第二七話 モスクワ陥落


1941年11月12日。

 フィンランド軍の歩兵師団、機甲師団が一斉突撃を仕掛け、激しい抵抗を受けながらもソ連軍を殲滅。

                         ―――レニングラード 占領


   同年11月24日。

 ルーマニア軍とドイツ軍が合同で敵の大包囲を敢行。敵は補給物資に乏しく、餓死者、自害者を多く出しながらも激しく抵抗、しかしそれを、二国の機械化歩兵師団が殲滅。

                       ―――スターリングラード 占領


1942年1月4日。

 ドイツ軍、5個機甲師団、8個機械化歩兵師団、3個歩兵師団、1個騎兵師団、武装親衛隊2個師団がモスクワ一帯を包囲。

                         ―――モスクワ攻防戦 開始



 ある日は、ドイツ軍が防衛線を突き破った。


「砲撃だ!」


 誰かが叫ぶ。その数秒後、ゆっくりと前進していた戦車の周囲を囲むように、土煙が立ち上がった。


「全体、前へ!」


 『五号戦車パンター』に乗る将校が、全体に突撃の命令を下すと、戦車に随伴していた歩兵たちが一斉に駆け出し、敵の野砲が並ぶ正面の防御陣地へ突き進んでいく。

 それを援護すべく、1輌の『パンター』と2輌の『四号戦車』が主砲に爆炎を躍らせる。


「恐れるな! 撃て!」


 それに対し、防御陣地で小銃、機関銃を構えるソ連軍は一斉に発砲を開始し、野砲陣地からは、砲撃だけでなく、『82ミリBM-8』通称『カチューシャ』がロケット弾を発射する。

 ロケット弾に歩兵たちは蹴散らされるが、それでも突撃は止まらない。


「うがあああ!」

「ぐっ、は!」

「腕が、腕がぁ!」


 歩兵たちの背後から飛んでくる戦車の砲弾に、体を吹き飛ばされる同志を見ながらも、ソ連軍は必死に抵抗する。

 いずれ、ドイツ軍の歩兵が土塁を乗り越え、防御陣地に侵入してくる。


「死ね! アカ野郎!」


 銃剣を突き刺し、スコップで殴り掛かり、落ちている石で頭をかち割る。ドイツ軍は毎日のように猛攻を続けているため、モスクワ攻撃が始まって2か月もたてば、弾薬が底をつき始めていた。

 季節は冬、補給物資を運ぶ車輌たちは雪に行く手を阻まれ、満足に補給物資は届いていなかった。


「母なる我らの大地から出ていけ!」


 其れに対してソビエトの兵士たちも、完全にモスクワ一帯を包囲されているため、弾薬どころから食料も一切補給されていない状態で、歩兵達は一同限界に近かった。


 互いに肉弾戦を続け辺り一面に血が流れる。ソ連軍の歩兵が全員死んだことを確認すると、ドイツの歩兵たちは、一同その場にへたり込み、ガタガタと体を震わせる。


「寒い……寒いよ……」


 どれだけ厚着をしても、モスクワの冬は寒くドイツ軍の歩兵たちの士気も低迷していた。しかし、ここで攻撃の手を緩めればソビエトに押し戻されると考えたヒトラーは、死んでもモスクワを落とすよう国防軍に厳命した。


「各員! 寒いのは分かるが、歩みを止めるな! 動きを止めれば、さらに体が冷えるぞ!」

 

 戦車に乗る将校も、がたがたと体を震わせながら、精一杯の声で叫ぶ。


「モスクワ陥落は目前だ! 進む――」


 刹那、爆発。


「将校殿!」


 歩兵が当たりを見渡すと、防御陣地の側に立っていた建物の内部に、歩兵の姿が見えた。


「あそこだ!」


 見つけた兵が指を指すと、仕返しと言わんばかりに、『四号戦車』が砲弾を食らわせる。どうやら将校の乗る『パンター』は、ソ連軍が隠していた野砲に撃たれたようだった。


「私は大丈夫だ! それより、周囲の建物を警戒しろ!」


 将校は、頭から血を流すも、致命傷は避けられたようだった。野砲の砲弾は『パンター』の側面に命中したが、傾斜が上手く効果を発揮し、貫徹を許さなかった。

 



 ある日は、ソ連軍が防御陣地を奪い返した。


「退けー! 退けー!」


 必死に一人の歩兵が叫び、ドイツ国防軍はその場を離れようと走る。


「うわあああ!」


 しかし、その歩兵の群れを吹き飛ばす砲撃がドイツ軍の背後より迫る。


「『IS-2』だ!」


 従来の『T-34』では破れない、ドイツ軍の強力な戦車たちを破壊すべく、ソ連が開発した、122ミリカノン砲を搭載する重戦車、『IS-2』。

 主砲がカノン砲なだけに、榴弾による攻撃が非常に強力で、対歩兵戦闘ではその実力を遺憾なく発揮。対戦車戦闘においても、大口径砲から繰り出される122ミリの徹甲弾は、『パンター』の正面装甲を唯一貫くことができた。


「戦車隊の支援は無いのか! パンツァーファウストは!?」


 歩兵の一人がそう悪態をつく。


「ダメです! 支援隊来ません! パンツァーファウストも残りはありません!」

「クソ! ここまでか!」


 防御陣地を破ったドイツ軍の歩兵たちは、瞬く間に『IS-2』率いる部隊に殲滅されたのだった。




 またある日は、二か国の機甲師団が市街地で激戦を繰り広げた。


「冬は過ぎた! もうソビエトを守るものは何もない! 止めを刺すのだ!」


 グデーリアンは、正式型として大量配備され始めた『六号戦車ティーガー』を数台含む戦車隊を用いて、最後の敵機甲師団が潜んでいるモスクワ中心区へと進撃を開始した。


 一方、ソ連軍最後の戦車部隊の指揮を取っていたのは、もともとベルリンを目指していた中央戦線の指揮官であった、ニコライ・ヴァトゥーチンだった。『IS-2』を数量と、『T-34』、他数種類の車輛で構成された部隊は、最後の抵抗へと身を投じた。


「同志スターリンや、他の名将たちは撤退を完了した! あとはどれだけ敵へ出血を強いることができるかだ! 戦え、ソビエトの旗の下に集う戦士たちよ! 母なる大地を、ナチスの侵略から守るのだ!」


 ここに、モスクワの最終戦、クレムリン大宮殿戦車戦が始まった。


Panzer Vor !戦車前進!

Да здравствует СССР!ソビエト万歳!


 後にこの戦いは、名将率いる最高練度の戦車隊がぶつかったことで、史上最高の戦車戦と呼ばれるようになる。


 入り組んだ市街地での戦闘になったため、長距離からの貫徹を自慢とするドイツ戦車たちはその性能を満足に発揮することは出来なかった。しかし、グデーリアンの完璧な指示によって、被害は出るものの、宮殿前、赤の広場に到達した。


 ソビエトは、そもそも満足に戦える戦車は多くなく、急ごしらえの、砲を載せたトラックや損傷した戦車、歩兵のゲリラ的攻撃を使用しての攻撃を余儀なくされていた。しかし、ニコライの巧みな指揮で、着実にドイツ軍へと損傷を与えた。


 双方ボロボロになりながら、赤の広場で最後の砲戦が開始された。

 ドイツ軍は、『ティーガー』1輌『パンター』4輌『四号戦車』3輌にまで数を減らされていた。

 それを迎え撃つソ連軍の戦車は『IS-2』2輌『T-34』2輌『ZiS-30』4輌であった。

 『ZiS-30』は、急ごしらえのトラクターに対戦車砲を載せただけの車輛で、とても前線で戦えるような性能はしておらず、明らかにソ連は戦力不足であった。


 戦闘が始まって1時間、赤の広場でエンジン音を響かせていたのは、一輌の『ティーガー』だけだった。


「手酷くやられたな……」


 弾痕が多くつく『ティーガー』の上で、グデーリアンは空を見上げる。

 広場の前にある宮殿の頂上には、ハーケンクロイツ鉤十字が掲げられ、モスクワがドイツの手に落ちたことを世界へ知らしめていた。


「ロンメルが居れば、もう少し被害は抑えられたか……? いや、考えても仕方ないな、あいつはあいつなりの考えがあるんだろう」


 1942年5月30日、モスクワ陥落。しかし、その場にスターリンや上級将校の姿は見えず、逃げられたことをグデーリアンは責められると思ったが、ヒトラーはモスクワが落ちたという報告だけで満足し、グデーリアンに告げた。


「よい。モスクワが落ちてしまえば、ソビエトは死んだも同然。後は好きにスターリンの首を取りに行ける。君も少し休みたまえ、スターリンの首はその後でよい」


 一方、モスクワを落としたもう一人の功労者、ロンメルは、モスクワ攻防戦の決着が付こうとする頃、最前線を退き、部隊の再編と回復に努めていた。

 グデーリアンには「非常に嫌な予感がするから、私は少し後ろに下がっている。後を頼む」とだけ言い残していた。グデーリアンは、その行動を不思議がるも、ロンメルの手腕と実績を信用していた為、何かに備えているのだろうと察し、止めることはなかった。



6月1日。


「ロンメル閣下! モスクワが落ちました!」


 嬉々とした声で、ガウゼはロンメルへそう報告する。


「そうか、グデーリアン殿がやってくれたか」


 ロンメルの表情は和らぐが、何かを思い出したかのように、ガウゼへ厳しい声で聞き返す。


「スターリンは! スターリンは死んだのか!? それと、ジューコフもだ! ソビエトは降伏の動きを見せているのか!?」


 いきなりそんな声を向けられたため、ガウゼは肩をすくませるが、すぐに答える。


「いえ、重要人物たちには逃げられてしまったようです。ソビエトは、オムスクという内地へ入り、徹底抗戦の構えを見せています」


 直後、ロンメルの脳内に、見たことが無い光景が浮かび上がる。

 無数の『T-34』とソ連軍歩兵が、赤い津波となってベルリンへと押し寄せる。その反対からは、数百万を超える連合軍が、人肉と鉄の群れを成して、ベルリンへと押し寄せる。


「閣下?」


 ガウゼは、みるみるうちに真っ青になっていくロンメルの顔を見て、声をかける。

 その声に我に返ったロンメルは、「大丈夫だ」と返し、大きく深呼吸する。


「こんな光景を、作り出してはならない……上陸されてはいけない」


 なおも心配そうに見つめるガウゼに向かって、ロンメルは命令を下す。


「ガウゼ!」

「はっ!」

「ベルリンへ、至急『ティーガーⅡ』を増産体制に移行するよう伝えろ。それから『ティーガー』の大量生産を急がせろ」

「承知しました!」

「あと、私の第七機甲師団、それに追従する機械化歩兵師団の完全回復を急げ!」

「はっ!」


 その頃、大西洋を横断する大艦隊を発見したという報が、ドイツ海軍司令部に届いていたのだった……。

                  

                      ―――D-dayまで、後67日。

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