第一七話 Combined Fleet

「敵機、艦隊へ接近!」

「対空砲、撃ち方はじめ!」


 キングの号令で、各艦の対空砲たちが一斉に火を噴き始め、艦隊正面より迫ってくる敵機の群れの前に黒い黒煙で壁を作り出す。

 日本機たちはその黒煙を潜り抜け、さらに艦隊へと肉薄してくる。


「一機でも多く墜とし、追い払え!」


 キングがそう叫ぶが、なかなか敵機は墜ちない。それどころか、経路を変える素振りすら見せない。

それに気づいてか、甲板で対空砲を撃つ乗員たちも恐怖を感じ始めていた。


「何なんだあいつらは! 『ケイト』の装甲じゃあ、一発でも当たったらバラバラになると言うのに! 味方の煙幕もなしに突っ込んでくるぞ!」


 アメリカでは、艦攻の主力が『TBDデヴァステイター』だった時、その耐久性の脆弱さと、魚雷を抱くことによって低下する速度から、『デヴァステイター』単体での突入は無謀とされていた。

 しかし、耐久面を大幅に強化し、かつ速度も上がった『TBFピースメイカー』が実戦配備されたことで、ようやく艦攻のみで雷撃を仕掛けるに至れた。


「クッソ! 機銃の俯角がこれ以上取れない!」


 しかし日本は、耐久力では脆弱な『九七艦攻』で恐れなく突入し、機銃射程に入ると恐ろしく高度を下げ、狙えないようにして自身の安全を保っている。


「右舷魚雷接近!」


 甲板から焦った声でそう報告が上がり、慌てて操舵室に指示が飛ぶ。


「面舵一杯!」


 しかし、間髪入れずに次の攻撃が艦隊を襲う。


「敵機直上! 急降下!」

「何!?」


 キングは慌てて窓の外から上空を見上げると、『九九艦爆ヴァル』たちが一斉に身を翻し、艦隊へと向かってきていた。


「対空砲は何をしている!」

「現在、低高度の艦攻を狙っていたため、仰角を上げるのに時間がかかっています!」

「何たることだ……!」


 艦隊はすでに右へ舵を取っている、今更変えることなどできはしない。

 魚雷の航跡と、『ヴァル』の降下音が刻々と旗艦『ヨークタウン』に迫っていく。


「魚雷、全弾回避しました!」


 喜ばしい報告だったが、次の瞬間『ヨークタウン』の周辺に水柱が上がった。

 そして、狙いすまされた一発爆弾が、『ヨークタウン』の甲板目掛けて落下してくる。


「ッ!」


 大爆発が起こると歯を食いしばり、目を伏せたキングだったが、予想外にも、それは起こることが無かった。


「報告します! ただ今の爆弾、甲板にめり込んで着弾、しかし不発弾との報告です!」


 キング他艦橋要員は、一同ほっと胸をなでおろすが、それも束の間、左舷で恐ろしい音が響いた。


「戦艦『カリフォルニア』、右舷に被雷!」

「まさか、我々が避けた魚雷が命中したのか?」


 キングが確認すると、『カリフォルニア』の右舷には巨大な水柱が3本起立しており、『カリフォルニア』の艦体から爆炎が踊るのが見えた。

 しかし巨大な水柱が一旦艦体すべてを隠し、それが崩れる先には……。


「え……」


 艦隊にいたものは絶句した。

 水柱の先には、


「か、『カリフォルニア』……撃沈……?」

「たった三本で……戦艦が沈んだ……だと?」


 まるで『ヨークタウン』は『カリフォルニア』の運気を吸い取ったようだった。

 おそらく、『カリフォルニア』の弾薬庫付近に被雷し、誘爆したことが一発轟沈の理由であっただろうが、この時のアメリカ海軍は、そんなことを悠長に考えられるほど、心に余裕はなかった。

 彼らには、事実だけが、瞳に焼き付いていた。


 




 一先ず艦隊の上空から敵機が姿を消したころ、キングは航空隊に攻撃命令を下した。それと同時に、被害総計の確認も行っている。


「戦艦『カリフォルニア』、重巡『ニューオリンズ級』1隻、駆逐『フレッチャー級』2隻、『ベンソン級』1隻撃沈。空母『レンジャー』甲板に直撃弾、発着艦不能、戦艦『ニューヨーク』小破。以上が、今回の空襲での被害です」


 キングは数秒沈黙し、尋ねる。


「今回飛来した敵機の数は?」

「攻撃隊のみですと、およそ40機程度かと……」

「そのうち、艦隊に到達する前に、戦闘機隊が墜とせた数は?」

「8機です」


 キングは力任せに机を叩く。


「直掩戦闘機の隊長をここに呼べ」

「はっ!」


 しばらくたつと、会議室に戦闘機隊の隊長が入ってくる。


「直掩戦闘機隊隊長、ピーク・ハドソンです」

「君の率いた戦闘機隊は12機いたはずだ、敵戦闘機は何機だった?」

「確証は持てませんが、おそらく7機かと……」

「5機も差があって、ろくに攻撃隊を落とせないとは何事だ? 私が納得できる理由を述べろ」


 有無を言わせない圧力で、キングはハドソンに迫る。


「完結にいえば、我ら戦闘機隊の慢心、高すぎる日本機の練度、新型機の情報不足、だと思います」

「ほう……機体性能のせいにしないのは認めてやろう。戦闘機隊の慢心は、まあ見ていて分かる。しかし後の二つを詳しく聞かせてくれ」


 キングは肘を机に突き、聞く体制を取る。


「今回ドッグファイトをして気づいたのは、こちらの死角からの攻撃、咄嗟の判断、恐ろしいほどの機体制御技術、ほぼすべての面でこちらを上回っていました。これは情報不足とも関わりますが、新型機はかなり独特な性能をしていると思われます、その機体専用、もしくは『F4F』に適した、ドッグファイトに変わる汎用戦術を思考する必要があると思います」


 キングは、補佐官にメモを取らせながら聞く。


「情報不足と言うのは?」

「今回、大変遺憾ながら、敵戦闘機は一機しか落とすことができなかったのですが、その一機は、ほんの数発で爆発四散しました。このことから、新型機は驚異的な格闘性能のために、装甲を犠牲にしている可能性があります」


 たった一度の戦闘で、しかも完全に押されっぱなしの戦闘で、しっかりと敵を解析できるのは、さすが隊長と言うべきだろう。

 ハドソンの推測は後に、完璧に当たっていたことが証明される。


「そうか……わかった、今回のことはしっかり報告してくれ、君の声を、そのまま空軍長官に届ける」

「はっ! 了解しました!」


 


 14時30分。


「攻撃隊がただいま帰投、戦果と敵の詳細な概要が届きました」


 甲板で着艦作業が行われる中、艦橋に立つキングの元に報告が届いた。


「うむ、ご苦労」


 キングは、資料を受け取り、目を通す。


日本軍艦隊概要


戦艦『コンゴウタイプ』2隻『ナガトタイプ』1隻

空母『ソウリュウ』『ヒリュウ』『ショウホウ』

重巡『ミョウコウタイプ』2隻『フルタカタイプ』4隻

軽巡『タツタタイプ』2隻『センダイタイプ』2隻

駆逐『アカツキタイプ』2隻『フブキタイプ』7隻『ムツキタイプ』3隻


「撃沈艦は『フブキタイプ』1隻、『ムツキタイプ』2隻、『ショウホウ』も推定撃沈か……」


 正直に言えば不服であった。せっかく新型の『TBF』が実戦投入され、雷爆撃同時攻撃が可能となったのに、この程度の戦果しか挙げられないのかと。


「『TBF』の方は遺憾なく実力を発揮し、防護機銃で敵新型機を撃墜することもかなったそうです。しかし、『SBD』の方は……」


 補佐官が少し口籠る。


「『SBD』がどうした?」

「敵新型機との戦闘で半数が撃墜、生き残った機体も損害が大きく、上手く投弾できなかったようです」


 キングが唸る。


「敵の新型はそんなに優秀なのか……一体どんな性能を持っているんだ?」

「は、現在分かっている情報ですと……」


 補佐官が資料を漁り、一枚紙を取り出す。


「最高速度は推定500キロ前後、旋回半径が異常なまでに小さく、格闘戦に非常に強い。武装は機首に推定7,7ミリが二丁、両翼に、少なくとも12,7よりは大きい機銃が二丁で、この機銃は、『F4F』を一撃で爆散させるほどの威力だそうです」


 キングは腕を組み、顎に手を当てながら一言零す。


零戦ゼロファイター、か……」

「え?」


 補佐官は聞き返すが、キングは首を振る。


「いや、何でもない。引き続き報告をまとめておいてくれ」

「はい、了解しました」


 補佐官が艦橋から出ていくと、キングは艦長席へと腰掛ける。


「次の一手は……どうするべきだ? 『TBF』だけで攻撃隊を編制してみるか? しかし、今回『SBD』に戦闘機隊が集中してくれたおかげで被害が少なかった可能性もある……」


 ぶつぶつとキングは一人で呟きながら、次の一手を考える。

 航空隊を出すべきか、様子見か、砲戦艦隊を動かすべきか、しかし、撤退という選択肢はない。

 キングはあくまでも、どうやって敵艦隊を撃滅するかを考えていた。


「それにしても、日本の連合艦隊Combined Fleet……想定していた以上に手ごわい相手だ……」


 日本嫌いなキングでも、この一連の航空戦の結果を見て、そう判断せざるを得なかった。



 15時41分。


 米軍艦隊は、空母の護衛を残し、砲戦艦隊と分離する選択をした。

 戦艦『コロラド』艦長のウィリス・A・リーに、キングは砲戦艦隊の指揮権を委譲し、日本海軍を叩くことを下令した。


主力分離、砲戦艦隊

戦艦『コロラド』『ニューメキシコ』『ミシシッピ』『アイダホ』

軽巡『アトランタ級』1隻

駆逐『ベンソン級』6隻


 敵戦艦は3隻のため1隻多く4隻、護衛は最小限にし、空母の安全を確保、その代わり、上空援護用の戦闘機は多くついている。


「ウィリス艦長、水上偵察機より入電です!」

「読め」


 艦橋から水平線を見つめるウィリスの元に、電報が飛び込んだ。


「敵艦隊発見、進路を我ら艦隊の方へ向ける。空母の姿は無し。艦隊は以下の通りです」


 そう言って、一枚紙を差し出す。


敵、推定砲戦分離艦隊

戦艦『コンゴウタイプ』2隻『ナガトタイプ』1隻

重巡『ミョウコウタイプ』1隻

軽巡『センダイタイプ』1隻

駆逐『ムツキタイプ』1隻『フブキタイプ』4隻


「ふむ、向こうも我らと同じことを考えたようだな」


 ウィリスは頷きながらその紙を返し、大きく息を吸って、下令する。


「各員戦闘配置! 砲戦用意!」


 その命令と共に、『コロラド』艦内にアラートが響き渡る。

 それを聞いた乗員たちは、互いに顔を見合わせ、口々に言いだす。


「身の程を知らない日本人どもが、天下の『コロラド』に勝負を仕掛けるみたいだぜ」

「いっちょ痛い目を見せてやるか」


 『コロラド』級戦艦、海軍軍縮条約前に設計、建造された、アメリカ海軍の中で現在最強の戦艦。16インチ砲を備え、海上にそびえ立つその城は、艦隊の誇りとして、海軍軍人の心の拠り所であり、絶対的な信頼を寄せられる艦であった。


 着々と砲戦準備が進められ、副砲、主砲、ともに攻撃態勢が整う頃、艦全体に緊張が奔る。


「敵艦隊発見! 単縦陣を組み、南西方向へ向けて航行中! 先頭より、『ナガトタイプ』『コンゴウタイプ1』『コンゴウタイプ2』『ミョウコウタイプ』。それらの艦の前に、小型艦たちも単縦陣を作って航行中!」

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