第三二話 彈撃つ響きは雷の

 9月17日、09時12分。


「なんとか夜を越えられたな」

「日本海軍の歴史上、最も長い夜だったな……」


 『扶桑』に乗る乗員たちは、皆口々にそう言いあう。


「本当に丸一晩、半数ずつ交代で甲板の上から海面を見つめ続けたからな。潜水艦が怖すぎて、交代して休憩の時間になっても、落ち着いて眠れなかったぜ」


 空襲を敵艦隊にかけた16日、その日は空襲のみに攻撃を終え、敵潜水艦の排除に力を注いだ。

 日本海軍の中では『多摩』『摩耶』『龍驤』や他駆逐艦数隻、英米では『ボルチモア級』の2隻と『レナウン』が大きな損害を受けたが、なんとか主力艦隊の損耗は抑えることに成功した。


「昨日一日で、一体どれだけの潜水艦を沈めたんだ?」

「さあ? 20を超えたあたりで、数えるのを止めちまったから、覚えてないな」


 そんな風に話す二人の耳に、けたたましい警報音が鳴り響く。


「来るみたいだな」

「ああ、昨日のお礼参りだろうぜ」


『各員対空戦闘配置! およそ10分後に敵大編隊と接触する! 各員対空戦闘配置!』


 そう艦内放送で繰り返されると、慌ただしく乗員たちは自分たちの配置へとつく。

 慌ただしく艦隊全体が配置に付く頃、悠々と、ドイツ空母、ドイツ本国から発進した航空隊は、三国連合艦隊を目指し飛んでいた。


 艦隊の直掩機たちも、無線でその旨を伝えられ、緊急発進した戦闘機たちと合流すると、向かってくるドイツ機たちの方へと進路を取った。


「『加賀』直掩隊各機に告ぐ、敵機は40機前後の戦爆連合と考えられる。ここで戦艦に被害が出れば、昨日の対潜戦闘が水の泡だ、艦隊には指一本触れさせるな!」

「「「「「応!」」」」」


 航空隊が迎撃を開始する頃、アメリカ海軍の『ノースカロライナ』の電探では、あるものを捉えていた。


「レーダーに戦艦と思わしき艦影! こちらに向かってきます!」

「至急『エンタープライズ』にいるキング元帥に伝えろ! 『敵主力艦隊と思わしき艦影接近中』、急げ!」


 その報は、『エンタープライズ』艦橋にいるキング元帥の下へ届けられる。


「航空攻撃と同時に仕掛ける気だな」


 キングは少し唸った後、一つの決断を下す。


「砲戦艦隊を集結、敵艦隊攻撃に備える。護衛艦隊の半分は、機動艦隊へ、もう半分は追従させる。日本艦隊にも知らせろ!」


 10時2分、『ノースカロライナ』を先頭に、分離した砲戦艦隊が、航空攻撃の損害を修復していた。


「急げ! 砲戦距離まで後数分だ! 早急に片づけられるものは艦内へ、無理なら海へ投棄しろ!」


 指示を出しながら歩く下士官の足元には、鮮血に濡れた死体がいくつも転がる。この光景は何も、『ノースカロライナ』に限った話では無かった。


「今は時間が惜しい。許してくれ、皆」


 死体の処理をしている時間はないと判断した指揮官たちは、可燃性の物や、砲戦時障害となる物の片づけを優先させ、死体は放置か海上投棄する事態となった。

 

三国連合砲戦艦隊


戦艦

『長門』『陸奥』『扶桑』『榛名』『メリーランド』

『ノースカロライナ』『サウスダコタ』『ネルソン』『プリンスオブウェールズ』

重巡

『足柄』『妙高』『ポートランド級』

軽巡

『阿賀野』『セントルイス級』

駆逐

『吹雪型』4隻『暁型』1隻『陽炎型』1隻『フレッチャー級』5隻


戦艦9隻 重巡3 軽巡2 駆逐11隻 総計25隻



「一号水偵より電報! 『我、敵艦隊見ユ。戦艦10、重巡2、軽巡1、駆逐5。戦艦5隻ノ複縦陣ヲ引く』」


 敵艦隊を発見した『零式水偵』からの報告を受けて、矢野は訝しむ。


「航空隊の戦果情報では、戦艦2隻推定撃沈、1隻大破と言っていなかったか?」

「追加電報です!」


 矢野の言葉には、新たに入って来た、電報の内容が答えてくれた。


「続けて一号水偵より電報! 『敵戦艦、炎上スル艦、傾ク艦有リ。他艦ニ損害ノ跡有リ』」

「損害を受けた艦を離脱させなかったのか?」

「少しでも戦力を残したかったと見えるな。相手さん、よほど切羽詰まってるみたいだ」


 口々に艦橋にいる士官たちは余裕を零す。


「気を引き締めろ」


 厳しい声が、一瞬艦橋にこだまし、一斉に沈黙する。


「上官たちの慢心が戦況を左右する。上に立つお前たちがそのような態度でいるとは何事か」


 山本は、軍刀を床に突き、厳しい顔で外を見つめる。


「戦いはまだ、始まってすらいないのだぞ」


 山本の言葉で、再び沈黙を取り戻した艦橋に、報告が飛ぶ。


「主砲射程圏まで、残り僅かです!」


 矢野がその言葉を受け、山本の方へ向き直ると、山本は小さく頷き、指示を出す。


「キング元帥閣下へ合図を。取り舵!」


 この時三国連合艦隊は、9隻の戦艦を一列に並べる単縦陣にて敵艦隊の方向へ向かっていた。同じく敵もこちらに向かっているから、このままいけば反航戦となる。

 そこで、山本は主砲射程圏に入ると同時に、艦隊は一斉回頭、敵の正面へと展開し、陣形も複縦陣に変更、全艦全主砲を持って、敵を叩くことをあらかじめ提案していた。


「『ノースカロライナ』取り舵! 続けて『サウスダコタ』取り舵!」

「我が艦も、米英艦隊を追い越し次第取り舵を取ります」

「それでいい」


 矢野の報告に、山本は頷く。

 複縦陣を弾いて敵を右舷側に置く以上、敵に近い方の艦は狙われやすく、損害を被る可能性がある。日本艦隊は、その役目を買って出たのだ。

 と言うのも、英米は、まだ若干日本に対して懐疑的な者も多く、背後に日本艦が居て砲戦をしては集中が乱れるとキング元帥が発言したからだ。




 10時23分、遂にその時はやって来た。


「全艦、射程圏に入ります!」


 キング、山本、サマヴィル、米日英それぞれの元帥の下に、同じ報告が伝わる。


「全艦、「Fire!撃て」「撃ち方はじめ!」「Shoot撃て!」」


 その号令と共に、一斉に巨砲が火を噴いた。


「敵艦隊、小型艦艇分離!」


 三国連合艦隊の砲声を聞いて、ドイツ艦隊は雷撃戦を仕掛ける構えを見せた。


「護衛艦隊、前に出ます!」


 独断で、軽巡『阿賀野』が率いる水雷戦隊が突撃を仕掛け、それに追従する形でアメリカの『セントルイス』率いる部隊が続く。

 勇猛果敢なその姿を、山本は固唾を呑んで見つめていた。


「敵艦隊発砲!」


 海戦が始まって数分、敵艦隊の主砲も咆哮を上げる。


「始まったな」


 誰かがそう呟く。それと入れ違いで、何度目かの『長門』の砲声が響く。

 そうこうしているうちに、水雷戦隊も小口径の砲を連射しながら敵護衛艦隊へ肉薄していく。


「敵護衛艦、被弾多数!」


 喜ばしい報告が上がる。





「数でも質でも、日米連合海軍を打ち破れる艦隊など、ありはしない!」


 そう嬉々するのは、中川浩『阿賀野』艦長だ。


「艦後部に被弾! 『響』炎上中!」

「敵駆逐艦1隻艦隊より落伍!」

「『セントルイス』被弾! 『薄雲』行き足止まります!」


 絶え間なく砲撃による損害は、双方上乗せされていく。


「艦長! そろそろ頃合いかと思います!」

「分かった! 全艦、魚雷発射用意!」


 水雷長から報告を受け、中川はそう大音声で下令する。


「全艦雷撃用意良し!」

「放て!」


 中川の号令で先頭の『阿賀野』が魚雷を投下、それに続いて、後続の駆逐艦、アメリカ艦がそれぞれの魚雷を敵へ向けて流す。その数98本。

 魚雷を持たない『セントルイス』級以外が、一斉に流した結果だ。


「敵艦なおも接近!」

「まだ向かってくるか!」


 ドイツの小型艦たちは、煙を吹きながら、速度を落としながらも、なおも一打浴びせようと連合艦隊に肉薄してくる。


「打ち払え! 主力艦たちに近づけるな!」


 中川は離脱の指示を飲み込み、迎え撃つよう厳命した。

 その一瞬の間にも、小型艦達の艦上を飛び越えて、巨弾は飛び交い、海戦は続いていた。

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