第三六話 作戦名『インフェルノ』
1944年6月18日、ホワイトハウス。
「私をここに呼ぶと言うことは、そうゆうことなのでしょうか、大統領」
残念そうな顔をした、皺くちゃの顔。世界一の頭脳が、ブランドの前に立つ。
「アインシュタイン博士……まことに、すまない」
アルベルト・アインシュタイン。ドイツから亡命してきた世界一の科学者であり、原爆の開発に許可を出した人物だ。
ブランドは、核分裂反応を使用した爆弾の構想を科学者から聞いた際、考える間を置かずに開発を推奨した。
しかし、それに待ったをかけたのが、ドイツ亡命科学者団のリーダーに任命されていた、アインシュタイン博士だった。
ドイツ亡命科学者団とは、ブランドが作成した亡命科学者たちで結成された、新規技術や兵器開発を行う組織だった。ドイツ科学者は優秀な人材ばかりであり、アメリカの技術発展に大きく貢献した。
「ナチスの残虐な行いを止めるために、ナチスを破るために、悩みながら研究へ加担してきました。しかし、核爆弾だけは、許容できない。最初私は、そう言いましたよね」
核分裂による人体に及ぼす影響、引き起こす爆発が未知数なことを理由に、アインシュタインは核爆弾の開発にストップをかけていた。ナチスを上回るような大虐殺を引き起こす可能性がある爆弾は、使わせられないとして。
「ああ、確かに聞いた。そして私もそれを承諾し、完成直前に計画を凍結した」
「しかし、それが必要なほどまで、ナチスは強大になってしまったのですね」
脇に挟んでいた書類を机へと置く。
「私以外の科学者は、現状を理解し、既に『新型爆弾』の使用を許可する書類に署名を終えています」
ポケットから、万年筆を取り出すアインシュタイン。
「私も、貴方が約束をしてくれたなら、サインをするつもりです」
真剣な眼差しで、ブランドを見つめる。
「核爆弾は、人道に反する兵器です。たった一発で、数万から数十万の人間を殺し、数キロに渡って核の脅威を振りまいて、数十年に渡って傷跡を残す」
アインシュタインは知っていた。核というメギドの火の威力を。
一度も人間に向かって投下されたことのない、核爆弾が引き起こす惨劇を。
「そんな悪魔の力が、『核爆弾』です。『核爆弾』を使うと言うことは、この悪魔と契約することになります。後世から、非難を受けるかもしれません。それでも、契約を放棄せず、責任を全うすることを誓ってくれますか?」
アインシュタインの瞳は一瞬、真っ赤に煌めいた。その赤に、ブランドは地獄を見た。煉獄に身を焼かれる人間たち、苦しみのたうち回る人間たち。
一瞬たじろいだブランドだったが、大きく頷いた。
「約束しよう。私は、逃げない」
結局、原爆の投下日は44年8月8日~11日と定め、それまでは新型戦闘機と戦略爆撃機の量産に専念することとした。
そして……。
1944年7月、欧州戦線の空では、反撃が開始された。
「機体は高度
新鋭爆撃機で編制された爆撃隊1番機の副操縦主が、そう報告する。
「よし、全機爆撃進路へ入れ! これまで受けた分の、
威勢のいい声で操縦主が叫ぶと、集合していた新鋭爆撃機『B29スーパーフォートレス』が横に広がり、
だがそれと同時に、けたたましい接近警報が機内に響いた。
「下方より敵機!
「お出ましか! 頼むぞ、『P58
『P58ネプチューン』、日本語名を『特一号戦闘機”海神”』。
P&W+G/R-4360-428、28気筒星型レシプロエンジンを搭載し、最高速度が約720キロ。全長11メートル、全幅12,5メートル、翼内九九式二〇粍二号機銃五型が六艇装備された、日米英共同開発によって生まれた戦闘機だ。
日米英三国の技術、知恵、思想が盛り込まれたこの機体は、レシプロ機の集大成とも言われ、間違いなく当時のレシプロ機たちを圧倒しうる能力を秘めていた。
米国のハイパワーなエンジン技術とパイロットの生存性の高さを組み入れたことにより、この重武装で防弾版がありながらも、快速を記録した。
英国の上昇技術と空力技術の高さを組み入れたことにより、『B29』が主に飛行する高度に素早く上昇し、高高度迎撃機にも対処できることが確約された。
日本の軽量化技術と圧倒的火力を組み入れたことにより、どんな重武装の敵もたちまち空中分解を起こす火力を手に入れ、従来の米軍機以上の航続距離を獲得した。また、熟練パイロットが多数飛行実験に参加してくれたおかげで、良好なデータや助言が得られ、開発を大いに助けた。
他にも、英国はドイツの現在の機体データを獲得することで、目標性能を明確にしたり、開発研究費、材料などを米国が負担するなど、三国各々が持てる限りの実力を発揮したことで、この戦闘機はこの世に生を受けた。
三国海洋国家が手を携えて生まれたために、この機体には
「ナイト1より全機、これより敵機の迎撃に当たる! 『海神』の初陣だ! 気合を入れろ!」
この戦闘機を操るパイロットたちも、三国選りすぐりのエリートたちが搭乗し、まさに最強無敵、完全無欠の戦闘機隊が、ドイツの上空に現れた。
縦横無尽に空を飛びまわる『海神』、速力を衰えさせることなく凄まじい高機動で敵機を翻弄し、絶大な火力で敵を叩き落す。さすがに、ドイツが検証を重ね、一先ずの完成形となったジェットエンジンには速度で劣るが、加速性やその他の面でそれらをカバーし、『ツバメ』たちを圧倒した。
「ナイト2より、ナイト3! 後ろ、敵!」
イギリスパイロットの叫び声に、ナイト3に乗る日本人はすぐさま反応し、日本軍お家芸である左捻りこみを行う。『ツバメ』はその機動についていけず、まんまと背後を取られると、火を噴きながら落ちていく。
「ありがとう!」
ナイト3は、報告をくれたイギリス人パイロットにお礼を伝える。
日本人と米英人に言語の壁はあるものの、簡単な単語ぐらいでなら意思疎通をできるようになり、こうして、部隊間での連携もとれていた。
こうした空戦は44年の7月全体を通して行われ、『B29』と『P58』の実力は実証されることとなった。それにより、ブランドは7月29日、量産体制に移行したことで数を揃えた二機を全面的に活用した航空大作戦、『
この作戦に連合軍では、約1000機の『B29』、約2000機の『P58』が投入され、ドイツも負けじと迎撃機を投入『Me262シュヴァルベ』に続いて『Me163コメート』『He162フォルクスイェーガー』など、約1800機の黎明ジェットが迎え撃った。
一進一退の攻防が続き、翌30日の昼過ぎに、西ドイツのほぼ全ての飛行場が完全に破壊されたことによって、決着がついた。
制空権を奪取した連合軍は侵攻を再開、新兵器にもめげず、航空支援を上手に活用し、戦線を押し上げ始めた。
そして、運命の日は訪れた。
1944年8月9日、午前8時10分、ハノーファー上空。
「周囲に味方機なし、味方地上部隊がいないことは、三分前の交信で確認済みです」
「了解、本国に電文、『これよりヘルが舞い降りる』」
「了解、『これよりヘルが舞い降りる』本国に打電します」
操縦主は、緊張した顔で、操縦ハンドルを握る。
「緊張するな。慌てず、訓練通りやるんだ」
そんな操縦主に、同乗している空軍士官が声をかける。
「これで、戦争は終わる。地上で戦っている味方も助かるんだ」
「はい、分かっています。俺は、できます」
「その意気だ」
士官は操縦主の肩を軽く叩く。
「打電終了しました!」
通信主の報告を受けて、士官は強張った顔で下令する。
「爆弾最終調整、信管調整良いか!?」
「すべて良好、いつでも行けます!」
「
「
『B29』の腹が開き、若干空気抵抗が増すため、機体が揺れる。
「目標地点上空まで後7秒!」
爆撃主が膝を震わせながら、投下スイッチに手を掛け、カウントダウンを始める。
「6、5、4、3」
乗員全員が息を飲む。
「2、1、目標上空!」
間髪入れず、士官が下令する。
「
声に合わせて、爆撃主は投下スイッチを押す。
ガコンという音が聞こえ、一気に機体が軽くなる。
「爆弾層閉じろ!」
「爆弾層閉じました!」
「急速反転!」
「急速反転始めます!」
息を吐きだす間もなく、『B29』は大きく羽を動かし、機体を反転させる。
数十秒後、午前8時15分、爆音。
ハノーファーの町の上空、高度約500メートル地点で、プルトニウム型原子力爆弾、『Mark4
アメリカは、原爆実験を早いうちから行っていたこともあり、プルトニウム型原爆『Mark3ファットマン』を実験し、成功していた。そのため、ウラン型より威力の大きいプルトニウム型を採用、世界で初めての原子力爆弾として『sinner《罪人》』は使用された。
ハノーファーにはドイツ精鋭機甲師団や歩兵師団、その他民兵や逃げずに残り続けた住民が存在していたが、たった一瞬にして、それらは消滅した。
世界で初めての原子力爆弾の投下は、約11万人の命を奪う結果となった。
まさに、
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