
「いつになっても電話が無いから、
心配しちゃったわ」
ホテルに着いた段階で、電話を入れるべきだったかもしれない。
ニャツキはそう反省した。
「すいません。ついうっかり。
新天地の空気に
はしゃいでしまいました」
「もう。仕方ないわね。
それで今はどうしてるの?」
「今はダンジョンですね」
「長旅で疲れてるでしょうに、
もうダンジョン?
ちゃんとホテルニャンの人と
一緒なんでしょうね?」
「…………1人では無いですよ」
「えっ?」
リリスが疑問の声を発した。
そんな彼女の声が、ミイナの耳に届いたようだ。
「嘘じゃないみたいね。
それなら良いけど。
ニャツキは放っておくと、
すぐにムチャをするから」
「まさかまさか。
俺様は、いつだって
ローリスクハイリターンですよ」
得られるリターンを考えれば、リスクは少ない方だ。
ニャツキはその言葉を、そんな意味で使っていた。
「怪我をしないようにね。
それと、ホテルに戻ったら、
そっちから電話をすること。
ケンイチさんも、
あなたと話したがってるんだから」
「子離れできないパパですね」
「年頃の娘が遠くに行ったら、
心配するのは
親として当然のことよ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
ニャツキは前世では一人身だった。
当然だが、子供も居なかった。
今生のニャツキも、まだ子供を産んだことは無い。
親の気持ちというものが、いまいち分かっていなかった。
「人を待たせているので、
そろそろ良いですか?」
「ええ。それじゃあまたね」
「はい。それでは」
ニャツキは電話を切った。
携帯をポケットに入れると、リリスに向き直った。
「あなた、ニャカメグロさん」
「え? はい」
「1人で帰れますか?」
「それはまあ」
「では、もう行きますね」
そう言ってニャツキが足を向けた方角は、サクラたちとは正反対だった。
その先には、下りの階段が有る。
「まだ潜るんですか?
そろそろ日が暮れますけど」
「まだたった11層ですし。
今日は40層までは見て回る予定なので」
「40……!?」
「ではでは。
気をつけてくださいね」
ニャツキはあっという間に走り去った。
広間には、リリス1人が残されることになった。
(速い……。
それに、デビュー前なのに、
40層に潜れるレベルが有るなんて……。
きっと、一流ホテルと契約しているんでしょうね……。
羨ましい。
あれ……?
どうして一流ホテル所属のランニャーが、
危険なダンジョンに居るのでしょうか?
……………………。
スパルタ?)
……。
ニャツキは走り続け、40層へとたどり着いた。
リリスと別れてから、15分も経ってはいない。
脚が速いというだけではなく、ダンジョンの知識が無ければ、不可能な芸当だった。
「だいたい記憶の通りですね。
それでは、今日は帰りますか」
ニャツキは進路を反転した。
そして、行きよりも短い時間で、ダンジョンを出た。
それからショップの更衣室に立ち寄り、猫状態でホテルへと帰った。
ホテルに着いた時には、時刻は5時過ぎになっていた。
「お帰りなさい。ニャツキちゃん」
「おかえり」
ロビーに入ったニャツキを、アキコとミヤが出迎えた。
「はい。ただいまです」
「6時になったら夕食にするわ。
2階の食堂に来てね」
「食堂? レストランではなく」
「シェフも居ないのに、
カタカナでは呼べないでしょう?」
「……なるほど?」
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