第三一話 第二次欧州大海戦

 9月16日、11時48分。


 史上最大の海戦は、連合軍の航空攻撃とドイツの潜水艦による雷撃によって幕が上がる。


「敵機! 来ます!」


 元『ホーネット』制空戦闘機隊、現『エンタープライズ』制空戦闘機隊に所属するハイドが、そう無線機で叫ぶと、攻撃隊は速度を上げ、護衛戦闘機たちは向かってくる敵機の方へと機首を向ける。


「仲間の敵、討たせてもらうぞ!」


 そう言って、ハイドは敵機、『Me-109T』に向かって引き金を弾く


 ハイドは空母『ホーネット』に乗って日本海軍と戦った後、そのまま本国で機種を新型に変え、大西洋へとやって来た。しかし、肝心の母艦は潜水艦でやられてしまい、満足に戦うことができなかった。

 だが、今はパイロットが一人でも惜しいという状況だったため、『ホーネット』と姉妹艦である『エンタープライズ』へ乗り込み、制空戦闘隊に参入した。


「ハイド、突っ込みすぎるなよ!」

「分かってます!」


 護衛戦闘機隊の隊長から叱咤が飛ぶが、あまり聞かず、ハイドはそのまま敵機を落として回る。


「ハイド! あまり先行するな! 囲まれるぞ!」


 敵機に夢中になり、周りが見えていなかったハイドは、いつの間にか編隊から離れ、敵機の集団の中にいた。


「ヤバっ!」


 その状況に気づいたハイドは、慌てて機体を反転させようとするが、乗っている機体は『F4F‐5』。馬力や火力が上昇していても、機動力に変化はない。

 初期型の『3』、発展改良させたが不評だった『4』とは違い、ある程度良好な性能を発揮していた『5』であっても、根幹の設計は変わっていないため、急回転して離脱することは不可能だ。


 コックピットのミラーに敵機が映る。旋回して速度が下がったところ、後ろに食いつかれたのだ。


 『ワイルドキャット』の装甲版に命を託すしかないかと思い、ぎゅっと目をつぶった直後、後方の機体に太い火筒が突き刺さり、爆散した。


「へ、へい。アメリカのパイロット? あーゆーおーけー?」


 ギリギリ聞き取れるかどうかの下手な英語が無線機からハイドへ届く。


「お、おい羽橋! 連携して戦いましょうってどう言うんだ?」


 そんな下手な無線を届けたパイロットは、僚機にそう問う。


「知りませんよ! 適当にそれっぽいこと言っとけば、向うだって付いてきてくれるんじゃないんですか?」

「む、そうか……。え~、レッツゴー!」


 悩んだ挙句、『零戦五二型甲』に乗る仙波松仁は、機体の羽を振り「行こう!」とだけ下手な英語で言うと、群がる敵機たちへ突っ込んでいった。


 空母艦隊は、一網打尽にされることを防ぐため、艦隊を二つに分けていた。そのため、攻撃隊は道中で合流することになっていたのだ。

 日本機が戦闘に加わったことで、迎撃に来た敵機はほとんど撃墜か追い払い、無事、敵艦隊が目視できる距離にまで迫ってきていた。


「日本機……ムカつくが、腕が立つのは間違いないのか……」


 ハイドは敵機を追いながらも、まるで演武を舞うように空中を駆け、敵機を落としていく日本機を見つめ、感嘆の声を漏らしていた。


「ハイド、そろそろ俺たちは引き返すぞ。ここからは、攻撃隊の仕事だ」

「帰りの護衛はどうするんです?」

「航続距離が長い『ゼロファイター』に任せる。そうゆう打ち合わせだっただろ?」


 甲板でそんなことを言われた記憶が蘇り、大人しくハイドは機体を反転させた。


「『ジーク』……いや、『ゼロファイター』。いつか、お前たちを越えてみせるぞ」


 仲間を落とされた恨みか、空戦に負けた雪辱を晴らすためか、はたまた一介のパイロットとしての野心か、ハイドは『零戦』に強いライバル意識を持っていた。同盟国になった以上、殺し合うことは出来ないが、どんな形でもいいから、『零戦』に勝ちたい、そんな気持ちが、ハイドの心の中には存在していた。




「行くぞお前ら! 華々しい一番槍だ!」


 『赤城』雷撃隊の隊長、新島龍は、口角を釣り上げながら、対空砲火が盛んな敵輪形陣に突っ込んでいく。


「見浪! 僚機たちは続いているか!?」


 三番席、機銃座に座る乗員に声をかける。


「ばっちりついてきてます! 友永さんの隊には負けますけど、うちらだって一航戦の飛行機乗りやってるんですから、ビビッて逃げたりなんてしませんよ!」

「ははは! 違いねえ!」


 新島は上機嫌に操縦桿を押し込み、水面ギリギリまで降下する。


「各員聞け! 狙うは左前方に見えるでかい空母だ!」

「「「了解!」」」


 3000、2500、2000と、狙う空母との距離が近づくにつれて、対空砲火も激しさを増す。

 しかし一方で、急降下爆撃が始まり、護衛艦たちの対空砲火が、若干下火になる艦も出て来る。


「源田殿が言っていた、『艦爆は対空砲を黙らせることに集中しろ』は、かなり的を射た考えだったみたいですね、この程度の妨害なら、魚雷も真っすぐ進むでしょう」


 二番席、観測員兼雷撃手席の武藤が言う。


「ああ、大物を食うには、『九九艦爆』の250キロ爆弾じゃ物足りないからな。いい判断だと思うぜ」


 新島は頷きながら、機体の角度を微調整していく。


「武藤、行けるな!?」

「ああ!」


 距離が900を切る頃、新島は武藤に合図を出した。


「投下!」


 すると、武藤は投下用レバーを引き、吊るしてきた800キロ航空魚雷を水中へと投下する。重量物が切り離されたことで、ひょいと機体が摘み上げられる感覚が機体を襲うが、新島は上手くそれを制御し、機体を水平に保つ。

 そのまま機体を横滑りさせるように左方向へ機首を向け輪形陣の尾の方から抜ける体制を取る。


「見浪、魚雷は!?」

「僚機ともに航行中!」


 その数秒後、ドーンという鈍い衝撃音が新島が乗る『天山』にまで届く。


「命中数4! 敵空母、傾いてます!」

「よしよし! 俺たち『赤城』雷撃隊で、撃破1だ!」


 その場にとどまって撃沈まで見届けるという選択肢もあったが、これだけの艦がおり、まだまだ戦いは始まったばかりということを考慮して、新島はすぐに帰投、第二次攻撃に備えることにした。


「後続していたアメリカ雷撃隊、次々に雷撃を敢行! 護衛や空母に損害が出ています!」


 見浪の声に、ちらりと新島が背後を振り返る。


「メリケンたちもやる気満々だな。散々やられ続けたんだ、燃えるのも当然か」


 第一次攻撃隊の戦果は、上々だ。




 同じころ、艦隊の方では。


「右舷より雷跡! 本数3!」

「面舵一杯! 急げ!」


 潜水艦からの攻撃を受けていた。


「クソ! なんて多さだ! 駆逐艦はどうした!?」

「外周で爆雷を投下中!」

「雷跡通過!」


 ドイツ海軍が放った通商破壊用の潜水艦たちもこぞってこの海戦に参加し、主力艦隊への攻撃を行っていた。


「潜水艦の撃沈を確認!」

「ソナーにて新たに潜水艦を確認! 数4!」


 護衛艦隊の爆雷は、止むことなく水面へと注がれ続ける。


「巡洋艦や戦艦の水上偵察機も、一機だけ残して全て飛ばそう。とにかく、今は手数を増やし、航空攻撃の成果を待とう」


 山本の指示で、日本軍の艦隊の上空に、一気に水上機の数が増えていく。


「『多摩』被雷! 速力低下!」

「『摩耶』被雷! 損害軽微!」


 それでもなお、敵の飽和魚雷攻撃は止まない。洗練された操舵技術を持って、各艦は多くの魚雷を躱すが、限界がある。


「しつこいサメたちだ!」


 『長門』艦長、矢野大佐も、思わずそう悪態をつく。


「艦長、落ち着きなさい。艦長である貴官が荒れるのはよくない。乗員たちが心配してしまう」


 山本に窘めなれ、矢野は「失礼しました」と自身の頬を叩く。

 同時に、対潜水艦戦闘には変化が訪れた。


「右舷低空より爆撃隊接近! 米軍機です!」

「騎兵隊のご到着だな」


 にやりと山本がほくそ笑む。


 援軍にやってきたのは、米軍所属の対潜専門の爆撃隊、VS艦上対潜機4中隊であった。

 この隊は、対ドイツ用に作成された部隊で、使用機は『SBDドーントレス』であるものの、顎に円い電探を装備し、3つの対潜爆弾を装備している。

 これまで数多くの『Uボート』を二度と浮上できないようにしてきた、エース対潜部隊だ。


「続々と撃破報告が続いています。あの隊の実力は本物ですね」


 そう一人が零すと、山本は頷きながら答える。


「確かに、あの隊の練度は素晴らしい。しかし、それだけではない。あの隊が使用する機体には、アメリカの恐ろしさが詰まっている」

「アメリカの恐ろしさ、ですか?」


 矢野が思わず聞き返すと、山本は厳しい目をして答える。


「ああ。脅威の研究速度、生産力。既存のものに最新鋭の技術をつけてすぐさま量産体制へ移行できる整った生産ライン。正直に言って、今の日本にそれをまねできるだけの力も、資源も、技術力もない」


 一同唾をのみ。山本の言葉を聞いていた。


「本当に、あんな国と本気の戦争を続けることにならなくてよかった。本当に、よかった……」


 山本の目は、本気だった。

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