その7「クボンダンジョンと経験値どろぼう」
ニャツキはダンジョンを目指し、猫姿で南東へと走った。
目当てのダンジョンは、それほど遠くは無かった。
15分ほど走ったニャツキは、とある田舎町にたどり着いた。
町を歩いていくと、冒険者ショップが見えた。
ニャツキは店に入っていった。
そこは、冒険者用のアイテムなどを売っている店だった。
だがニャツキは、アイテムには用が無かった。
シガ県の冒険者ショップには、猫用の更衣室が有るのが普通だ。
ニャツキの目当てはそれだった。
ニャツキは更衣室を借り、人の姿になった。
そして、人用の装備を身につけた。
防具は軽装で、武器は標準的な長剣。
それがニャツキが好む冒険者としてのスタイルだった。
装備を終えたニャツキは、ショップを出て、少し歩いた。
町のそばには森が有った。
ニャツキは森へと足を踏み入れていった。
森の中には、高さ20メートルの美しい滝が有った。
滝の下部から少し隣にずれると、ダンジョンへの下り階段が有った。
クボンダンジョンと呼ばれる、大型ダンジョンへの入り口だ。
階段の材質は、半透明な水色の何かで出来ていた。
外見はガラスに似ているが、ガラスよりも硬い。
そして、うっすらと光を放っていた。
(ここに来るのも久しぶりですね)
ニャツキの足が、半透明の階段を踏んだ。
ニャツキは階段を下りていった。
階段の先は、広間になっていた。
広間の壁や天井は、階段と同じ素材でできていた。
全て半透明の水色で、光を放っている。
ニャツキは広間の中央で抜刀した。
(初日ですし、
まったり流して、
地図の再確認と行きますか)
ニャツキは広間を出て、通路へと入った。
通路を歩いていくと、魔獣の姿が見えた。
半透明の、ぷよぷよとした、ゼリーのような塊。
その内部には、魔石のような外見の核を持っている。
スライムだった。
スライムには、目や鼻のような器官は無い。
だが、どのようにしてか、スライムはニャツキの存在に気付いたようだ。
スライムはぴょんぴょんと跳ね、ニャツキに襲い掛かってきた。
「とう」
ニャツキはスライムの跳躍に合わせ、軽く剣を降った。
スライムは両断された。
剣の通り道には、スライムの核が有った。
核をスッパリと断たれ、スライムは絶命した。
スライムは消滅し、後には小さな魔石が落ちた。
まったく苦戦することなく、ニャツキは最初の魔獣を撃破した。
(さすがに1層では話になりませんね。
駆け足で
40層くらいまで下りてみますか)
ニャツキは軽やかに、ダンジョンを進んでいった。
ナツキだった頃に、よく潜ったダンジョンだ。
その地図は、しっかりと頭に叩き込まれていた。
ニャツキは最短ルートで、するするとダンジョンをくだって行った。
あっという間に、11層にまでたどり着いた。
そして、とある広間に入ったとき……。
「テメェ。
この始末、どうつけれくれんだ?
あァ!?」
殺伐とした声が、ニャツキの耳に届いた。
「おや……?」
ニャツキは足を止め、声の方を見た。
3人のネコマタが、1人のネコマタと向かい合っているのが見えた。
3人グループの方は、相手を睨みつけていた。
1人の方のネコマタは、怯えたように俯いていた。
「っ……。ごめんなさい……」
1人の方のネコマタが、震えが混じった声で言った。
彼女は薄桃色の長い髪を持つ、かわいらしい美少女だった。
ピンク色のジャージの上に、最低限の防具を身につけていた。
「ゴメンで済んだら冒険者はいらねえんだよ」
3人グループの先頭に立つ少女が言った。
彼女の髪は、燃え盛るような、まばゆい赤色だった。
長い髪を後頭部でまとめて、ポニーテールにしていた。
服装は、赤いジャージ姿だ。
きりっとした目つきで、堂々と背筋を伸ばしている。
身長は、ここに居るネコマタの中で、一番低かった。
ニャツキと比べると、頭1つ分は小さい。
だが、4人の中で、1番存在感が有った。
「どうすれば……?」
桃髪の少女が、上目遣いで尋ねた。
すると、赤髪の少女が言った。
「今日稼いだ魔石、全部置いてけ」
「そんな……!」
「嫌だってのか?
誠意が足りねえんじゃねえのか?
誠意が」
赤髪の少女がそう言うと、後ろに立つ2人が、それに同調した。
「そうだそうだ!」
「あねさんの言うとおりっス!」
「うぅ……」
ヤジのような声を受けて、桃髪の少女は苦しそうな様子を見せた。
そこへニャツキが声をかけた。
「どうしたのですか?」
すると赤髪の少女が、ニャツキを睨みつけた。
「何だテメェ。文句でもあんのか?」
敵意を受けても、ニャツキの物腰は紳士的だった。
穏やかな口調で、赤髪の少女に語りかけた。
「いえ。滅相も無い。
もしお困りなら、
何かお力になれればと思いまして」
「別に困ってなんかねえよ」
「そう言わず、
お話を聞かせていただけませんか?」
「……チッ。
そんなに聞きたいなら教えてやるよ。
そいつがこいつらのEXPを、
横取りしやがったのさ」
赤髪の少女は、桃髪の少女を睨みながら言った。
「経験値どろぼうですか」
冒険者は、魔獣が死に際に放つEXPを吸収して強くなる。
EXPを吸収できるのは、魔獣を倒した者に限らない。
魔獣が死ぬ時に近くに居れば、誰でもEXPを吸うことは出来た。
他のパーティが倒した魔獣からEXPを吸う者は、経験値どろぼうと呼ばれた。
「EXPの流出を防ぐバリアは
使ってはいなかったのですか?」
現代では、経験値どろぼうを防ぐための魔導器が開発されている。
魔導器によってバリアを張ることで、EXPが外に漏れるのを防ぐことが出来る。
だから近頃は、経験値どろぼうというのは、あまり起きることでは無いはずだが……。
「使ってたに決まってんだろ。
その女がノコノコと、
こいつらのバリアの中に入って来やがったんだ」
「……すいません。ついうっかり……」
桃髪の少女が、申し訳無さそうに言った。
「うっかりで済むと思ってんのか? あぁ?」
「ひぅ……」
言葉を失った少女の代わりに、ニャツキが口を開いた。
「それで魔石を全部置いていけと?
戦闘1回分の
EXPの代償としては、
重すぎる罰なのでは無いですか?」
「数字の問題じゃねえ。
EXPをパクるってことは、
私らを舐めたってことだ。
舐めたマネは
許せねえって言ってんだよ」
「……なるほど。
話は分かりましたが……。
1度、あなた方のEXPバリアを、
見せていただいても構いませんか?」
「あ? ああ……。
ムサシ。バリアを出せ」
「了解っス」
ムサシと呼ばれた金髪ショートの少女が、自身の指輪に魔力をこめた。
指輪は魔導器だった。
少女の周辺に、薄い赤色の、半透明のバリアが展開された。
「やっぱり……」
そのバリアを見て、ニャツキは納得した様子を見せた。
「何だよ?」
赤髪の少女がニャツキに尋ねた。
「あなた方は、バリアの色を、
規定よりも薄く設定していますね?
これではバリアを見逃してしまうのも、
ある程度は
仕方の無いことではないでしょうか?」
「それは……。
こっちにも事情ってもんが有ンだよ」
今まで強気だった赤髪の少女が、居心地悪そうな様子を見せた。
「事情?」
「バリアの外からこいつらを援護するには、
バリアの色が濃いとやりづらかったんだ。
それで……」
「なるほど」
ニャツキは事情を察した。
赤髪の少女は、自分がEXPを吸わないように立ち回っていたらしい。
そのために、バリアに入らないようにしていたようだ。
その状況で連携を取るには、バリアの色が薄い方がやりやすかったのだろう。
「そちらの事情は分かりました。
ですが、法的に言えば、
あなた方にも
不手際が有ると言えます。
どうか引き下がってはいただけませんか?」
「コソドロ女が正しいってのか……!?」
「1か0の問題では無くてですね……」
「小難しいことをゴチャゴチャと!
テメェも私らを舐めてんだな!?」
「いえ。そんなことは……」
「うるせえ!
舐められたまま引き下がれるか!
勝負だ!」
赤髪の少女はそう言うと、ニャツキを指差してみせた。
「えっ?」
唐突な展開に、ニャツキは戸惑いを見せた。
「テメェ等もランニャーなんだろ?
私と勝負しろ。
勝った方が正義だ。
私が勝ったら、
テメェの魔石も置いていってもらうぜ」
「どうしてそうなるんですか……」
ニャツキは呆れたように言った。
そのとき……。
「逃げんのか?」
ニャツキの細い眉が、ぴくりと上下した。
「…………は?
どうしてこの俺様が、
あなたごときとのレースから、
逃げる必要が有るんですかね?」
「ごときだと?
やっぱり舐めてんじゃねえか……!」
「あっ、つい……」
(俺様は宇宙最速なので、
他のランニャーのことは、
つい下に見てしまうんですよね)
「舐めてるかもしれません」
ニャツキは素直にそう言った。
「白状しやがったな。コソドロの仲間が」
「……レースするのは嫌ではありませんが。
魔石を賭けてレースするとなれば、
これは賭けレースになります。
プロのランニャーがして良いことではありませんよ」
「う……! また理屈かよ……!」
「法律です。
法理とも言えますが」
「テメェと話してると
頭痛くなるぜ……」
赤髪の少女は、顔をしかめながら、自分の頭をマッサージした。
(俺様が悪いのでしょうか?)
「魔石がダメなら土下座だ。
私が勝ったら、
2人並んで土下座しろ」
「良いですよ」
「えっ?」
即答したニャツキを見て、桃髪の少女が声を漏らした。
「あっ。
勝手に話をつけてしまってすいません。
ですが、安心してください。
俺様はこの程度のやつに
負けないので」
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