第三五話 最後の抵抗

 1944年4月20日、ブレーメン。


「ドイツの降伏も、もうすぐだな」

「ああ、西海岸の狐と言われた、ロンメルも既に去った。連合軍を妨げるものはもう何もないさ」


 楽観的な感想を述べながら、塹壕からの監視を続ける陸の兵士たち。



「ハンブルグ上空まで後5分です」

「日本の足が長い機体が護衛に付いて、米英の航空機も途中まで護衛に付いてくれる。発進基地は遠いから基地が壊される心配もない。爆撃は安泰だな」

「おかげで機銃手は暇で仕方ないですよ」


 談笑しながら爆撃の任務に就く、『B17』に載る空の兵士たち。



 そんな光景が、連合軍には溢れていた。


                         ―――今日この日までは。



 塹壕で監視していた兵が声を上げる。


「敵車輌接近! 数は……3輌です!」

「たった3輌だと? 戦車隊を呼べ、迎撃に当たらせろ」


 指揮官が適当に指示を出すと、塹壕の後方で待機していた、『M4A3シャーマン』6輌『シャーマンVCファイアフライ』2輌が前に出る。


「見慣れない車輛だな?」


 『ファイアフライ』1号車の車長が首を傾げた瞬間だった。

 爆音。そして、甲高い金属が金属を貫く音。続いて、爆発。


「『シャーマン』1号車、3号車、4号車、戦闘不能!」


 『ファイアフライ』1号車の車長は、咄嗟に砲手に問う。


「敵との距離!」

「約1.4マイル2000メートル!」

「嘘だろ!」


 その叫びは当然であった。こんな距離から、戦車で最も分厚い正面装甲をぶち抜く車輛など、規格外もいいところだ。


「打ち返せ!」


 車長の指示で、残った戦車たちで攻撃を開始する。

 しかし、空しい音を立てて弾は跳弾するに終わる。


「クソ! 『ファイアフライ』2号車! 前に出るぞ!」


 『シャーマン』76ミリ砲の火力では不足すると考えた車長は、『ファイアフライ』が装備する17ポンド砲で迎え撃とうと前に出た。

 それに呼応するように、旋回砲塔を持つ車輛も前に出る。


「何だこいつら! 明らかに『ティーガー』よりでかいぞ!」


 吐き捨てるように呟き、射撃を号令する。


「撃て!」


 『ティーガー』を撃破した成績を持つ『ファイアフライ』の砲弾は、まっすぐに敵車輛に命中した。しかし、敵の動きは止まらない。


「距離は!?」

「約900ヤード820メートル!」

「この距離で抜けないだと!?」


 絶望する車長の耳に、再び爆音。


「『ファイアフライ』2号車、『シャーマン』2号車、応答なし!」

「この、バケモノめ!」


 車長の絶叫を書き消す様に、固定砲塔をもつ車輛の砲に、砲炎が踊る。

 『ファイアフライ』1号車は、跡形もなく消し飛ばされた。


 そんな光景を見ていた歩兵たちは、言葉を失っていた。


「嘘、だろ」


 固定砲型の車輛が真っすぐ塹壕を目指して進んでくる。旋回砲型は、退避しようとする『シャーマン』を追従する。


「て、敵は固定砲型の駆逐戦車だ! 背後を取って、戦うぞ! 後方に控える戦車隊に応戦準備を!」


 塹壕の指揮官に呼応して、慌ただしく迎撃の準備をするが、その合間にも、敵戦車の砲弾が大地を揺らし、トーチカを吹き飛ばした。

 敵駆逐戦車は、歩兵たちのいる塹壕には目もくれず、まっすぐ進み続ける。


「今だ! 攻撃開始!」


 陣地最後方にいた砲兵が砲撃を開始し、歩兵たちがM1バズーカを放つ。しかし、一切止まる動きを見せない。


「どうしてだ! なぜ止まらない!」


 兵士たちの顔は着々と青くなっていく。


「敵歩兵接近!」


 塹壕には、新たな敵の姿が映り、戦車の相手は後方に任せることになった。


「各自で応戦しろ!」


 M1ガーランドやトンプソン M1928を構える連合軍の兵士たちは、敵兵を迎撃するため塹壕から銃を突き出すが、大挙して押し寄せる銃弾を見て目を見開く。


「なんて弾幕だ!」


 連合軍の兵士が怯んだ隙に、ドイツ歩兵は一挙に肉薄、塹壕に飛び入り、小銃をで連射した。


「敵の小銃、『kar98k』じゃないぞ!」


 誰かが叫ぶが、その声もすぐに消え失せる。

 ものの数分で、ブレーメン攻撃線の塹壕は制圧された。


 なんとか塹壕を抜け出し、後方の砲兵・戦車たちが居る陣地まで撤退した兵も、希望を見出すことは出来なかった。


「なんだ……これ」


 『ガーランド』を杖に歩いてたどり着いた砲陣地は、死屍累々の地獄と化していた。数十両いた戦車たちは見るも無残な姿になりはて、歩兵たちを援護する野砲はひしゃげていた。

 そんな地獄の中心に、一輌の固定砲型駆逐戦車。


 先ほど塹壕を越えて進んだ車輛だった。


「あ、あああああああ!」


 そんな光景に発狂した兵は、どこからか放たれた銃弾に胸を貫かれ、その場に倒れこむ。最期に目に映ったのは、火を上げながら落ちていく、『B17』と『B24』の群れだった。



 同時刻、上空。


「ダメだ! 追いつかない!」

「クソクソクソ! なんだこいつ! なんてはや――」

「第144爆撃中隊潰滅!」

「ああ! 17号機が! 19号機も!」

「早くこの空を脱出しろ! エンジンが焼き切れても構わん! 全力でぶん回せ!」

「なんでだよ! なんで俺の番の時なんだよ!」


 無線機に飛び交う阿鼻叫喚。そして、空中に響く。バラバラと金属の破片をまき散らしながら落ちていく、爆撃隊。行きは『B17』30機『B24』20機『零戦』10機『P47』20機の編隊が、今では『B17』8機『零戦』2機『P47』6機まで数を減らした。

 

 そうした結果をもたらしたのは、10機の異様な戦闘機。羽下にエンジンらしきものをぶら下げ、機首から大口径の機銃を発射する、ドイツの新型戦闘機。

 また、ハンブルグ上空では、非常に小さく尾翼の下から火を噴く機体が、まるで流れ星のように襲いかかって来た。


 どちらも速度で『零戦』『P47』を圧倒し、『零戦』お得意の機動戦をさせても貰えず、『P47』自慢の防御力も、新型機の前では紙当然であった。

 また『B17』『B24』もしかり、装甲がなんの意味もなさず、機銃手がとても追えるような速さでは無かった。


 やっとのことで帰投した機体は、『B17』2機『P47』3機『零戦』2機だけであった。



 この現象は西部戦線に限らず、ソ連の担当する東部戦線でも起こっていた。


 1944年4月20日、この日はヒトラー総統閣下の55才の誕生日であった。

 作戦本部は、早急に見限った海軍の資材をフル活用し新兵器を完成、総統への誕生日として、それらを戦場へ投入したのだった。


 陸では、『ティーガーⅡ』重戦車と『エレファント』重駆逐戦車、さらには歩兵小銃『stg44』が投入された。

 『ティーガーⅡ』の正面装甲は、現在連合軍が保有する戦車砲では、車体下部と砲の両脇しか貫徹できず、こちらは2キロ離れた先からあらゆる車輛の正面装甲を貫くことが出来た。

 『エレファント』も、『ティーガーⅡ』の重装甲と並び、ありとあらゆる砲火力を無効化した。その重装甲にものを言わせ、陣地最後方に侵入、野砲や戦車を撃破していった。

 4月26日から約1ヵ月かけてドイツが行った、全面攻勢作戦『Belagerung攻城』作戦にて、この二輌は脅威の成績を叩きだした。


『ティーガーⅡ』

戦車:334輌  装甲車:98輌  その他車輛:103輌

対戦車砲:34門  対空砲:19門  対空機銃:22基

航空機:22機


『エレファント』

戦車:599輌  装甲車:4輌  突撃砲:8輌

対戦車砲:378門  火砲:143門  対戦車銃:123丁 

航空機:3機 


 特に『エレファント』は単機で投入し、敵後方陣地を制圧する機会が多かったため、1対複数が常であった。にも拘わらず、敵によって破壊された車輛はたったの2輌であり、全体の損失は140輌投入されたうち15輌だけであった。

 新型小銃の『stg44』も、世界初のアサルトライフルにと言われるものだった。


 空で飛びまわったのは、世界初のジェット戦闘機である『Me262シュヴァルベ』と、ロケット迎撃の『Me163コメート』だ。

 両機とも、最高速度は900キロに匹敵し、現存するどの機体よりも早く、またある程度の機動力もある、まさに新時代の戦闘機であった。


 これらの新兵器は確実に連合軍、ソ連軍に損害を与え、被害を拡大させた。制空権も消失し、毎日のように行われた『B17』と『B24』による爆撃も中断されることになった。


 この状況を見てブランド、は凍結していた作戦の再検討を始める。

その作戦名は―――

                     ―――『インフェルノ地獄』。

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