第三七話 欧州戦線の決着

 その後、戦線を持ち上げた連合軍は、二日後にハノーファーへと到達、化学装備で身を包んだ特別衛生観察隊が調査に訪れたが、そこにはほとんど何も残っていなかった。直下にいた人々は熱で完全に焼失することは想定内で在ったが、いわゆる被爆半径にいたはずの人物たちも、一切見当たらなかった。

 これに、ブランドは困惑し、2度3度と調査隊を向かわせたが、やはり原爆による人体への影響を調べることが出来るような者を見つけることは出来なかった。しかし、確かに住民が居た痕跡、また移動の後があることから、情報がアメリカに渡らないようドイツが手を回したとブランドは判断した。


 そんな状況を、アインシュタイン博士は一人、厳しい視線で見つめていた。


「……クソ、これでも懲りないのか、あのちょび髭は」


 原爆を投下後、絶大な威力を背景に『ワシントン宣言』を出し、アメリカはドイツへと降伏を迫った。

 しかし、ドイツは降伏を拒否。その理由は……。


「たかが高威力の通常爆弾で降伏などしない、か……。自分たちが、あの爆弾の恐ろしさを一番理解しているはずなのに」


 爆弾の真の恐ろしさを証明できるだけの手立て、放射線の恐ろしさを訴えるための情報が、アメリカの手元には紙でしか存在していない。そのためドイツは、核爆弾を只の高威力な爆弾として宣伝し、恐れるに足らないと断言した。我々にもその程度の物作ることが出来ると。

 そしてそれを証明するかのように、つい昨日、8月10日に、報復兵器とも言われる『V1爆弾』が連合軍に雨あられと降り注いだ。死に体のドイツに、これ以上『V1』を生産できる力はないと踏んでいたため、ブランドはこの一撃で終わると戦場の兵たちへ伝え、落ち着かせはしたが、正直これほどまでの量をため込んでいたとは思っていなかった。


「時が過ぎた2000年に、ドイツという国は果たして存在できるのだろうか?」


 そんなため息を、ブランドは吐き出した。



1944年8月31日、ベルリン。


「なあ、終わると思うか、この戦争」

「いんや、終わらないだろうな。終わらないに100ドル賭けてもいい」

「だよなぁ」


 小銃を握る兵士と短機関銃を抱える兵士は、ベルリンにある議事堂の階段で煙草を吸っていた。

 その傍らには、多くの死体が転がる。


「議事堂を守っていた兵士、ドイツ人ばかりじゃなかったな」

「そうだな、ソ連にフランス、北欧の連中もいたな」

「寝返った奴らなのか?」


 小銃を持った兵が、死体の顔を確認しながら訪ねる。

 そんな様子を気にすることもなく、短機関銃持ちは答える。


「だろうな。生きるために、良い生活をするために、自分の国へ攻め入ったナチスの味方をしたんだろ」

「なんでそんな奴らが、必死にベルリンを守るんだ? さっさと投降しちまえばいいのに」

「……投降してどうなる? 祖国が暖かく迎えてくれると思うか?」


 短機関銃持ちは、煙草の火を消し、ひょいと投げ捨てる。


「祖国へ帰っても、裏切り者として非難されるだけだ。もしかしたら死刑もあり得るかもな」

「でも、こいつらだって必死に生きようと……」

「関係ないのさ。戦争に個人の事情は関係ない」


 短機関銃持ちは、マガジンの残弾を確認して再装填した後立ち上がり、歩き出す。


「勝った国が正義で、負けた国が悪だ。勝った国に味方した奴が正義で、負けた国に味方した奴が悪だ」

「クソみたいな世界だな」


 小銃持ちも、その後を付いて歩き出す。


「ああ、戦争なんて、くそくらえだ」


 二人の背後に立つ議事堂の頂上には、星条旗が翻っていた。


                 ―――1944年8月31日、ベルリン陥落。




 その後も転々と首都を変え、抗戦を続けたドイツ。東部戦線では時折反転攻勢に成功し、ポーランド領まで入ることもあったが、ついに限界を迎える。

 10月11日、チェコ領プラハにて最後まで立てこもっていた部隊が投降したことで、ドイツはほぼ全ての領土を喪失。全面降伏した。



 その後欧州戦争の講和会議が、イギリス・ロンドンで開かれた。

 そこにはドイツ代表としてデーニッツ海軍元帥、もとい臨時大統領が出席した。

 他にも英米仏伊ソの代表に加え、欧州戦争に関わった国の代表が参加した一大会議となった。

 そこでは、以下のことが決定された。


1.以下の国は大戦以前の領土で再度独立国となる

  ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、ノルウェー、オーストリア、チェコスロヴァキア、ユーゴスラビア、ギリシャ、スイス、アルバニア


2.以下の国は領土の変更を認める。


フランス:ヘッセン、フランケン、ニーダバイエルン、オーバーバイエルン、

     ヴュルテンべルクを併合する権利を認める。


デンマーク:ユトランド半島およびハンブルグまでを併合する権利を認める。


ポーランド:ドイツ飛び地を併合する権利を認める。


ソ連:ルーマニア北東部を併合する権利を認める。


アメリカ

イギリス:ブランデンブルグ地方他割譲される領土を除いた領土を、50年間租借

     する権利を認める。


3.以下の国は個別の罰則を与える。


フィンランド:20年間国際連盟への加盟を禁止。


ハンガリー

ブルガリア

ルーマニア:30年間国際連盟への加盟を禁止。英米仏いずれかの駐留軍を30年間

      駐留。同国の政治視察官の派遣を容認する。


イタリア:アフリカ全土からの撤兵。ドイツ復興の積極的支援。30年間軍事研究

     (車輛、航空機、銃火器)の禁止。20年間、英米軍の常時駐留。


4.その他


 ドイツは国名改めベルリン共和国とし、首相をエルヴィン・ロンメルに委任する。

 ベルリン共和国は、歩兵2個師団、軽戦車20輌、重・中戦車10輌、戦・爆航空機100機のみ、保有を認める。

 50年間軍事研究(車輛、航空機、銃火器、金属加工技術)の禁止。

 40年間英米軍の常時駐在。40年間国際連盟の加盟禁止。


 これらを約束するロンドン条約が10月30日に締結、また国際連盟の後継的組織である国際連合が発足し、欧州戦線は幕を下ろした。



1944年、11月5日。


「ようやく、欧州戦線に方が付きましたな」


 ハル国務長官が、窓の外を眺めるブランドに告げる。


「ああ、ようやく一つ仕事が終わった」


 欧州戦線が終わったと言うのに、二人の表情は明るくなかった。


「後もう一つの仕事、アジアに付いて新たな情報が日本より送られたため、お届けに参りました」


 そっと、机の上に資料を置く。


「簡単に、何があったか教えてくれ」

「中華民国が、香港、マカオを制圧しました」


 その言葉に、ブランドはため息をつく。


「とうとう、手を出してきたか」

「はい、これを受けて、対ドイツ戦が終結したイギリス国内で、反中感情が高まっています。イギリス政府も、対独戦で疲弊したとは言え、黙っている訳にはいかないようです」

「……そろそろ、日本を本来の姿に戻してやらないとだな」


 ブランドの視線は、現在の国境線で引き直された世界地図に向けられる。欧州はロンドン条約によって整えられたが、アジアに目を向けると―――


                     ―――未だ、日本は分断されていた。

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