第三三話 聲かとばかり響むなり

 現在、10時44分。


「敵艦に命中弾!」


 『扶桑』が放った何度目かの砲弾が、敵戦艦を捉えた。すでに双方、至近弾による損害が出始めたところで、ようやく最初の一撃を、ドイツ海軍に与えることが出来た。


「『扶桑』がやったか……よし、艦長。『榛名』『陸奥』にも伝えよ。『全艦一斉射撃』とな」

「よろしいのですか?」


 山本の言葉に、矢野艦長は聞き直す。


「ああ、どの艦も至近弾は繰り返している。ここらで一気に片付けるぞ」

「了解! 砲術長、次より一斉射に切り替え!」


 日本海軍が奮闘する中、ドイツ海軍とて負けてはいなかった。

 『長門』が一斉射の準備を進めるさなか、金属を砕く音と共に、『長門』の艦体が大きく揺さぶられる。


「食らったか」


 矢野は冷静に呟く。


「艦後部に直撃弾! 対空設備に損害! 第二装甲版で受け止めました!」

「おそらく『ハノーファー級』の砲撃だ、41センチ砲弾は、『長門』の装甲版すら貫いてみせるか」


 山本も厳しい目で敵艦を見つめる。


「照準よし、砲撃準備よろしい!」

「主砲、斉射! はじめ!」


 雄叫びにも近い号令と共に、八発の41センチ砲弾が空を翔ける。数十秒後にはドイツ艦隊へと到達し、一式徹甲弾の真価を発揮する。


「只今の砲撃、二発命中!」


 そのような報告が上がると、艦内は色めき立つ。


「敵、5番戦艦、行き足止まりました!」


 続けて、米英の戦艦群の砲撃により、既に傾斜が傾きつつあった戦艦1隻が艦隊から落伍し、沈没を始める。


「扶桑の艦後部に着弾! 火災発生!」


 しかし、敵砲弾の着弾によって、こちらも確実に被害が増えてきている。


「『扶桑』火災、『ノースカロライナ』二番砲塔沈黙、『メリーランド』速力低下、『ネルソン』第一主砲塔大破……こちらも、戦闘不能になる艦が出てもおかしくないな」


 山本の声に続いて、再び『長門』の艦体が大きく揺さぶられた。


「この衝撃はまずいぞ!」


 直感で山本は感じた。この一撃は重たいものなると。


「被害報告!」


 矢野の声に、伝声管から声が聞こえる。


「第三砲塔破損、使用不能! 第四主砲塔にも命中弾! 火災発生!」


 主砲塔の火災は、火薬庫に引火、爆沈の恐れすらある危険な状態だ。そんな状態を放置できるわけもなく、矢野は間髪入れずに指示を出す。


「第三、四主砲塔火薬庫に注水! 消火活動急げ!」


 この数秒の間に、『長門』は一挙に砲弾を浴び、最大火力が半減してしまった。


「結局、『長門』が全力で撃てたのは一度きりか……」


 残念そうな声が、艦橋要員から漏れる。


「主砲が一基一門でも残っているなら、戦闘は可能だ。最期まで戦い抜くぞ!」


 矢野の強い言葉に、一同は気合を入れ直し、再び砲戦へと集中した。




 それから数分経った後、この海戦の決着を告げる聲が轟いた。


「敵戦艦群に、水柱を確認! 魚雷です!」


 前に出ていた敵小型艦艇を打ち払った前衛艦隊は、そのまま敵主力に肉薄。雷撃を敢行した。その結果が、今現状起こっていることだ。


「敵戦艦……3隻撃沈! 2隻、戦闘不能!」


 そのような報告が上がると続いて、先ほど放った戦艦たちの砲弾が、弱ったドイツ艦隊へ殺到する。


「決着は、ついたようだな」


 山本の呟きは、燃え盛るドイツ艦隊を見れば、誰もが納得した。

 戦艦10隻を擁するドイツ大艦隊は、無残な姿を露わにしている。


 各所から火が上がり、傾き、黒煙を上げ、物によっては船体が割れてしまっている。もはや、砲戦を継続できる能力を保持できていないのは間違いなかった。



 9月17日、11時51分。

 歴史上最大の海戦となった、第二次欧州海戦は、三国連合艦隊の圧倒的な勝利に終わったのだった。


 この報告を受けた者たちは、実に様々な表情を浮かべる。


 日本首相の片山は安堵の表情を浮かべた。


「日本海軍の存在感を示すこともできたようだし、アメリカへの恩も一先ず返せただろう。これで、落ち着いて戦後処理を進められる」


 イギリス首相のチャーチルは歓喜に沸いた。


「我らがロイヤルネイビーと、日本の海軍がやってくれた! 憎きドイツ海軍を蹴散らし、欧州の海に平和を取り戻してくれた!」


 ソ連指導者のスターリンは複雑な表情を浮かべた。


「ドイツがおとなしくなるのはこの上なく喜ばしいが、これでアメリカが、ベルリンにより早く迫ることになる」


 ドイツ総統のヒトラーは憤怒の表情を浮かべた。


「我がドイツ第三帝国の無敗の海軍が、極東のサルどもの艦を加えただけの死にたいの艦隊英米艦隊に負けただと! ありえん!」


 アメリカ首相のブランドは満足げな表情を浮かべた。


「流石だ。やはり世界三大海洋国家である日米英に勝てる海軍など存在しない。当然の結果だ」




 制海権を完全に喪失したドイツは、そうそうに海軍を見限り、現存する潜水艦のみの小規模な輸送、通称破壊に当て、それ以外の鋼鉄は陸軍、空軍兵器に投入することを決定した。

 



 1943年3月30日。


 42年の大海戦が終わった数週間後には、輸送が再開され完全に物資不足を解消。さらにそこに、日本人の陸軍部隊、航空隊などが段々加わって行き、西部戦線の戦力は増強された。

 一方ドイツは、海からの輸送網を完全に断たれたため日に日に弱体化して行った。


 そして今日、ついに……。


「早く来いハリー! 正面から歩兵3人だ!」

「分かってる! お前の足が速すぎるんだよ!」


 二人の歩兵が、M3グリースガンを連射しながら、凱旋門に続く地下通路を進んでいく。


「マイク、お前弾は?」

「あとマガジン二つだ」

「足りそうだな」


 敵兵を打ち払った後、後ろから付いて来る旗を持った兵に合図を送る。


「もうすぐ階段だ! 旗手は後ろを振り返らず走れ!」


 マイクとハリーはそう言って、一足先に凱旋門の屋上に繋がる螺旋階段を駆け上がっていく。


「階段、長すぎないか……」


 二人は息も切れ切れに、屋上デッキの扉を蹴破る。


「マイクは右を!」

「分かった!」


 二人は『M3』を構えながら、屋上へと出ていき、残っていた歩兵を始末する。


「クリア!」

「こっちもクリア!」


 屋上の制圧を完了すると、遅れて階段から旗を持った兵が上がって来る。


「旗手! こっちだ!」


 ハリーが手招きすると、旗手は息を切らしながら急いで旗を運ぶ。


「よし、準備できたぞ」


 マイクは、辺りに散らばっていた土嚢袋をかき集め、山を造る。


「さあ! 立てるんだ!」

「俺たちの旗を! 立てるんだ!」


 二人の声に応じて、旗手は頷き。運んできた星条旗を、突き刺した。


 フランス、パリ―――解放。


 星条旗が凱旋門にはためくと、それを囲む兵たちが歓声を上げる。

 続々と日米英仏の連合軍が凱旋門広場に入ってくると、凱旋門にかかっていたハーケンクロイツを落とし、それぞれの巨大な旗を垂らす。


 日章旗、星条旗、英国旗、三色旗、それぞれの旗が凱旋門を飾った。


 この翌日、東部戦線でもドニエプルラインが崩壊し、一挙にソ連軍が西進を開始した。ドイツの戦線は、流れる様に崩壊を始めたのだった。

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